第四話:一人の勇者
「気が付きましたか?」
アドニスは、カーラインの質問には答えずただ宿の天井を見ていた。そして、自分が今どういう状態かがわかると、カーラインを見た。全くの無表情が、何があったのか窺わせない。「夢を見たんだ。昔の夢を…。カミリアが王を殺し、俺はカミリアを追って精霊の島に行ったんだ。」
「初めて聞く話ですね。」
「ああ、恥ずかしくてな。俺が精霊の島に行って暫くしたら、カミリアは俺の前から姿を消した。行くまでに、100年以上かかったのに、実際に会ったのは少しの間たけだ。マヌケな話だろ。」
アドニスは、自嘲的に笑う。そしてそれを見ながらカーラインは、少しだけ笑った。
「肉体を持った精霊は、長く生きられないからな。時の止まるあの島を出たら、1年と言ったところか…。俺が、殺したようなもんだ。」
「貴公はその分生きてください。」
「これ以上長く生きろと言うのか?それこそ退屈で死ぬな。」
暗く俯きながらアドニスは言う。長い時は、アドニスにとって牢獄と大差ない。しかも、カーラインまで巻き込んで何をやっているのかすらわからない。本当なら、カーラインはもうとっくに死んでいても可笑しくない歳だ。
「アドニ…」「カーライン!暫く後ろを向いていてくれ。」
カーラインは、言われた通にした。相手は勇者だ。何も言わずとも、どうなったか知っているだろう。
「カミリアそっくりだったな…。助けたかった…。」
悲痛な声は、部屋に響き後は沈黙だけだった。握りしめた手から血がじんわりと滲んだ。僅かな間しか見ていないのにもかかわらず、今でも顔がはっきりと浮かぶ。
「俺は…助けられなかったんだ…。」
勇者の姿を、そしてその涙の行く末を見ていたのは、精霊達だけだった。
=end=