事情
「パリア、俺、宿屋に忘れ物したから取りに行ってくるわ。
先にフラロアの酒場に行っててくれ。」
宿舎から出てすぐ、パーラスはパリアの肩を叩いて人ごみの中に消えて行く。
「いっちゃったね。」
もう見えなくなったパーラスの跡を眺めながら、ソアラは親しげにパリアに話し掛ける。
「そ、そうだね。」
パーラスがいなくなっただけなのに、二人きりの会話に緊張してパリアの声が上ずってしまう。
「ねぇ、いつも私を見に来てくれたの?」
ゆっくりとフラロアの酒場に歩き始めたパリアの顔を無邪気に覗き込むソアラ。
パリアはドキマギと返事もろくにできないで、ただソアラの髪の香りに胸がときめく。
好きだと言えれば、好きだと行ってもらえれば、どんなに気持ちいいだろう。
二人のそばを過ぎ去っていく恋人たち、手を結び、肩を組み、幸せそうな笑顔を振りまく男女に自然とパリアの視線が移っていく。
「どうしたの?そんなにキョロキョロして。」
「ほ、ほら、そろそろパーラスもこっちに来るかなって。」
まっすぐに見つめてくるソアラの瞳を見れないで、素直な気持ちさえも偽りに隠してしまう。
自分の気持ちを伝えることがこんなにも難しいことなんて。
華の街の人ごみの中をうつむいて歩くパリア。
「手を、つなごうか?人も多いし。」
パリあの気持ちに気付いたのか、ソアラはさりげなくパリアに手を差し伸べる。
夕焼けの茜に染まった花の街は、徐々に人通りも少なくなり、通りの家からは暖かな家族の笑い声と明かりが漏れ出して、
道行く人は早足に家路を急ぎ、パリアのそばを通り過ぎていく。
みんな家に愛する人が待っているんだろうな…。
柔らかなソアラの手のひらから伝わるぬくもりが心まで温かくして、
パリアの瞳に映る光景全てが幸せに包まれていた。
不意に重なる視線、二人は言葉を交わさずに、ただ微笑みを交わしていた。
永遠にも続きそうな幸せの一瞬、夕焼けのオレンジの光を黒鉄の煌めきが遮った。
「危ない!!」
とっさに、パリアがソアラの手を引き、黒鉄の斬撃がわずかにソアラの髪をかすめて空を切る。
「何を…」
まるで戦場におもむく戦士のような重苦しい鎧を身に纏った男に、パリアは言葉を失う。
-まさか…『自由の剣』…か。
パリアの脳裏にオーボウの言葉が蘇える
『自由の剣が、ソロ、お前の命を狙っている。』
迂闊だった、こんな街中で刺客が現れるはずがない、そう思っていたのは油断だった。
せめて関係のないソアラさんだけでも…。
「ソアラさん逃げて!!」
ほんの一瞬。
パリアが後ろのソアラに気をとられた、その一瞬を男は逃さなかった。
容赦なく振り下ろされる黒鉄の剣に、パリアはただ目をつむって身を小さくした。
脳裏をかすめる激痛に歯を喰いしばるが、それはパリアを襲うことはなかった。
恐る恐る薄目に開けた瞳には、男の腕を掴み、すんでのところでパリアを襲う剣を止めたソアラの姿があった。
「くそ!!!」
力任せに男は腕に付きまとうソアラを振り払い、ソアラも機敏にステップを踏み体勢を整える。
無言で男は剣を構え直し、ソアラに対してゆっくりを間合いを詰めていく。
一瞬の静寂の後、杯から水がこぼれ落ちるように突然に、男は剣を振りかざし、風のように間合いを詰める。
振り下ろされる剣をソアラは異常なほど冷静に見切って、切っ先をかわす。
戦いなれた男はさらに五月雨のように斬激を繰り出すが、
ソアラも舞台で舞を舞うように、軽やかに一切の無駄のない動きでそれをかわしていく。
左袈裟に振り落とし、突き、振り上げる。
ソアラは次の動きに移ろうとする男の、わずかに動きの止まったそのスキを見逃さずに懐の中にまで間合いを詰めていく。
「甘いな。」
男はそのソアラの動きを予想していたかのように、タイミングを合わせて膝蹴りを繰り出す。
完全に不意を突かれたソアラ。
そのみぞおちに、鉄の甲冑をつけた、男のひざがめり込む。
ソアラの体はその勢いに宙に浮き、地面に叩きつけられる。
「とどめ!!」
振りかざされた剣が動けなくなったソアラに振り下ろされる。
「あぶない!!!」
パリアは無意識だった。
振り下ろされる、その腕にしがみつく。
手元の狂った剣撃は、石畳の道に弾かれて。
その剣は真っ二つに折れる。
「くそっ!運のいいやつめ!!」
男は、そういうと、集まり始めた群集を剥ぎ払って姿を消した。
「大丈夫?」
差し伸べられたパリアの手につかまってソアラは苦しそうに立ち上がる。
「剣が折れて逃げたみたいだね。」
「そうじゃない、人が集まり始めたからよ。」
見渡したソアラの周りには、遠巻きに様子をうかがう何人かの人。
―最後に振り上げた剣は、私を懐に誘うための罠。
あれだけの強者なら、たとえ剣がなくても私を殺すことなんて…
そのソアラの表情は、今までパリアの見たことがない鋭い表情だった。




