鉄槌
「さて、諸君。私をどうするのかね」
祭祀が尋ねる。しかし、その顔からは邪悪な笑みがこぼれていた。
「私を処刑するのは自由だがな、さっき言った通り神罰が下ることになるぞ。私も死ぬが君たちもどうせ死んでしまうのだ。これは愚の骨頂だとは思わないかね」
「何だ、それは」
公治が怒りのこもった目で尋ねる。
「神罰とはそれすなわち神の啓示。お前達の国の話でいえば『災厄』ということになるのかね」
「ほほう、面白いじゃないか。聞かせてもらおう」
「私たちはここに来る前も一つの里を管理した実績がある。そこはこことは違い、『話し合い』が通じたがね。だから私たちは苦せずして、里の半分の管理を終えることができた。」
そこでにやりと挑戦的な目を僕と公治に向ける。
「さっと続けろ」公治が言う。
ここからが面白いのだという風に祭使が語りを再開する。
「しかし、そんな村でも愚か者は居るものだ。私たちに反対し、油断した祭使を処刑したものがいたのだ。理由は知らんが、自己増長の思い上がりだろう。
その頃はまだこの呪印が施されたお札が完成していなかった。私たちは少し焦ったよ。このまま戦火が広がれば私たちだけでは対抗できない可能性が高かったからな。
だが、我れらが神は我々を見捨てなかったのだ。その蛮行に至った男が死んだのだ。それもかの災厄のように自らの霊獣手によってな。
それを見て確信した。私たちこそが正しいのだとな。私の言いたいことはわかってくれたかな」
莉々が少しおびえた顔をする。近くにいて話を聞いていたものもみな一様に沈黙した。
僕と公治を除いて。
「とてもありがたいご高説だったが、僕たちには不要なもののようです」
僕は祭祀を見つめる。
「血迷ったか。死んでしまうのだぞ。まさか自らの生を犠牲にしようというのか」
祭祀は唾を飛ばしながら絶叫する。僕はそれを冷静な気持ちで見つめることができた。
「『何を以てしても生きよ。その果てに幸せはあるのだから』。これは僕が母から最期に教えられた言葉です。だから、生を諦める――しかも、あんたみたいなやつのために死んでやることんなてできません」
僕は笑いながら続ける。
「何故その里の者たちが死んだのかあなたは本当に考えたことがありますか。恐らくは神を妄信するあまり、知ろうとする努力を放棄したんでしょう。だから、こんな結果になるんですよ。そんなあなたにいい言葉を送ります」
「ここに神は居ない。あるのは法という道と知という道標、そして死という目的地である」
そして、僕は祭使の目の前に証文を突き出した。
『三人に対する誘拐、さらに三人の殺害の容疑で処刑することをここに許可する。
これらは、水連地区同盟法に乗っ取り執り行われるものであり、以下の者をこれの責任者及び執行者とする。
第一地区長 鏡矢
第二地区長 公治
第三地区長 千夏
第四地区長 玲
第五地区長 美緒
第六地区長・第七地区長代理 銀
第八地区長 英二』
「法律に関しては昨日出来たばかりの急造品でだけど、こちらも署名があり効力を有しいています。捕縛行為についてはある程度の許容範囲を認めているからここにいるみんなに害が及ぶことはないでしょう。裁判はさっきいろいろ聞いたことで形式上は整ったことになります。全ての業務を同一人物が行うのは、まあ『未開の国』だから・・・許容してくれるでしょ」
僕は不敵に笑った。
「なんだこれは。馬鹿馬鹿しい。こんなのものが認められるはずがない。そもそもここは『未開の国』なんかではないではないか。ここは山都の国だろう。国があり、きちんと国の定めた法があるではないか。こんなものが認められるわけはない。お前達が認めても神がお認めになるわけがない」
祭使が暴れ出す。
「ぐだぐだうるさい野郎だなあ」
公治が祭使に近づくとその右手に刺さった矢を引き抜いた。
手から血が噴き出し、祭使が絶叫をあげる。
「そもそもお前もさっき自分で認めてただろう。『国そのものが亡くなったに等しい』ってな。だから、俺たちは自治を回復するために、ここだけで通用する法を作ったんだよ。そして、これを無効とする法はいまのところこの国にはない。
次に、神が認めるうんぬんは関係ないんだよ。俺たちの霊獣を支配するのはそこで信じられている『道』であり、ここでは『法』なんだ。書物にもそう書いてあるんだろう」
公治が僕の方を向き、抜いた矢を手渡してくれる。
「ああ。だからこの方法が有効であることを僕は知っているし、執行を躊躇うこともない」
僕はゆっくり祭使に近づくと、今度は左手をその矢で突き刺した。そして引き抜くと同時に左太ももにも突き刺す。
「ぎゃあああぁごあおああああああ」
叫び声があたり一帯にこだまする。
「そもそもここが国だと思うならな、勝手に土足で入ってくんじゃねええよ」
「す、すまなかっ」
僕と公治はゆっくりとその場を離れる。
謝罪なんてものを聞きたくなかったのだ。
白狐と炎狼に引き裂くよう命じる。
白銀の美しく冷たい光を放つ白狐と赤く燃え盛る明かりを纏った炎狼が、祭使のもとへ近づく。
そして白い光と赤い炎が混じり合うと、祭使を縛られていた木もろとも包み込んだ。
夜空に一柱の光が立ち上る。
一瞬の後、そこには灰すら残されていなかった。




