出逢い編
厳しい冬の寒さも終わりかけ、本格的に春が始まろうとしていた。
中学校3年だった遥は、無事に高校を入学し、それから学校生活にも慣れてきていた頃である。
「あぁ…。部活…楽しいけど…いまいち今日はやる気がなぁ…。」
今日は土曜日。学校は休みで、部活が午後からあった。
「午後ってなぁ…やる気が出ないんだよなぁ…」
などと、呟きながらも、学校に到着する。
ま、仕方ない…頑張るかぁ!!
「じゃ、個人でリフティングの練習して。」
先輩から指示が出る。
「「「はい!!」」」
そう、私達は女子サッカー部。かっこいい!!とか思う人もいるかもしれないがはっきり言わせてもらおう。
何と、この女子サッカー部、3年生4名、2年生1名、1年生、4名…その中でも、2年生と1年生の1人がマネージャーなのだ。つまり、サッカー部のクセにプレイヤーは7人。
人数が少ないのだ。
「はぁ…楽しいけど…いまいち体が動かないなぁ…。」
休憩時間。同じ1年生の人と話すことが入部した当初よりも多くなった。
「仕方ないよ。うちらこの間まで受験生だったんだし。でも、麗美は余裕で受かったって思ったけどね」
ちょこっと自慢気に話す麗美。彼女は女子の平均身長よりも高いと思われる。
「すごーい。私なんて、推薦入試だったけど、終わった瞬間、落ちたと思ったよ。」
と、言ったのは麗美とは逆に背が低めで、眼鏡をかけている栞。
「でも、麗美より、爽の方が頭良いよ。ホントにスゴいんだから。」
「えぇ!?そんなことないよ…。私なんて全然頭悪いよ!!」
あわてふためく爽。彼女が1年生の中のマネージャーだ。
「1年生、練習始めるよー。」
「「「「はい!!」」」」
ドリブルの練習をしているときだった。
不意に先輩が口を開く。
「あっ!!工藤さん!!こんにちは。」
先輩方が、若い男の人に挨拶する。
誰?と、1年生が思ったのは口に出すまでもなかった。
「そっか。1年生は初めましてね。彼は…」
「工藤篤です。えーっと、24歳です。昨年からこの高校の女子サッカー部のコーチをやらせてもらってます。よろしく。」
24歳か…。道理で若いと思った。にしても…ちょっと…小柄な人だな。
身長は麗美とあまり、変わらなさそうだ。
「「「「よろしくお願いします。」」」」
口を揃える1年生。
「じゃ、練習しましょうか。」
部活を終え、帰宅。といっても、アパートだが…。
休日の練習は放課後練習よりも弱冠、時間が多めにとってある。
疲れているのは、もちろんのことである。
「来週なんか、合宿あるよなぁ…。楽しみだけど…疲れそうだな…。それにしても…工藤さんだっけ?明るくて、面白い人だったな…。でも何か、初めましてじゃないような気が…。」
その謎は次の日一瞬にして解けた。
お父さんとお母さんとで、買い物から帰ってきた時だった。
「おう。お前の家ここなんだな。」
「くくくく…工藤さん!!…こんにちは。なぜ、ここに?」
「俺も、ここだし。」
え…。嘘でしょ…。何で、工藤さんと部屋が隣なワケ!?
「最近、引っ越して来たんだよ。俺は。」
でしょうね。私は、物心ついた時からここだったよぉぉ!!昔から隣に居たのだったら気付かないわけがない。予想外の出来事にビックリした私は、色々とテンションがおかしくなった。
あくまでも冷静に…冷静モードスイッチオーン。ポチッ。
「そうなんですか。知りませんでした。」
どうよ。言葉だけは清楚可憐系でしょ。
「お前…足は何㎝だ?」
「は?」
冷静モード終了。何で、突然足のサイズ聞いてくるのかな?
「何㎝?」
「24.5ですが…」
「でっか!!お前、足でっかいなぁ…。スパイク、まだ、買ってないだろう?サイズがあったらあげようと思ったけど、24.5じゃ、俺が履いてるからダメだ。」
そして、彼は笑った。
私も、にこやかに会釈。だが…。
心のなかで、工藤さんの足が小さいだけじゃないかと思いながら、その笑顔は反則だと思った。
工藤さんはまだ私に用があるらしく、また話しかけてきた。
「今度の合宿なんだけどさ、今回のシステムがどうなってるか分かんないけど、お前が良かったら集合場所まで乗せてくよ。ま、どうせ、監督と顧問と俺の3人で車出すんだろうけど。」
この人も合宿に来るんだ…。
「では…お言葉に甘えて。お願いします。」
「おう。じゃ、またな。」
「はい。また。」
合宿当日。あいにくの雨…つうか…どしゃ降り。ま、何はともあれ2泊3日の合宿が始まります。
傘をさして、アパートの駐車場へ向かう。
車に自分の荷物を積んでいる工藤さんに、挨拶する。
車は…ワゴン車のようだ。
「おはようございます。お願いします。」
「あぁ。おはよう。荷物、ちょーだい。」
「あっ…お願いします。」
工藤さんに私の荷物を渡す。工藤さんはそれを車に積んだ。
「お好きなところに乗って。」
どうやら、6人乗りのようだ。
「はい。あっ…お願いします。」
そういって私は、運転席の後ろに座った。
工藤さんも運転席に乗り、エンジンをかけ、出発する。
みんなが集まってる集合場所までに結構時間があって、工藤さんが色々話し掛けてくれたけど、人見知りの激しい私は、「はぁ。」としか言えなくて、とても気まずくなった。
みんなが集まってる集合場所にようやく着き、空気が重かったものの、工藤さんの車には先輩方が、乗ってにぎやかになった。
目的地を目指し、車はまた動く。
これで、私も、気楽でいられるな…。
「ねぇ、工藤さん、最近、彼女さんとどんな感じなの?」
とある先輩が聞いた。
「えっ。あぁ…お前らに気にされるほど俺らは仲悪くねぇよ(笑)」
うっわぁ…。すげぇ、ラブラブだな…。
そう思ったのは、どーやら私だけじゃなかったみたいだ。
「キャー!!工藤さん、めちゃめちゃラブラブですねぇ。」
先輩方が、キャイキャイ騒ぐ。
でも…と口にしたのはまた、別の先輩。
「遠距離恋愛ですよね?つらくないんですか?」
「だ~か~らぁぁぁ!!お前らに気にされるほど仲悪くねぇ!!」
先輩方は電話でもしてるのかと、聞いた。
すると、工藤さんは、
「うっ……。毎週末電話してるよ!!悪いか!?」
ヒュ~♪口笛を吹く先輩方。
顔を真っ赤にして答える工藤さん。
何か、可愛い。
つうか、彼女いるんだな…。まあ、逆に彼女が居なかったらそれは、可笑しいよな。
だって、スゴい好い人だし。
あまりにもバカップルの度合いが先輩方の想像を越え、工藤さんの彼女については誰も触れなくなった。
どしゃ降りでも、サッカーという競技はあるもので…。
1日目は物凄かった。
ルールもよくわからない1年生に先輩方は怒鳴るわ、雨はスゴいわ、寒いわ。
その日の夜は1年生同士で先輩方が居ないところで、愚痴りに愚痴った。
2日目はどしゃ降りではなくなったものの、雨が降っていた。
3日目はさっぱりしていて、試合も、どんな感じで進めていくかが、ちょっと掴めたような気がしないでもない…。
3日目の夕方、みんなを解散場所まで送り届けた後、私は、工藤さんと帰る場所が一緒なので、車の中でまた2人っきりになったけど、沈黙は相変わらずだった。
でも、重々しい感じはなく、静かが心地好かった。
アパートについて、車から荷物を降ろし、互いの家のドアに手をかけて、
「お疲れ様でした。」
「おう。お疲れ様。」
と言って、ドアを開け、無事に帰宅した。
これが、私と工藤さんの出逢いだった。
この時は思いもしなかった。あんなふうになるなんて。