表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/46

プロローグ (2)

春も盛りの桜並木。

央田川おうだがわに沿って延々と続く桜の樹、樹、また樹。


今は風流に、風のひとつも吹くたび桜吹雪で人の目を楽しませるが、これも一季節の話。


すぐに梅雨をはさんで夏が来る。


夏には大量の毛虫を量産し、道行く人を辟易させる。


そう、季節感などというのは、極めて刹那的なものだ。


それを楽しむのは大いに結構だが、すぐ訪れる次なる季節も考えに入れ、覚悟をしておくこともまた肝要。


武士道とは覚悟。

覚悟とは武士道。


何事が起ころうとも常に冷静に対処できるよう、常に己を律する。


ただ今の華やかさに浮かれていては、どんな不覚をとるか分かったものではない。

ないが……、


多くの学生たちが学校へと足を向ける中、同じ方向へ向かいつつも、顔だけは妙に厳しい女子生徒がひとり。

挿絵(By みてみん)

少し紅みがかった背中ほどの黒髪を無造作に白い結い紐で結わえ、小さく形の良い鼻に、およそ表情とは釣り合わない桜色の可愛らしい唇をきりりと引き締め、これまた愛玩犬のように大きく丸い、黒目がちな両の眼を、しっかと見開いて歩く。


が、

いくら気持ちで繕っても、誤魔化せない現実は多い。


風の吹くたび、舞い上がる桜の花びらは、彼女の大きな目には脅威である。


眼光鋭くといった体を成そうと気を張っているのだろうが、大きな瞳をさらに大きく見開いた状態では、花びらも(入ってください)と言われていると思うだろう。


事実、すでにここまでの道中で彼女は目に飛び込む寸前の花びらに、慌てて身をのけ反らせること七回。はたと気づくと、長いまつ毛に花びらが乗っていたこと四回。


完全に気持ちが空回りしている。


とはいえ、彼女はそのたびに忌々しそうな顔で体勢を立て直すと、小さな体をさっと伸ばし、あごを引き、胸を張って歩く。


白地に紺のセーラー服には桜の彩が良く映える。


だがそれが険しい顔をして、堅苦しい姿勢で歩く女子となると風情も半減する。


頑なに風流を拒絶する姿勢というのも、傍から見れば如何なものかとも思う。


そんなどうにも奇妙な登校風景が、がらりと印象を変える瞬間は突然にやってくる。


女子生徒は自分では微塵の隙も無いつもりであったろうが、実際の人間の感覚というのはそれほど鋭敏には働かない。


少女が自分の左肩に背負っていた刀剣用の細長い収納ケースが背後からいきなり引っ張られた時、不覚にも彼女は自分の背後に誰かが近づいていることにすら気づかなかった。


不意打ちだったという言い訳は立たない。


何故なら、彼女は自身でも十分に周囲を警戒していた自覚がある。


それだけに不覚。

慙愧に堪えない。


後ろを振り返り、ケースを引っ張った人物に対して睨みたい気持ちと、自分のうかつを恥じる気持ちから目を向けられないという複雑な心理が絡み合う。


しかし、


そうした無駄に込み入った少女の心情をまったく無視し、唐突にケースを引いた当の本人は極めて明るい口調で彼女に声をかけた。


「おっはよ、ベニアズマ!」

肩より少し上辺りの短く、脱色したと思しき琥珀色の髪をした同じ制服の少女。

ベニアズマと呼んだ少女より背丈は頭半分ほど高い。

バランス良く、はっきりとした目鼻立ちで、口元は大きく笑みを浮かべている。

挿絵(By みてみん)

「……ササキ、お前また人をイモの品種みたいに……」

一瞬前まで背後の人物を睨むことに躊躇していた少女は、相手の正体を知るや、一転してササキと呼んだ少女にすごい睨みを向けた。


「いーじゃんか、実際そんな名前なんだし」

「違う、紅だ紅。紅東真くれない あずまだと何回言ったら分かる!」

「それを言うなら、あたしの名前もササキじゃないよ。佐々(ささ)ですっての。余分なもの付け足さないでよね」

「そっちこそ分かりづらいだろ、何でいちいち佐々木で済むものを佐々で終わらせる!」

「名前と合わせたら語呂が悪いでしょ。佐々撫子ささ なでしこだからいいけど、これがササキ ナデシコじゃあ野暮ったいじゃん」

「それ以前に、撫子って名前自体がお前には不釣り合いだろうに!」

「もう、人の名前にイチャモンつけるの止めてよね。これでも親からもらった大事な名前なんだからさ」

「だったら、お前も人の名前をまともに呼べ!」

「だからちゃんと呼んでるじゃん。ベニアズマって」

「違うだろうがっ!」

「だーから(名前)はちゃんと呼んでるってば。姓は長いから省略。ね、ベニアズマ♪」

「こんの……ササキィッ!」

ベニアズマ改め、紅東真は、限りなく悪ふざけに過ぎるこの問答に顔を真っ赤にして、ササキ改め、佐々撫子へ腕を振り上げ挑みかかったが、先にその動きを察知した撫子は即座に東真の横をすり抜けると、前を行く学生の一団をかいくぐるようにして素早い逃げ足を披露した。


「ほーら、下らないことで怒ってると、学校遅刻するよー♪」

軽口を叩きつつ、軽快に桜並木を駆け抜ける。


「待てコラァッ!」

東真もまた、負けじと歩を速める。


傍目にすればなんとも学生らしく、微笑ましい光景。


結局、ふたりの追いかけっこは学校へ到着するまで延々と続くことになる。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ