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転々

 「馬鹿者!」


 声を発したのは五人のうち最も背丈が高く、白々とした薄鎧のところどころに金の刺繍を刻みこんでいる者であった。恐らくこの中での指導的立場の者であろう。彼は進み出た者の首筋をぐっと掴むと自分の方に引き倒した。


 「こんな安っぽいッ手に引っかかるとは情けない」

 男はそう吐き出すと、兜から唯一除く穴からぎょろっとした目をこちらに向けた。

 「落とし穴とは、考えたな」男が笑う。


 動揺を隠すため僕は無表情になり、男をにらみ返す。

 その間に必死に頭を回転させる。鎌をかけているということも考えられる。ここは慎重にならなければ。


 男はなおも笑いながら、続けた。

 「お前がここの指導者か。頭はよく働くようだが、あと一歩が足りない。もし罠を仕掛けるのであれば、仮面でもつけて置くんだったな」

 そこで僕も失敗に気づく。

 「そう、お前ではなく後ろにいるやつらのためにな」


 不覚を呪う気持ちをぐっと腹に押しとどめる。ここで怯んではいけない。


 「そちらが道化姿で来ると知らなかったんでね。知っていればこちらも余興の一つとしてお見せできたんだけど」


 「ハハハッ。招待状も持たずにお邪魔してしまった自分達も悪いのさ。次回は気を付けるとするよ」男は依然として余裕の態度を崩さない。


 「次回か。招待状が宛先不明で帰ってくることになりそうだな」


 「そんなことはならないさ。次回幽世から届く招待状を待つとするよ・・・と、おしゃべりはここまでだ。先ほどの光の信号は仲間への合図だろ。だとしたら時間もあまりないのでな」

 男が話を切り替える。どちらが優位かを自覚させられ、考える猶予、増援を待つという選択肢が絶たれる。


 「まずはこいつで試してみるか」

 そういうと男は近くにいた金剛に向け、小さな紙を飛ばす。なにやら赤い文字が書かれたその紙は、避けようとした金剛に吸い付くようにして張り付いた。


 「うぐああああああああ」


 突然、自分の後ろにいた志郎が声を上げたかと思うと、その場でのたうちまわり始めた。すぐに志郎の周囲にいた仲間が集まる。

 見たところ外傷はないようだ。周囲に集まったものもみんな何がなんだか分からないという感じであった。


 「なるほど。先に霊獣に使えばこうなるわけか。これは面白い。」

 男がにやける。


 「その札は何だ。志郎に何をした」

 男はゆっくりと金剛に近づき、つかみ上げる。札を張られた金剛の方も力を失い、ぐったりとしていた。


 「それは教えられないが、どういう状況かは分かるだろ。もっと苦しめることもできるぞ」

 そう言ってもう一枚紙を取り出すと、金剛に張り付ける。


 「あああがぐああがあああ」志郎がさらに悲痛な叫び声を上げた。

 周りにいた女子が声を上げて泣き始める。ついにこの状況に耐えられなくなったのだろう。


 「無為に苦しめようとは思わない。お前たち次第だ。」


 男がこちらに提案する。

 「まずはこの場に全員集めてもらおうか。ただ、一人でも逃げたらこやつを殺す。そしてまた一人また一人と犠牲が増えていくこととなる。こちらの目的は殺害ではないのは手紙を読んでもらったから分かってると思う。どうすれば一番いいかわかるよな」


 男は有無を言わさぬ迫力でこちらを圧倒する。志郎を犠牲にしてみんなを逃がすことも可能ではあるが、今の最善ではない。

 もう少し油断が生まれさえすれば。まだ機会はあるのだ。

 ここからは絶対に間違うことはできない。僕は気を引き締めると皆をこちらに呼び寄せた。


 祭殿から出てきたみなは一様に不安の悲哀の表情を浮かべていた。志郎の状況がそれに一層の拍車をかけている。


 「さて、人数確認といこうか。昼いた人数と合うかどうかを確認する」

 男が言うと脇に居た男たちがさっと人数を確認し始める。

 

 「確か全32名だったな。男18、女14だったか」

 はっと数人が顔を上げる。僕は祈るような気持ちで指導者の男を見つめていた。


 「何驚いた顔してやがる。あれはお前たちがどこに行くか確認してたわけじゃねえよ。数を確かめてたんだ。こっちにとってはそっちの方が重要なんでな」


 「お前たちは一体何が目的なんだ」


 「何をいまさら」


 金刺繍の男が笑う。

 「書いてあっただろう。俺たちは『管理者』になるってな。まあ詳細は聞かない方がいいかもな。絶望で死にたくなるかもしれないからな」


 「下衆が」

 ある程度思い描いた通りではあったが、直接聞くと腹の底から怒りがこみあげてくる。


 「祭使。全員揃っています」

 人数確認を終えた男たちが指導者である祭使の元に戻って報告した。


 「分かった。では、次に霊獣を出してもらう。おっと、先に言っておくが、霊獣での抵抗は無駄だと分かっているだろう。おとなしく言うことを聞いくれることに期待するよ」

 祭使が掴んでいた金剛を掲げ、いつでも殺せる準備があることをしらせる。


 みんなが僕の方を確認してくる。ここが正念場である。僕がゆっくりと頷くと、それぞれが霊獣を顕現させていった。男たちが再び数を数えにこちらに来る。




 一人の少女の前で男が立ち止まった。


 「おい、お前。早く霊獣を出せ」


 男の一人が横柄な態度で忠告する。

 しかし、命令された少女の態度は極めて冷静であった。


 「私は霊獣をもってないんだが、どうすればいいのかな」

 かすかにほほ笑むと、少女は祭使に問いかける。


 「フンッ。馬鹿にするなよ。この里に霊獣をもっていないやつなどいないことなど調べがついてるんだよ。さっさと出した方がいいぞ」

 男が再び金剛を掲げる。


 「と言われてもねえ。ないものは出せないから困りものだ」

 そういいながら少女はゆっくりと祭使の方へ近づく。


 「おい、勝手な行動をするな」

 男が少女を捕まえようとするが、するりとその手を潜り抜けた。白く上衣から膝丈まで伸びた絹のような服がひらりと揺れる。


 「いや、抵抗はするつもりはないんだけどね。どうしてもお前達では信じてくれそうにない。だから、直接祭使様と話し合おうかと思ったんだが」

 そう言って蠱惑的な笑顔を男たちに向け、続けて祭使を見つめる。


 「まあ、良い。どうせ霊獣を出してもこちらに抵抗できないんだ。とは言っても、確かめる必要もある。こちらに来い」

 祭祀が懐から札をとり出し、招き寄せる。


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