接敵
早朝。
通信班の定時連絡で目を覚ます。いつの間にか寝てしまっていたようだ。各地異常なしの連絡を聞き少し安心する。
「ごめん。寝てしまったみたいだけど、こっちも異変はなかったかな」
肩にかかった毛布をたたみながら、横で丸まった白狐に問いかける。きっとこれをやってくれたのも白狐だろう。
「特には。寝ている間に来た連絡に関しても私が返しておいたよ。恐らく間違いはないと思うけど、連絡内容に返信内容も書いてそこにまとめているから見ておいて」
「ありがとう。白狐の判断だから、信頼してるよ」
ぐっと背伸びをして、体を動かす。机に突っ伏して寝ていたせいか、少し体が痛い。だが、少しでも眠れたためか、頭はすっきりしていた。
「よーし、頑張るか」
小班長への連絡をしてみんなの起床を促すと、朝食の準備と寝床の片づけを始めさせる。忙しく歩き回るみんなを見ながら、僕は深夜にまとめた文章の最終確認をする。
粗削りではあるが、様々な本を参考にしたため、ある程度形にはなったように思う。あとは、みんなの意見を聞くだけだ。各方面に知らせる通信班に書類を渡すと、朝食へ向かった。
みんなの準備が終わり、いよいよ出発の時間になる。点呼を終えると、索敵隊を走らせ、出発する。
32名ではあるが、やはりそれなりの人数がいるため、小班長との連携を強め、随時確認を怠らないようにしなければならなかった。
僕たちが目指す二の門までは、あまり遠くはなく、昼過ぎには到着できることが予想されていた。
しかし、その予想は不意の襲撃に砕かれることになる。
中央道場と二の門のちょうど中間地点についたころ、前の索敵を担当していた班が一斉に戻ってきた。僕はみんなに一時停止を告げると、索敵班の長である志郎の報告をきいた。
「前方で不審な人影を発見しました。霊獣の影はありませんでしたが、自分の≪金剛≫はじめ、他の三名の霊獣が危険を感知。敵は確認できた者だけで3名、距離はこちらまで十田(田畑十個分)ほど。こちらの様子を伺っている様子で、今は金剛に様子を見てもらっています。どうしますか」
悩む時間はない。急いで対応をとる。
「霊獣を出して待機。年長者は周りを囲み、安全を最優先に。班長は班員の行動を常に把握。万が一僕が指揮を取れなくなった場合、各班長の指揮のもと各班で離脱、二の門へ向かうものとする。救助は後回し、二の門に着いたものから霊獣の力を活かしつつ、待機。他地区長からの連絡を待つように」
行動方針を伝えると、素早く小班長のもと各自の用意に取り掛かる。後方についていた索敵班を呼び戻し、防御の面を厚くすると、僕は全索敵班から四名を選び出し敵の方向へ向かった。
今進んでいる街道は山と田園の間に作られており、僕たちの歩いている左側が山、右側に田園が広がっていた。少し先の山林部に入り敵が見える位置に移動する。
実った稲穂に隠れてはいるものの、霊獣たちが反応する方向に見知らぬ者がいることが確認できた。こちらの動きを見て判断するつもりなのか、ずっとその場にとどまっていた。
「こちらから仕掛けてみるか」
志郎が尋ねる。
敵は見る限り三名。田園側は広く見晴らしがよいため、別の者がどこか他の場所に隠れているようには思えなかった。しかし、このような見晴らしの良い場所で、しかも少数で行動している理由が分からい。慢心か、それとも罠か。
「少しゆさぶりをかけてみよう。霊獣で三人の周りまで行き、威嚇行動を」
僕がそういうと志郎が他の3人に目配せし、金剛を含む犬型の霊獣三体が駆け出し、上空に鳥の霊獣が一体舞い上がった。
疾駆した金剛は敵のうち一人に向かって猛烈に駆けだすと、勢いよく飛び掛かった。すごい勢いで飛び掛かかることで、骨折等のケガを負わせ、一時的に無力化させる方針であった。
だが、結果としてはそうならなかった。
飛び掛かった金剛は敵にぶつかる寸前に何かにはじかれるようにして、転がったのである。
「どういうことだ」
志郎が声を上げる。
僕も驚きを以てその状況を見つめていた。その後も何度か金剛が突進を繰り返すも、成果は全くないようであった。
「なにかに守られてるみたいですね」
他の三人の霊獣も同じように幾度となく阻まれ、打つ手なしというように見えた。
「ちょいと本気を出してみるか」
業を煮やした志郎が本格的な交戦を提案する。
確かに今はまだ霊獣の力の五割も出していないだろう。すべての力を開放してこれに当たれば、打ち倒すことも可能であるかもしれない。だが、それでも今までの威嚇行動で全く傷をつけられなかったのはおかしい。
「いや、分からないことが多すぎて危険かもしれない。今のところ、むこうから打って出る様子はないようだから、このまま威嚇行動で牽制しつつ、こちらは先へ進もうと思う。金剛他3体は進行方向が分からないような位置から攻撃、さらに上空からも絶え間なく攻撃を。加えて『光輪』、『響声』の使用を許可する」
光輪とは、鳥などの霊獣が発することのできる強い光のことで、非常用の連絡手段やめくらましなどの役割を持っている。
しかし、日中においては光での連絡手段はあまり有効ではない。そのため日の出ている間は、合わせて響声を使うことになっていた。響声は、霊獣の放つ声を轟かせるもので、一時的に平衡感覚を奪う効果もある。
「分かった。金剛たちを思う存分駆け回らせるとするか」
「頼む」
そういうと急ぎみんなのもとへ戻り、新たな支持を伝えた。
志郎達の方向を見つめると、ちょうど指示を与えられた金剛たちが勢いよく走り出すところであった。速力は先ほどよりずいぶん上がっており、まるで稲穂の間を風が通り抜けているようであった。
そして、衝突する。
先ほどよりかなり速いにも関わらず、やはり敵が倒れる様子はなかった。しかし、さすがに怯んだ様子を見せ、目線が金剛に張り付く。その瞬間、空中が弾けるように輝き、霊獣特有の高い声が辺りに鳴り響いた。
「今だ」と合図を出し、一斉にみんなを走らせる。
少し先にはちょっとした家屋が立ち並び、道の分岐点も多くなる。その辺りまで行けば、敵の出方も変わってくるだろう。
とにかく今は姿をあらわにしていることを避けなければならない。
ちらりと田園側を見る。
光輪と響声の効果からか、三人の敵は座り込み、こちらを向いていないようであった。未だに金剛たちの突撃は続いていたが、そちらの方はやはり効果がないようであった。
家屋が並んでいる場所まで辿り着くと、二の門までは少し遠回りになるが、山間の道を通ることに決めた。
集団で移動していることをできたのは露見してしまったが、これは悪いことばかりではない。相手の組織――今回確認できた者たちが今までの事件と同一犯だとすれば――に「こちらも防備している」という意思表示にもなるからだ。
しかし、目的地まで相手に教えてしまうのは危険である。まだ二の門の力の影響がどれほどなのか分からない上、先ほどの「見えない壁」のこともあるからだ。今はまず、この状況をきちんと把握するためにも、少しでも時間を稼ぐ必要があった。
霊獣で引っ張ってきた荷車の大半の食糧を家屋に隠すと、持てるだけを持って山の小道に入った。
警戒する場所は増えたものの、探知の優れた霊獣を最大限に使い、最短距離でここを突破することにしたのだ。
山林を抜け、二の門が見えるところまで来ると、後ろから志郎達が追いついてきた。
「敵三人の退却を確認。ある程度追撃をしたのちに、こちらも退却。警戒しつつ戻ってきたが、敵が再反転した様子はないみたいだ」
いきなりの戦闘であった上、未知の技を前にした志郎の顔には疲労が浮かんでいた。
「分かった。二の門に入った後、休息にするからもう少し頑張ってくれ」
「了解」
そういうと志郎は後方の警戒へ戻っていった。




