暁の騎士の苦悩
「ニコ様、どうしたの?」
「え?ああいや、何でもないよ」
ゆったりと余裕を感じさせる笑みを作る事を己に課し、内心の動揺を封じ込める。…いや、動揺ではないか。クリスが私に対して、少なくとも恋心を持ってくれてはいないという事を、私はちゃんとわかっていた。…タイプじゃない、とまで言い切られたのはヘコむしかないが。
そんな事よりも、問題なのは、クリスが淡い恋に揺れる乙女の様な瞳でウズカミを見ている事である。
あのクリスが、だ。
私とユーフォラスを幼き日の初対面から今に至るまで袖にし続けているクリスが、何処の馬の骨とも知れない野郎(…性別はないらしいが)に恋しているかもしれないのである。気の所為だとは、思いたいのだが。
「(…クリスが私たちの前であんな顔をしていた事があっただろうか)」
多分、私たちでは、クリスにそんな顔をさせられないのだ。
取り巻きの黄色い声援を聞き流し、私は規定の位置へ立つ。手順通りに魔力を練り上げ、訓練用の特別な木剣に纏わせると、何度か素振りをして調子を確かめ、片手を上げた。
「始めてください」
この空間の奥に設置された訓練用の魔導機械が起動し、三体の使い魔が出現した。幾つかの規定のパターンからランダムに選ばれた軌道でこちらに向かってくるそれを、対応した属性に変化させた魔法剣で斬り捨てる。
雑念を捨て目の前の事だけに集中する。己が敵を斬りはらう一振りの剣となるのだ。でなければ私は、"ニコラシカ=サンスコット"として、周囲の者たちがイメージする姿を演じ続けられなくなる。
ふっと、外側に目が向く。ウズカミと、目があった気がした。
考えてみれば、私は幼少期から今に至るまで、ライバル視した相手にまともに相手にされた事がないのだ。兄も、年上の幼馴染も、クラスメートも、そして、今はウズカミにも。唯一の例外はユーフォラスだが、アイツは恐らく、あちらも同じように私と比べられているからだろう。
ウズカミの私を見る目は、ただ偶然、そこにいたから何となく見ただけ、という感じで、敵意どころか、興味すらもないようだった。路傍の石ころに目を留めただけ、というような、そんな目。
だから私は、アイツが苦手なのかもしれない。
「…あ、ニコラシカ、目を覚ましたのか」
「、クリス!?」
思わず起き上がろうとした私を、クリスの細い腕がやんわりと押し戻す。
「急に動くんじゃない。君はそりゃあもう見事に、後頭部に使い魔の突進を喰らったそうじゃないか。脳が揺れたんだから無茶をするな」
全く以って記憶にない。が、多分、一瞬集中が途切れた為にドジを踏んだのだろう。訓練でも上級になると一撃一撃が思い。これが実戦ではなかった事に感謝していいくらいだろう。
「…そういえば、何故クリスが此処に?まさか、クリスも見ていて私を心配してくれたのか?」
「まさか。マ…クラスメートが君が盛大に倒れたと言ってたから一応様子を見に来ただけだよ」
ですよね。ああ、ちゃんとわかっていたとも。…うん。
しかし、こうして来てくれたという事は、少なくともその程度には気にかけてくれているという事のはずだ。…そのはずだ。嫌われているわけではないという事の…はずだ。
「…クリス」
「何だ、ニコラシカ」
「私はあなたが好きだ。だから、あなたが会いに来てくれて嬉しい」
「…そういうの、やめてくれ。私はそういうつもりはない」
そっと目を伏せようとしたクリスの顔をこちらに向けさせる。
「私は、真剣にそう思って言っている。…私の事が嫌いではないのなら、私の想いまで否定しないでくれ」
確かに、最初は家のしがらみや何やかんやからの愛の言葉だったが、今では、私は本当にクリスが好きなのだ。…それを信じてもらうのは難しいのかもしれないが。
「…ニコラシカの事は、別に、嫌いという事はない。"好き"でもないが」
「…あなたに嫌われていないのなら、今はそれでいい。…正直、あなたに嫌いだと言われたら立ち直れない所だった」
本当に、再起不能になりかねないと思う。想像しただけで泣いてしまいそうだ。
「そんな大袈裟な…」
「大袈裟じゃない。…今のあなたには、わからないかもしれないが」
それとも、もしも、クリスのウズカミへの気持ちが恋だったならば、わかってしまうのだろうか。この、恋慕に軋む胸の痛みが。この気持ちが伝わらない苦しみが。
・何十年から下手すると何百年の付き合いとかでもいいっちゃいいんだが…うん。
・意外と好きかもしれない、こいつ。贔屓しないけど
・寧ろお前が恋する乙女じゃねぇか




