解放
ここだっ!
僕は林の方へ視線を向け、軽く手で合図した。
すると、ヒュッという音とともに一本の矢が放たれる。
そして、その矢は誤ることなく祭祀の右腕を打ち貫き、その衝撃で祭使の手から金剛を解放した。
「白狐!」
僕が叫ぶと、先ほどまで蠱惑的な笑みを浮かべた少女の姿が一瞬にして白く美しい狐に変化する。
それと同時に疾風のような速さで駆け、金剛をくわえると一気に祭使から距離を取った。
最後の希望、それが『白狐』だっだ。白狐が『会話ができる』のは実は後天的な力である。白狐の能力であり最大の武器はこの『人に化ける』ことなのだ。
最初は人に化けることだけで満足していたのだが、徐々にそれでは物足りなくなり最終的に『会話する』ということまで習得してしまったのである。
だから、僕はそれを利用することにした。
敵がこちらを監視してくるなんていうのを想定しないわけがない。そこで、この擬態を利用し、攪乱させ、罠をはったのだ。
この奇策は運要素が大きいので、成功するかは賭けに等しかったが、今回はうまくいったようだ。
「みんな、男どもを捕まえろ」
僕の言葉と同時にみんなが動き出し、男たちにつかみかかる。
大の大人といえど、一人で三人以上を相手にするのは困難である。しかし、男たちは最後の意地をみせ必死の抵抗をしてみせた。
「落とし穴に、落とし穴に突き落とせ」
誰かが叫ぶ。
あるものは力づくで押し込み、或る者は霊獣に足払いをさせた後に叩き込む。そして、落ちた者の上から土を被せ抵抗力を奪いつつ、用意してあった縄を霊獣にもたせ、手首や胴を縛りあげていった。
一方、腕を打ち貫かれた祭祀は逃げようと試みたものの、続く第二の矢が右ふくらはぎに突き刺さり、その場で倒れたところを僕と白狐で縛り上げた。腕とふくらはぎに受けた傷の衝撃からか、懐からお札を出すことができなかったようだ。
念には念をということで、縛り上げた祭使を無理やり木のそばまで連れて行き、さらに木の幹にしばりつけた。流石にここまでくると他の男たちも観念したようである。
祭祀の懐からお札を抜き取り、黒い被りものと白色の薄鎧を脱がす。ぎょろっとした目が顔の不気味さを際立たせており、まとった鎧で隠されていたのか腹回りには余分な肉がついていた。
しかし、それをより一層不気味に際立たせていたのは、顔や胴体、手足に至るまでいたるところに赤黒い奇妙な文様が描かれていることであった。
「どうやら、これが私たちの力を遮ってるみたいだ」
祭祀の体を眺めた白狐が言う。
触ってみるが、どうやら彫られたものではないらしい。かといって、水で消えたりするものでもないようにみえた。
そこに莉々がやって来る。
「こっちの男たちには顔に文様がないみたい」
その場を近くにいた数人に預け、近くの捕らわれた男に近寄る。落とし穴に落とされたとき足の骨を折ったみたいで、苦痛で顔をゆがめていた。
「本心を吐かせたいんだが・・・莉々ちょっとやってくれるか」
莉々は頷き、自らの霊獣を顕現させる。
莉々の霊獣である<リリィ>は鮮やかな羽をもつアゲハチョウであり、主に幻惑を得意としていた。そのリリーの羽から降り注ぐ光の鱗粉が男の頭にゆっくりと降り注ぐ。
「さて、質問だ。正直に答えてもらおう。お前に聞きたいのはこの文様についてだ。この文様はどうやったら消せる」
男の目から徐々に意志が消えていき、顔から覇気もなくなる。そして、ぼんやりとした口調で答え始めた。
「これらは、霊獣を持つ者の血で洗うことができます」
莉々と僕は驚愕する。
「血で洗うとはすべてを血であら流す必要があるということか」
「いえ、違います。この文様は国の祭使官長様が作られた崇高なものであるため、完璧であることが条件となっています。故に、文様が少しでも変更されると効果がなくなると聞いています」
それだけ聞くと僕と莉々は立ち上がり、急ぎ祭使の下へ戻った。残りはこいつに聞いた方が早い。
持っていた護身用の短剣で右手の中指を切ると、その血で祭使の顔を一線し、胴の部分にもこの加筆を施した。
「さて、正直に話してもらうぞ。お前には聞きたいことがたっぷりあるんだからな」
リリィの鱗粉をふりかると、さっそく尋問を開始した。
苦痛に歪んでいた表情が和らいでいく。
「まず、この里――連水地区を襲っているのは、ここにいるやつらだけか」
祭使がぼんやりと返答する。
「いいえ。あと一人います」
「では、あと一人はどこにいる」
「ここから西南方向の山中に洞窟があり、そこにいます」
南西というと第六地区の山の辺りか。
この状況がすぐに知れ渡り、増援に来るということはなさそうだ。少し安心し、肝心の質問に移っていく。
「金剛にかかった呪法を解除するのはどうしたらいい」
「この文様と同じようにすることです」
さっと莉々に目配せすると、莉々が金剛のもとへ走っていく。
そして、小刀で小指の先を切ると金剛に貼り付けられている札に血を垂らす。
すると、札がさっと金色に燃え上がり消えていった。振り返って、志郎を見ると今までの苦痛が消え去り、落ち着いたように見えた。




