第三王子の葛藤
私の一族は、恋をすると変わる。
女性向けの恋愛物語で偶に見る、恋をして美しくなる、とか、そういう話ではない。もっと即物的な話だ。性別を持たずに生まれた私たちは、男性に恋をすれば女性に、女性に恋をすれば男性にと性別が変化する。一応、思春期頃に体が出来てくる前に変化する事はないらしいが、大体は成人前後には完全なオトナになる。
私はまだ、どちらの性別にもなっていない。
「どうした?クリス。ぼーっとして」
「え、あ、いや…何でもない」
「?…まあ、何でもないならいいけど」
怪訝な顔をするマヒロを誤魔化すように、私は笑ってみせる。話せるわけないじゃないか。もしも、性別のないマヒロに恋をしてしまったら、どうなるか考えていた、だなんて。…マヒロには、私の一族の事は教えていないのだし。
「でも、僕で相談にのれる事があったら、ちゃんと言ってくれよ。友達なんだしさ」
「ああ、勿論。マヒロも、悩みがあったら私に相談していいからな」
「うん、悩みが出来たらクリスに相談するよ」
その笑みに心臓が跳ねたのは、気の所為だという事にしておきたい。
私に兄たちの様な華やかさがあったら、と最近思う。そうしたら、もっと自分に自信を持って、堂々と行動できていただろうか?
「…マヒロも、ああいうのが好きだったりするのか?」
「いや、別に僕はサンスコット君みたいなのが好きだから見ていたとかでは断じてないから」
じっと、ニコラシカを見ていたマヒロに問いかけると、目を丸くしたあと、必死に否定された。
そうだろうか。彼はとても人気がある。学院の王子様だなんて呼ばれているし、いつも取り巻きに囲まれている。外見も能力も家柄も優れている超有望株だ。そういう意味では、彼のライバルたるユーフォラスもそうなんだが、ユーフォラスは他者を寄せ付けないタイプだからなあ。
「僕はただ、いつ見ても彼は人に囲まれてるなー、と思ってただけで」
「じゃあ、ユーフォラスみたいなタイプか?」
「ユーフォ…?…ああ、エヴァーレイン君か。いや、それもないから。というか、僕、そういう華やかなタイプって苦手なんだよね」
マヒロがそう言った途端、自分は華やかなタイプでなくて良かった、なんて思ってしまった私は、なんて現金なんだろう。さっきまで、華やかだったら、なんて思ってたくせに。
「…っていうか、クリス、エヴァーレイン君と仲良いのか?僕、アイツが名前で呼ばれてるのあんまり聞いた覚えないんだけど」
「え、あー…仲良い、って程じゃないんだが、まあ、幼馴染、的な?」
言えない。幼い頃、ニコラシカとユーフォラスに揃って野心からプロポーズされたとか、今でも会うと偶に誘惑されるとか、その辺の事情は絶対マヒロには話せない。
「へー、何か、苦労してそうだな」
「あはは…」
自分の目が泳いでいるのがわかる。すぐにその結論が出る辺り、マヒロはどの程度把握しているのだろう、と思ったりする。ユーフォラスは近づき難いと思われてはいるが、評判自体は然程悪くない。取っ付き難いだけに、お近付きになれたら益も高いのでは、思われている節がある。私に言わせれば、アレはむっつりドSなのだが。
「…じゃあ、どんなのがマヒロのタイプなんだ?」
「え?うーん…考えた事なかったな。…そうだなあ、一緒にいて落ち着く人、とか?…でも多分、好きになった奴がタイプなんだよ、多分」
私は、当てはまるのか、なんて聞かないように、私は口を閉じた。少なくとも、全く当てはまらないなんて事はないと思うんだが…多分。
「そういうクリスはどうなんだ?サンスコット君とかエヴァーレイン君みたいなのがタイプなのか?」
「え、いや、私は別に、二人はそんな、タイプとかじゃないよ。…うん」
どちらかが好きであれば、この身は女になっているはずなのだから。今も私に性別はない。つまり、私に好きな人などいない。いない…はずだ。
「じゃあ、どんな奴?」
「…やさしい人、かな」
個人名など、出すものか。詳しくも言ってたまるものか。今さっき気付いたが、ニコラシカが思いっきり聞き耳を立てている。だとすれば、地獄耳なユーフォラスだって何処かで聞いている可能性がある。二人に聞かれたら困る。色々な意味で困る。
あの二人は、時々突飛な行動に出る。しかもそう言う時に限って仲悪い癖に結託したりする。最悪だ。
・無性別同士だから…まあ、恋しなくてもセックスすりゃあ分化するんですがね
・そう言ってお互い相談しないタイプですがね
・兄はアレキサンダー(アレキサンドラ、アレク)とベネディクト(ベネデッタ、ビビ)




