ちょこけーき。
密閉された教室の中は、無秩序な会話と笑い声があふれていた。
栄養を摂取し終わった者たちは、サッカーという無謀な計画を周囲に勧誘しながら走っていく。
オレは漆黒の物体を睨み付けていた。
このまま貴重な午後の休息を味わうことなく、過ぎてしまうのかと覚悟した瞬間だった。
「じゃーん! のんちゃん、とくせいチョコケーキなのですぅ」
オレの前で、クルリと回転しポーズを決める信子。柔らかな香りと共に、頭上二つにまとめた髪が一息置いて肩に落ちついた。
不意にクラスの視線を独り占めにしたオレは、今日十五回目となるため息をつく。
「何度も言うが、オレは甘いものが嫌いなんだ、信子」
「本名で呼ぶナァ!」
目の前にいる信子は一瞬で顔面にしわを寄せ、白目率80%でオレを睨みつける。
うら若き十代の女子があごにまでしわを寄せて怒るなんて、滅多に見られるものではない。
だが、見慣れたオレはのんびり信子の顔を眺めていた。
静寂に包まれる教室。
一息おいて信子はクルリと回転し、鼻歌を歌いだした。
そしてチョコケーキを素手で掴むと、オレの前に差し出したのだ。
「のんちゃんのちょこけーきだよ、さぁ、召しあがれっ」
「おい、ちょっと待て。ふつう切り分けるとか、フォークを使うとかあるだろう」
「そんなめんどうなことはなしです。直人くんがそっちからたべてー、私がこっちからたべるのですー。いやーん、えっちー!」
「んなことするか!」
俺は思わず言い返し、動揺してしまった事実にショックを受ける。
まだまだ未熟だな。こんなことで反応してしまうなんて。
頭を抱えて落ち込むオレを無視して、信子は恐ろしくテカリを放つ黒い物体を目の前に押しつけて、言った。
「……溶け……始めてる」
オレが視線を上げてみると、信子の目が据わってる。指先がケーキに沈みかけていた。 コレをマジで食うのかよ。
溶けかかったチョコの感触から逃げるように、信子は腰が引けていた。かすかに震えて拒否反応が出ている。数分も保つまい。
だからフォークを使えって言ったんだ!
仕方なくオレは両手でケーキを受け取った。食う前からまずいという感想は決まっているが、仕方なく恐る恐る口に含んだ。
思った以上に甘くなく、カカオのほろ苦さがほどよく溶け込み口の中に広がった。
意外にも甘いものが嫌いなオレでも食べられる味だった。
顔を上げると、信子がチョコまみれになった手を合わせて祈るように見つめていた。
その目はどこか怯えたように見えたが……気のせいだろう。
くそまずいと言うつもりが、口から出た言葉はオレの許可無しに形を変えてしまった。
「まぁ、食えるものだな」
無音。反応なし。
言い返されると思っていたが、何の反応もない信子に思わず顔を覗き込む。すると、信子の大きな目からこぼれ落ちているものに気が付いた。
「良かった。す……ごく、うれ、しい」信子はチョコまみれの手で顔を覆いしゃくりあげる。
「今度はフォークぐらいもってこいよ」そう言ってオレはもう一口ケーキを食べた。
キャラを意識して書いてみました。伝われば幸いです。