会議1
白狐を連れて集会所に着くと、すでに主要な人員は揃っていた。
連水地区同盟は総勢255名の組織であったが、昨日までに3回の襲撃を受け3名が行方不明、そして先ほどの知らせで新たに3名の犠牲者が増えたことが分かっている。
人数が多いこともあり、第1地区から第8地区までの8つに分け、それぞれの地区で代表者を決め、重要なことを決める際はこの8名で話し合いを行い決めることにしていた。
年齢は下が十歳で、上が十八歳までいるが、地区の代表はだいたい年長者で占められていた。
年齢的なこともあり諍いもあるにはあったが、生死のかかった状況であるためか、はたまた死ぬ間際まで「協力して生きていくことの大切さ」を教えてくれた両親の影響か、ここまで大きく意見が割れ、衝突することはなかった。
しかし、今日の話し合いはどうなるだろうか。
「書庫にこもりっきりだと愚か者になるぞ」
集会所に上がるため靴を脱いでいると、さっき公治から聞いた台詞と一緒に、後ろから頭を軽く小突かれた。
ふり返ると黒々とした長い髪を後ろで一本にまとめた美緒が僕を小馬鹿にしたような顔で立っていた。白い半そでの服から見える黒く日焼けた腕は細いがたくましく、それでいて美しい。
「書物を読むたびに自分を愚か者だと再確認できるから、あながち間違いではないな」
僕の発言に呆れる美緒を後目に集会所に中に入り、集まっているみんなを確認すると、一番上座の席に座る。特に席次が決まっているわけではないが、昔からこのように座っているため、自然とみんな同じ席につくことが多い。
痛いほど視線を感じるが、今は何も言わないほうが良いということも分かっている。
美緒が僕の右隣に座り、これで7人全員がここに集まった。
「じゃあ、みんな揃ったことだし、始めるか」
左に座っている公治が切り出すと、とたんに場の雰囲気が重く張り詰めたものに変わった。
「まず、今回の事件の詳細を教えてほしい」
すると、右斜め前に座っていた、玲が立ち上がる。玲は第4地区の長であり、水連地区の元首長の娘である。何事にも冷静沈着で、直情的に判断せず、物事の均衡をとるのが上手い人物である。短く肩の辺りで切りそろえた髪は日焼けで少し茶色くなっているが、目鼻立ちは整っており、良家のお嬢様であることが今でも十分にわかる。
「はい。では、説明します。昨夜の見回りは日没後すぐでした。当番四名で各家を周り、全員の無事と施錠の有無を確認しています。その際に忠告もして、監視役の霊獣の顕現も確認しています。事件発覚は今朝。畑の当番である者が出てこないことを不審に思い、当番宅を訪問。そこで相樹君、連君、岬ちゃんの死体を確認。その後、すぐに私に連絡が来たため、報告の鳥を飛ばしました。以上になります。」
そう言うと、両肩に霊獣≪紅烏・蒼烏≫が現れる。霊獣が一人に二体付くのは大変珍しいが、全くないわけではない。両目が紅と蒼の烏たちは主人同様凛々しく、その発言を心得ているように神妙にしている。玲の顔も沈痛で曇っていた。
「相樹君たちだったのか・・・」
場が沈黙に包まれる。200名以上いるが10年ほどの付き合いになると、自然に皆の顔を覚えることになる。助け合う仲間として当然のことでもある。ようやく12歳になる岬ちゃんと弟の相樹君、連君たちはとても仲が良かったことを思い出す。
そして、そんな彼女達が亡くなったということ。しかも、誰かに殺されたとなると、怒りに我を忘れても仕方がない。
「おい、鏡矢!どうなっているんだよ。お前がこの前なんとかするって言ったんじゃなかったのかよ」
左奥に座っていた銀が叫ぶ。男らしくがっちりしたその体から、抑えきれない怒りがあふれ出ているのが目に見えるようだった。理性でなんとか抑えているものの、発言如何では手を出す準備があることが感じられた。
緊迫した空気が流れる。
そうだ、これは僕の招いた悲劇でもある。責任は取らなくてはならない。
意を決して立ち上がろうとしたところを、公治に言葉が遮られえる。
「ありがとう、玲」
銀の発言を黙殺し、玲を座らせる。そして、改めて、公治は銀を見る。
「銀、もし暴力に訴えるのだとしたら、相手が違うと思うぞ。俺たちがまずやらなくちゃならないのは・・・その糞みたいな犯人にどのようにしてやるか、だ」
声を低くし公治が銀に忠告すると、会合に一体感が戻る。この事件の犯人を捕まえ、罰を与える。公治のその眼には明確な殺意が滲んでおり、僕を含め他のみんなも同様の目をしていた。
一呼吸置いたことで、銀の怒りも少し収まったようにみえた。
だが、銀の怒りも最もであり、その怒りがこの会合、ひいては今まで築き上げてきたこの組織を崩しかねないことを公治は十分理解していた。
「鏡矢もだ。銀の言うことも一理あると思う。あの時のお前の発言の真意をここで確かめさせてもらえるよな。・・・伊達に髪が白いわけじゃないだろ」
僕の髪が生まれつき白色であるのは周知の事実である。ここであえてそれを茶化すのは、場の雰囲気を考えてだろう。
「分かってる。」
気合いを入れなおし、立ち上がる。
「まず、昨夜起こった事件に関しては、本当に言葉に出来ないくらいに悔しいし・・・なにより腹立たしい。事件が次々に起きているのに、『まずは自衛を優先しよう。あとはこちらで考えてみる』なんて結論しか出せなかったことについて、言い訳はしない」
そこで、ちらりと銀の方を向く。銀は怒りのこもった目でこちらを見ていたが、先を促すようにと顔を動かした。
「昨夜の事件が起きるまでは、一人の時を狙った狂信者の犯行であり、素性が分かるまでは無暗に探すことの危険性の方が高いと判断していた。一人とはいえ霊獣がついている人を襲ったわけだからね。だけど、また事件は起こってしまった。もう情報が少なすぎるから、などと躊躇っている場合じゃないだろう」
「で、どうすると」
銀が結論を問いかける。
「五門を使おうと思う」
僕がそう言うと、みなが驚いたようにこちらをふり向いた。




