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蒼の独奏  作者: 大和 政
9/13

始まりの終わり

 夕焼けの映える空は、鮮血にも似た紅に染まって、今日もまた太陽は西の地の果てに姿を消していた。

仕事を終えた男達もいつもと同じようにフラロアの酒場に足を運んでは、笑顔で酒を交していた。

酒場に鳴り響くのは、旅の楽士の太鼓とギターとパーカッションの賑やかな演奏。

ラスベース片手に店の全員が今にも踊り出しそうな、笑顔と笑い声に包まれている。

店の一番奥のカウンター席に肩を並べて座るソアラも、ついさっきのことなど忘れたかのように頬を染めてグラスに唇をつけていた。

「…で、ナイト様の出番が来たわけよ!!」

 13杯目のラスベースと楽士の演奏に合わせるように、パーラスはもう四回もソアラを助けたパリアの話を延々と続けていた。

「そのカッコいいパリア君、見てみたかったなぁー。」

 フラロアは、さすがに酔っ払いの扱いに慣れているのか、何度聞いた話にも、そのつど違うあいづちを打ち、話し手を楽しませていた。

「そんな立派なモンじゃぁ…。」

 パーラスの隣でチビチビとミルクラージュを飲みながら、謙遜して言うパリアは、それでもアルコールに赤く染まった頬がゆるむ。

楽士の演奏と共にはずむ気持ち。

アルコールで軽くなる心。

酒を交す男たちのざわめきと、隣にいる憧れのソアラ。

少しお酒の回った心に、鼓動は徐々に早くなる。

 そんな夢心地の中、

それでも、パリアの心の片隅にいるソロは、昼間のことを忘れることができなかった。

 あの人通りの多い道端で襲い掛かってきた『自由の剣』のメンバー。

 忘れていたわけではないけれど、大切な人まで傷つけてしまったこと。

 それに…

 あの剣撃をかわし続けたソアラさんの身のこなしと、最後の表情。

「お芝居の殺陣の練習が役に立っただけよ。」

 ソアラも頬を紅く染め、酔っ払って何度も何度も同じ事を言うパーラスに、笑顔で同じ言葉を答えていた。

―お芝居の練習で、あんな動きができるのだろうか?

 ソアラの言葉を聞くたびに、ソロの胸のうちに不安と疑問の黒い霧が立ち込めていく。

「何をそんなに陰気くさい顔をしてるんだ、パリア!?

ああ、また例の奴が来ないか考えてたのか?

そんなに心配なら、遅くなる前にソアラを送って来いよ。

今の時間なら、心配することもないだろ?」

 ジョッキに半分も残ったラスベースを一気に飲み干すと、パーラスは力の加減も考えずに力一杯ソロの肩を押した。

「でも、さっき襲われたのも人通りの多い夕方よ、関係ないんじゃない?」

 パーラスの怪力にバランスを崩したパリアを、ソアラは子猫を抱くように胸元に引き寄せて優しく髪をなでていた。

「で・でも、夜中より安全だよ。」

 パリアの鼻先に漂うソアラの甘い香り、髪を揺らすソアラの吐息に頬を真っ赤に染めたパリアは、激しく鳴り続ける鼓動に呂律さえ上手く回らず、お酒に酔ったかのように、ただソアラの胸の中に身を任していた。

「そうね…」

 ソアラの指がパリアの髪をもてあそぶ、優しく、儚く、哀しげに。

「そうね、明日もお稽古があるし、今日はそろそろ帰らせてもらうわ。」

 その声はしっかりした声だった。

けれどもパリアはそのソアラの声を嘘っぽいと思った、無理をしている。

立ち上がろうとしているソアラの肩に手をかけて、パリアはただソアラの瞳を見つめた。

ソアラはパリアが何を言いたいのか分ったように、静かに微笑むと、すり抜けるようにそっとパリアを抱きしめた。

「本当に…、ごねんね、今日は…。

でも、とっても楽しかった、本当よ。」

 鼻先で香る甘い髪の香りのように、儚く、消えてしまいそうな声だった。

「じゃあね、小さなナイト様。」

 ソアラの手がゆっくりとパリアから離れていく。

「待って!!」

 とっさにパリアはソアラの手を強く掴んだ。

「…送っていくよ。」

 ソロが言った。

逃げ出したいほどの『迷い』はあった。

今までのように、本当の自分を偽って、それでも笑え合えるなら、それでもいいと思っていた。

けれども、嘘を重ねるのも限界なのかもしれない。

今日、自分のせいで、ソアラさんが凶刃に倒れるところだった。

もう、自分のせいで大切な人を傷つけたくない。

例え、自分の本当の名前を打ち明ける必要があっても。

 ほんの少し、時間が止まったかのように思えた。

パリアは優しくソアラの手を取ると、ゆっくりと店を出た。

刻は二人にしか動いていないようだった。


「完全に二人の世界に浸っていたわね。」

 フラロアとパーラスは店の外へ出て行く二人をただ眺めていた。

「あの雰囲気を壊してしまうほど、俺は野暮じゃねぇよ。」

 パーラスは、そう言うと16杯目のラスベースを飲みながら、出て行った二人に手を振っていた。

「がんばれよ。」

 つぶやいた言葉に誰も返事をする人はいなかった。

それでも、パーラスは笑顔でいつまでも手を振っていた、まるでピエロのように。


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