五人ノ剣 (4)
道場内へどうにか侵入した東真と紅葉は、まさしく言葉通りの修羅場へ身を置いている。
一方で、道場の外。
狭い前庭でも今、別の修羅場が展開されていた。
右側面からの一団へと走り込んだ撫子は、わざと前方にだけ注意を払っているかのように見せかけ、敵の包囲を誘導する。
すると案の定、敵は包囲を始めようと、撫子をぐるりと囲むようにその陣形を輪のように変形させてゆく。
瞬間、
密度を失った敵の体勢を読み、撫子は急速に後方へ退く。
自分の左背後を取ろうとしていた敵へ向け、斜め後ろへ飛び退きざまに抜刀し、まだ足元の定まっていないところを狙い打つ。
敵もこの動きは想定外だったようで、すぐに形ばかりの抜刀姿勢をとったが、撫子の居合が完全に先を取る。
ぐるりと回転するように放った剣により、抜刀姿勢で固まっていた敵の両腕を鞘と柄を掴んだままに打ち据え、これを骨まで砕いた。
木霊す絶叫を気にも留めず、再び鞘へ収めた剣を携え、その背後に陣取る今ひとりへ向けて再び前進する。
しかし、
敵の体勢は想像以上に早く整っていた。
一度崩した包囲がもう再生を始めている。
そんな周囲の状況に苛立ち、焦りながらも、まずは目前の敵への攻撃に集中する。
今度も確実に先手を取れる形。
一週間の練習の成果によって速度を増した抜刀のため、相手が剣を引き抜くより早く撫子の一撃が相手の右肩を切り裂かんときらめく。
が、
そこで衝撃。
目の前の男の右肩を切りつけたはずが、自分の右肩が切りつけられていた。
すでにほぼ修復されていた自分への包囲が、右肩への一撃を飛ばしてきたのに、時間差をもってようやく気付く。
幸いかな、傷はそれほど深くないように感じる。
右手の感覚は無くなっていない。
体勢もまだ狂っていない。
それならと、右肩への一撃はあえて無視した。
今のタイミングを逃し、眼前のひとりを撃ち漏らすほうがよほどに被害が大きい。
そう思い、撫子はそのまま目の前の男へ向けて剣を振るう。
ところが、
当たらない。
目測を誤ったか。
狙い澄ましたはずの相手の右二の腕に対して振るった剣が空を切った。
隙が生じる。
相手はもう居合を放つ寸前の状態まで体勢を立て直している。
その危機感からだろうか。
撫子は自分の感覚が急に鋭敏になったように感じた。
(ここだ!)
そう、自分に対する自身の声が頭に響いた。
途端、
「たぁっ!」
無理な姿勢を力でねじ伏せ、かわされた剣を切りかえす。
燕返し。
出すつもりでなかったところから出した苦し紛れの一撃だったが、それは抜刀しかけていた相手の左側頭部へ、したたかに叩き込まれた。
眼前を血煙が曇らす。
敵へ与えた一撃は思ったよりも強かったのか。
そう思ったその刹那、
視界を閉ざす血煙の正体を知る。
自分の右肩からの出血だった。
肩から二の腕。
二の腕から腕。
腕から手、指の先。
それを通り越し、自分の剣すらも真っ赤に染めるほどの大量出血。
そこに至ってようやく気付いた。
自分の右肩の傷の深さを。
傷の深さゆえ、逆に痛みすら感じていなかった。
と、
またしても体を衝撃が襲う。
倒した眼前の敵の後ろからすぐさま飛び出してきた男の右袈裟がけの一撃が、撫子の防断服をたやすく切り裂き、胸元へ斜めに傷が走る。
息もつかせず、
さらなる追撃。
背後にいつの間にか回っていた敵の剣が、左肩から背中にかけてを、これまた防断服ごと切り裂いた。
なますに切り刻まれてゆく。
度重なる攻撃による衝撃と、大量出血で意識が混濁してきた撫子を、構わず男たちが切り立ててゆく。
次は左足のすねを敵の剣が裂く。
痛みも相当だったが、それ以上に、骨まで確実に達したろう斬撃の感触が吐き気すら生じさせた。
がっくりと膝から倒れる。
目の焦点がぼやける。
それでも敵は攻撃を止めない。
とどめとばかりに、膝を屈した撫子へ向け、縮めた包囲から一気に切りかかる。
命運尽きた。
その時の撫子を見て、そう思わない人間はいなかったはずだろう。
実際、撫子はぴくりとも動かない。
覆いかぶさるように剣を振るってくる敵勢に対し、このまま撫子は自身の血溜まりに身を沈めるだろうと、その状況は語っていた。
だが、
すべてが終わったように思えたその時、
意識をほとんど失った撫子の中で、何かが爆ぜた。
転瞬。
「……ぅぉおおおああっっ!」
断末魔の叫びのような声を上げて撫子が剣を振るう。
それは、見るも恐ろしい光景だった。
自らの血で赤く染まった剣を、凄まじい速さで一太刀、二太刀、三太刀、四太刀!
二連の燕。
撫子の燕が、つがいでひるがえる。
そして、
いくつもの絶叫とともに、四人の男が揃って膝をばっくりと割られ、倒れ込む。
そして同時に、
それが撫子の限界。
そのはずだった。
にも関わらず、撫子はまだ動く。
左すねを切られた今、動くことも出来ない。
そんな状態で。
一瞬、撫子の変容と、凄まじい攻撃にひるんだ男たちだったが、すぐに気を取り直すと、撫子の頭目掛けて、剣を振り下ろした。
ところが、
撫子が動く。
すれすれでかわした剣が右眉の上辺りを切ったが、そんなことに気も向けず、自分の頭に一撃を放った男の腹目掛けて凄烈な突きを放つ。
「……何度も受けてると、不思議と身につくもんだね……」
ぽつりと撫子がつぶやく。
突きは男の防断服を貫通し、直にその腹へ風穴を開けた。
鎧通。
正確には、使用しているのが日本刀という特徴から、それほど難度が高くなかったことが幸いした。
突かれた男が腹を押さえ、うめきながら倒れ込む。
それと相反するように、
撫子は立つ。
すねを割られて動かない左足を無視し、右足一本に力を込め、己の気力を振り絞るようにして立ち上がる。
「まだ……なのよ……」
全身を貫く激痛を噛み殺し、満身創痍の体を直立させ、
「まだ……あたしらの仕事は……終わっちゃいないのよ……」
常軌を逸した殺気……いや、もはや狂気に近い視線を残りの敵勢に向けながら、撫子は地の底から湧いてくるような声でそう言い放った。




