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蒼の独奏  作者: 大和 政
12/13

ソロ・レイム・ハバード

 パーラスの着ていた白いシャツはどす黒い血に汚れて、顔の色はもう土色に近くなっていた。

「早く。」

 迷っている余裕も無かった。

普段、決して入ることの出来ない宮殿の医療院。

パーラスの命を救うためには、そこに行くしかなかった。

「大丈夫。」

 根拠のないパリアの言葉にすがるように、ほんのわずかな望みを託して、

パーラスをのせた荷台は動き始めた。


いくつかの路地を抜け、大通りを行く人を押し分け、

荷台はパーラスの生命を助けるため、宮殿へと通じる石橋を渡って行く。

「止まれ!」

 石橋の向こう側で、鎧を着た門番が手に持った槍をパリアたちに向けた。

「ここから先はラーミア宮殿だ。

早々に立ち去れ。」

 鋭く鈍く光った矛先が一同に向けられた。

「お願いです、開けてください。死にそうなんです。」

 前に出て懇願するフラロアに、門番たちはただ無言で槍を突き出すばかりだった。

「何をする!早く開けろ!」

 鋭い声が響き渡った。

門番たちは一斉に声を上げたソロに切っ先を向けた。

それでも、その鋭い切っ先に怖じけることもなく、ソロは一歩、歩を進めた。

槍の切っ先が頬をかすめる。

鮮血が涙のようにソロの頬をつたった。

「今度は痛いだけじゃすまない…」

 つきの薄明かりがソロの顔を照らし出して、門番は言葉をつまらせた。

ようやく門番はその不審者が誰であるのかに気がついた。

「早く、開けろ!!」

 ソロの号令は魔法のように固く閉ざされていた宮殿の門を開けた。

「パリア君…」

 その様子を後ろでただ眺めていたフラロアにパリアはいった。

「僕の本当の名前は、ソロ・レイム・ハバードなんだ。」


「この人を医療院へ、僕の恩人なんだ。」

 ソロの一言に、さっきまで一同の行く手を阻んでいた衛兵たちが、慌ただしく傷ついたパーラスを医療院へ運んでいった。

そして、パーラスをここまで運んで来たフラロアと数人の男たちもそれに続いて宮殿の中の医療院へと消えていった。

その中で、ソロだけは宮殿の中に足を入れることもなく、ただそこで立ち尽くしていた。

「一体何の騒ぎだ。」

 その声にソロはわずかに身を小さくした。

宮殿から出てきたオーボウはエントランスのステップの前で立ち尽くしているソロの姿を一瞥していった。

「お前はだれだ。」

 ステップの上から投げつけられる冷たい視線に、ソロは獅子に睨まれた兎の様に逃げ出すこともできないでいた。

「貴族であることから逃げ出してパリアと名乗って無責任に遊びまわって、

どうしようもなくなると、また貴族になるのか?

随分と都合のイイ話だな。」

 オーボウの言葉の一言一言が胸に突き刺さる。

「でも、パーラスが死にそうになったんだ。

だから、ここに来るしかなかったんだ。」

「いい加減にしろ!!

この宮殿の医療院は、命をかけてハバード家を守ろうとする者たちの為のものだ。

パリアという者のものでも、ましてどこの誰とも分からん者を入れるわけにはいかん。」

「でも!」

「くどい。まだ分からないのか。」

 オーボウの最後の言葉は怒りより悲しみから出たようだった。

「だれでもいい、はやく摘まみ出せ。」

 オーボウの命令に衛兵たちが宮殿の奥へと走っていった。

ソロは言うべき言葉も失って、その光景をまるで夢の中にいるような気持ちでただ眺め見るしかなかった。

「お待ちください。」

 衛兵が宮殿に入ってすぐ、衛兵が連れてきたのはパーラスではなく、執事長のタクトスだった。

「オーボウ様、お待ちください。

今、付き添いのものから事情を聞きました。」

 張り詰めたソロとオーボウとの間の空気にタクトスの明瞭とした声が一層際だって聞こえる。

「あの男はソロ様を襲った者に襲われたそうです。」

「それがどうした?

あの男がハバード家と関係ないことには変わりなかろう。」

 興奮の収まらない口調で言い返すオーボウを気にする事もなく、タクトスは続けた。

「その前日、あの男はソロ様に一泊の恩があったと聞きます。

その事を恩に感じてソロ様の仇に傷つけられたとしますと、

あの男はソロ様の衛兵、私の部下ということになりませんかな?」

 タクトスは『私の部下』という部分に力をこめて言うと、後は無言でオーボウの返事を待った。

「随分とこじつけたものだな。」

 オーボウはしばらく考えて、唇の端を吊り上げていった。

「勝手にしろ。」

 オーボウはソロから目を離さないままそう吐き捨てると、踵を返して宮殿の中に消えていった。

「タクトスありがとう。」

 魔法が解けたようにステップを駆け上がると、ソロは深々とタクトスに頭を下げた。

「ソロ様、オーボウ様は期待しておいでなのですよ。」

 タクトスは優しく肩を叩くと、オーボウを追って宮殿の中に消えていった。


「貴族って随分窮屈なものなんだねぇ。

目の前に傷ついた人がいるんだ、パパッと助けるのが当たり前だろ。

そんな事もできないなんて。」

 あれから数時間、数人の気創師の力でパーラスの傷は随分と小さくなっていた。

小さく寝息を立てるパーラスの様子を見ながら言ったフラロアは言った。

「でも、タクトスには感謝しなきゃ、本当に追い返されてもおかしくなかった。」

「気に入らないね、何がいけないのさ。」

 ソロがつぶやいた言葉にフラロアは声を荒げた。

「それは、僕が逃げ出したから。

貴族であることから逃げ出したから。」

 ソロの肩が小さく震えた。

「でも、パーラスを助けるためにはここには来るしかなかった。

貴族が嫌だと逃げ出したのに、その力を使うしかなかった。

父様は言ってた『都合がいいな』って」

 ソロの言葉は答えになっていなかった。

けれども、フラロアにはソロの苦しみが分かった。

「胸を張りなよ、誰がなんと言おうと、あんたは人の命を救ったんだ。」

 フラロアの手は優しくソロの頭をなでていた。




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