1.宙とディー
否定されている。また否定されている。
2014年7月X日。県内にいくつもある公立高校のうちの一つに通う小泉宙は、友人の寺田大地、蒼乃真凛と共に昼食をとっていた。
「しっかしまぁ…大したヤツだよな、宙は」
同年代男性の平均値をかなり上回った身の丈を持つ男、寺田大地は焼きそばパンを咀嚼しながら呟く。
「何がさ」
牛乳パックに刺さったストローを咥えながら、中肉中背、メガネをかけた少年、小泉宙は疑問を呈した。
「何が、じゃねーだろ優等生。期末試験で全教科トップに立つっていうのはどんな気持ちなんだ?」
「そうだな、体育祭のあらゆる競技で皆の注目を集める活躍をするのとそう変わらないんじゃないかな、大地」
「けどよー、この学歴社会においてお前と俺って本当に対等だと思うか?」
「僕とお前の学歴は今んとこ全く同じじゃないか」
「んー…何と言うか…」
他愛ない会話。そこに、すっきりとしたショートカットで小柄な少女、蒼乃真凛が口を挟む。
「大地。宙は天才。仕方ない。現実を受け入れるしかない」
「現実…辛い言葉だぜ…」
三人はいわゆる幼馴染であり、幼稚園から高校二年生の現在に至るまで共に過ごしてきた仲であった。そうであるので、大地が本気で宙に嫉妬しているわけではない事は、聞いていた二人には自明であった。あくまで他愛ない会話である。
「真凛はテストどうだったの?」
「結構良かった。試験前に、宙が丁寧に教えてくれたから」
整った顔を少しだけ下に向けながら、真凛は答えた。
「なん…だと…?お前そんなエロいイベントいつの間に…?」
大地は、愕然という言葉を表現するにこれ以上ない顔で宙に視線を向ける。
「こらこら、どこがエロいんだどこが」
「放課後‼︎!個人授業‼︎誰もいない教室で学んだのは本当に英語や数学だったというのか⁉︎」
「違う、大地。うちで、教えてもらった」
瞬間、大地の強烈なボディブローに襲われ、宙の脳裏には理不尽とか不条理といった熟語が浮かんだ。
「なぁ宙、今日ゲーセン寄ってかね?」
放課後、夏の夕暮れが差し込む教室で大地が宙を誘う。
「悪い、今日は両親の命日だから、今から墓参りしなきゃ」
「あ、そうか…そんな時期なんだな…」
「真凛と行ってきなよ」
「あいつはうるさいとこ嫌いだろ。ま、今日のところはお預けって感じか。しょーがねーな」
「ごめんな、また今度」
「…宙」
席を立ちかけた宙に、大地が若干神妙な面持ちで呼びかける。
「お前が元気になって良かったよ。親御さんが亡くなった直後のお前は、まるで生気を感じられなかったからな」
「そうか?今の僕もそんな変わらないだろ」
「おいおい、真面目に言ってんだぜ?」
茶化されたように感じて大地は少しムッとした顔をする。
「分かってるよ。でも、肉親が死んでビクともしないヤツなんていないだろ?それに、お前たちが元気付けてくれなかったら未だにくよくよしてたかもしれない。感謝してるよ」
「…へへ、ま、お前のお袋さんには俺や真凛も世話になったからな。よろしく言っといてくれよ。じゃあな」
「分かった、また明日な」
教室のドアをくぐって、大地は先に退出した。残された宙が一人、呟く。
「…そう、親が死んで悲しまないヤツなんていない。そんなヤツは…」
否定されている。また否定されている。
宙の両親の墓は、高校から歩いてすぐのところにあった。日が暮れないうちに済ませるべく、宙は持参した線香に手際良く火をつけ、線香台に置いた。
「………」
目をつぶって手を合わせること数秒。生温い風を肌に感じながら、墓石にかける言葉を少しの間考え、結局「学校の成績はまあまあだ(謙遜である)」「幼馴染の二人とも仲良くやっている」といった当たり障りのないことをぼそりと口にした。最後に、
「父さんと母さんがいなくなって、とても寂しい」
と、墓参りの去り際には決まってこう言うようにしていた。
「それは何に対して抗ってるの?」
心の中で自らに問われる。
「抗ってる、とは?」
「本当は寂しくも悲しくもないんだよね?何で自分に嘘吐くのかな?」
「………」
「親が死んだら悲しいのが当たり前。当たり前でない自分がそんなに怖い?」
心の中の声が徐々に大きく、鮮明になる。
「虐待されたワケでも、嫌悪されたワケでもない。普通だけど普通に愛してくれた、立派な両親だったハズなのに。2年経っても親の死を悲しむことが出来ない自分が、恐ろしいんだ?」
自分の中の自分が言うように、確かに宙は両親の死に無関心な自分に疑問と苦痛と反発を覚えていた。実のところ、両親の死の直後の宙の落ち込みはそれ自体が原因ではなく、『落ち込むことの出来ない自分に落ち込んでいた』のであった。
「………だってそうじゃないか。情に厚い方だとは思ってなかったけど、自分がこんなに冷徹な人間だったなんてさすがに信じられないさ」
「悲しくないことは罪なの?死んで清々したと喜んでいるならいざ知らず、悲しみを感じないことは至ってニュートラルな状態であって、決して悪ではないんじゃないかな?」
「君は本当に詭弁屋だな、ディー」
「やだなぁ、ボクは君だよ」
このような不可解な自問自答を、宙は2年間も続けていた。どうしても答えの出ない問いのスパイラル。宙の中にはいつの間にやら『もう一人の自分』とでも呼ぶべき存在があった。その存在を、宙は"Double"の頭文字から『ディー』と呼んでいた。
「妄想に名前つけて会話してるとか、やっぱりショックで頭おかしくなってるんじゃないかな」
「かもね」
ディーは両親の死を悲しまない宙を肯定していたが、それを否定したいのが宙であり、元が静かな人間であるからか行われる議論は穏やかかつ緩やかなものであれ、両者は対立の構図にあると言えた。にもかかわらず。
「一応はテストの出来も良かったことだし、シュークリームでも買って帰るかな」
「いいねっ!」
宙には、ディーと日常的に会話しては楽しんでいる節があった。宙自身、それに気づきながらもやはり理由は分からず、不可解な事は自分の中で増えるばかりであった。