第二話:二人の勇者
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「カーライン…、カーライン!聞いたか?新しい勇者が出たぞ!」
質素でボロボロの服を着た少年が、小声で叫んだ。王宮を歩いていた若い将軍は、それに気が付き姿を認めると渋い顔をする。そして、鳶色の髪をふわりと動かし少年に近付くと、方足を着き少年に目線を合わせた。この将軍が、少年に比べるとあまりに背が高い為である。
「代替わりの勇者の事ですか?まだ、貴公様がご存命であられるのに…。」
「そうじゃ無いんだカーライン。勇者の特徴を聞いたか?」
少年は、興奮した調子で話続ける。しかし一方のカーラインは、相手が何を伝えたいのかいまいち解らず、一先ず少年を見つめうなずいた。
「特徴なら、一様に聞きました。しかし、何時ものガセネタでしょう。先代の勇者である貴公様がいるにもかかわらず、新たな勇者が生まれるとは思えません。」
「ああ。俺も最初はそう思ったんだがな、どうやら今回のは本物だ。勇者は、黒い髪に赤い目をしてるというんだ。」
喜々としている少年を見ながら、カーラインは首を傾げる。何を伝えたいのか未だに理解できない。
「なんだ、知らないのか?精霊と人の子は、赤い目で産まれると言われている。つまり、その少年が勇者である事は間違いないと言う事だ♪」
「そんな事を伝える為に、私の所へ?」
「バーカ!俺がそんな親切な奴かよ。」
少年が笑う。『お前が一番良く知ってるだろう?』と、声が聞こえてきそうな気がした。カーラインは、しかたないといった表情で溜息を付くと、頼みは何かと聞いた。
「お前は、話が早くて好きだ。まぁ、頼みってのはな…、勇者を捕らえたら王のとこにやるより先に、俺のとこに連れて来て欲しい。」
「?それは構いませんが、何故です?」
例え勇者と呼ばれても、この人が何の関係も無い人を助けるなんてするはずは無い。以前、何故国を助けたのかと聞いたら、王が不細工だからと答えたような人だ。勇者と言えどただの人。だからこそ、カーラインは彼に就く。
「俺が勇者やら英雄やらライオンやら呼ばれるようになって、もう200年は経つが、未だに精霊の島に渡った者は俺以外いないし、その島から自分で出た精霊もいない。」
「精霊の世界から、こちらに来てしまった島の事ですね?こちらに来てしまったと同時に、精霊達は体を持ってしまったって言う。」
この話は、カーラインも何度か聞いたことがあった。今、目の前にいる少年だけが渡ったことのある島。体という檻に閉じ込められた精霊が、その中で暮らしていると言う。普段喚び出さなければ会えない精霊達がいる島には、カーラインも一度は行ってみたく思う。
「つまり、そういう事♪その勇者が赤い目ならば、確実にカミリアの子だ。それ以外、考えられない。」
「それでは…。」
少年は、不敵な笑みを浮かべた。あまりの術の強さで、遂に不老不死になったその体がぐにゃりと揺れ、立ったときのカーライン程の大きさになる。不敵な笑みと、質素な服はそのままで、ぼさぼさの黒髪だが整った顔の青年が現れた。
「髪色は、俺似だな。」
「…―はぁ、身なりを綺麗にしたほうがよろしいと思われますね。アドニス様。」
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息をするのも煩わしく、体のあちこちが熱い。ただ、時折耳に入る外の音が暗いまどろみの中、自分をこちら側に繋いでいた。
扉の開く音。
それが聞こえ、反射的に瞼をゆっくり開ける。光りが目にしみて、じんわりと涙が眼を潤した。
(なんだ…死んでないのか)
重い手を翳して、光を遮った。よく見ると、きっちりと手当がされている。
「やっと起きたか。随分と寝ていたぞ、ざっと3日間ぐらいだな。」
声が聞こえてきた方へ視線を向けた。美しく装飾された剣、立派な鎧、そこに刻まれた紋章は…国王軍。涙で歪んだ視界でも、それだけは間違いようが無い。
「何の為に…助けた!…俺は、…あんたの顔を知ってる…」
「ほう?」
「王…直属の三将軍…そのトップ。確か…名は…。」
相手は、ただこちらを見ている。とても穏やかな目付き。嫌な感じはしないが、不思議と急かされるような気分になった。
「そうだ…ルース。」
やっと思い出し、名を言った。その様子を見ていた将軍は、嬉しそうに笑う。
「そこまで思い出せるならば、大事は無さそうだな。ラズリ。お前を助けたのは、単なる気まぐれだ。気にするな。」
「それを信じると…思うか?俺を…助ければ、…お前に罪がかかる。一体…何を考えてる!」
ラズリは、無理に起き上がりながら、掠れた声でそう怒鳴るように言った。王の味方をする奴なんか、信じるに値しない。たった一人の勇者の為に平気で村を焼き、女子供容赦無く殺していく、それが国王軍だ。
「私は、嫌気がさしたのだ。もう、こんな国はいらない。お前に、国を滅ぼしてもらおうと思った。ただ…、それだけだ…。ほら、わかったらまだ寝ていろ!熱があるんだぞ!」
ルースは、ラズリの頭に手を置き、枕に押し付けながら言った。
半ば怒鳴り付けているが、たぶんラズリを気遣っての事だろう。
「俺は、勇者じゃ無い…。」
「わかってるさ。」
ルースは、扉に手をかけた。
「そんなモノ、後の人間が勝手に決めるモノだ。私は、赤目で黒髪のラズリという少年を捜してくる。王の命令だ。大人しくそこで寝てろよ。あと…お前は弟に似てるんだ。―もう死んだがな。」
(俺は…勇者になんかなりたくない。)
扉の閉まる音を最後に、部屋に静寂が満たされた。ラズリは、ただ虚空に向かって手を伸ばす。何かが、そっとその手に触れた。
(ありがとな。川に落ちたとき、助けてくれたの、あんただよな。)
そう、小さく呟いた。宙に浮いていた精霊は、驚いた顔をしたが、すぐに笑う。そして元気良く頷いた。生まれたときからある不思議な力。これを不思議と思うのに随分と時間がかかった。これが有るのを、当然と思っていた。第一、自分を育ててくれていたのが精霊だったから、てっきり自分も精霊だと思っていたのだ。
(突然、半分は人間って言われてもなぁ。)
自分を見ていた精霊は、不思議そうな表情のまま宙をただよっていた。それを見ながら俺は、深いまどろみの中に引きずられて行く。真紅の瞳がゆっくりと閉じられた。
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ルースは、カツカツという音を響かせて、長い長い王宮の回廊を歩いていく。カーラインから入った報告は、『王に合わせたい人物がいる』とのことだった。可能な限り三将軍も同席する方がいいとも言っているのは、それ相当の事だろう。
(一体このような時に、どんな人物に会えというのか。)
城の中でどこか異質に思われた若い将軍にルースは、毎回のように不気味さを覚える。
剣はそれほどの腕では無いのに三将軍の地位にいるその青年。彼の得意とするのは呪術だった。同じ三将軍に属するルースやグリムでさえ圧倒するその力に、ルースを守護する精霊は、今でも近付く度に警告を上げる。
扉の前に立ち、一呼吸おいて扉をを叩いた。王の側近の声がすぐにかかり、扉を押し開ける。中にはカーラインと、会わせたいと言う人物以外の全てがいた。
「カーラインは。」
「時期に来る。」
そう、グリムは短く答えた。必要な事以外話さない軍人独特の話し方には、ルース自身でもたまに呆れる。
「遅れて申し訳ありません。」
カーラインの単調な声と共に、扉の閉まる音が聞こえた。将軍の隣には、ボロボロの服にぼさぼさの髪の青年がいた。一見、ただの村人にしか見えない。
しかし、その周りに取り巻く呪術の多さと、精霊達の気配に絶句する。
「王。お会いしていただきたかった者を、連れて参りました。」
「うむ。」
王は、ただ頷いた。将軍への信頼が伺える。しかし、王の側近は不審そうな顔を抑えるのに必死になっていた。
(みすぼらしいこの男が、何故王にお目通りになれる!)
「おい!青二才!人を見掛けで判断するな。俺は、素晴らしい恰好というのを好かん。」
突然、口を開いていない側近を指差し、男が言った。そして、仕方ないという顔をすると、指をパチンと鳴らす。
宙に大蛇が現れた。それは、男自身に巻き付き、シュウシュウという音を立てて立派に装飾を施された鎧になっていった。そしていつの間にか髪は綺麗になり、土で黒くなっていた肌も白くなっていく。隠れていた端麗な顔立ちが現れた。ツヤのある黒い髪に、黒曜石のような瞳の青年は、そのままの不愉快そうに形の良い口を歪めると、腕を組んだ。
「アドニス様。控えて下さい。」
唖然とする王や、側近達をよそに平然とした顔でカーラインが言う。しかし、アドニスはその美しい顔を外に向けた。
彼の中に流れてくる相手の心は、何時も気分を害するような代物ばかりだ。200年前もそう。彼の中に勝手に流れてくる言葉は、何時も決まっていた。国に対する不満、王に対する不満。そして、死に対する恐れと悲しすぎる安堵感。
『王属も貴族も皆滅びればいい!!』
呪いの言葉も伝わる心も、最後にはこればかりになる。
積み重なる暗い心。紡がれぬ呪いの言葉。それはアドニスを、王を討つ為だけの人形に仕立て上げた。余分な血を流さず王を討つだけの力、彼にはそれがあった。今でも覚えている。自分を守護する精霊が、涙と声を枯らし、それでも懇願する姿を。
いや。
今だから覚えているのかもしれない。この王宮は、昔と全く姿を変えずに目の前に広がる。
王と、それを前にして立ち尽くすアドニス。切れ切れの精霊の叫び声を聞きながら、彼は剣を振り上げた。
頭の片隅に残る事すら腹立たしい記憶。
「いかが致しますか?王に話があったのでは。」
アドニスの苦渋に満ちた表情に気が付いたのか、カーラインが淡々と言った。一瞬目が合い、それを肯定とみなし頷く。カーラインは、王に向かった。
「王。この方は、200年程前に先々代の王を討った勇者です。」
王の驚愕した顔。それを見ずともルースは、血の気が引くのを感じた。この所の王の小心ぶりには、目を見張る所がある。それを知るカーラインが何故このような事をするのか、彼女にはわからなかった。
(何て馬鹿な事を!)
「ルッ…ルース!!グリム!!勇者が!殺せ!!殺せ殺せ殺せ殺せ殺せぇ!二人を今すぐ!早く!!!」
王が、引き攣った顔で絶叫した。しかし、隣にいたグリムが素早く剣に手をかけると同時に、ルースはそれを制した。例え、二人掛かりだろうと、勇者は倒せまい。
「お待ち下さい。勇者は王に話が有って来たのです。心をお静め下さい。」
「カーライン!キサマよくぬけぬけと!」
「王!この者達に殺意はありません。話をお聞き下さい。」
ルースの言葉に、王は縋るようにグリムを見た。しかし、同じ考えのグリムは何も答えない。
「おい!王よ!もういいか?そこの奴らが言うように、俺はあんたに話があって来たんだ。今更、その椅子を狙おうなんて思っていない。」
王が、その深くシワが刻まれた顔を上げた。生きているのか疑いたくなるほどの青白い手の指が、アドニスを指して固まる。
「では何が目的だ!」
「新たな勇者。それの居所が知りたい。勇者狩りに協力する。だから、それと引き換えに情報をくれ。」
未だ残る恐怖と安堵感で、王は不気味に笑った。見開かれた目に、静かな暗い光が燈る。
「いいだろう。ただしそれは、お前が俺に忠誠を誓えばの話だ。」
「――――」
王を見下すように見つめていたアドニスは、「……わかった。」と、それだけ答えた。自分が侵した罪、それは遥かに大きく重い。もし贖えるのならば、それくらい構わない。アドニスは王の前に跪づき、深く頭を下げ、忠誠を誓った。ただ、逢いたい。もう、二度と会うことの出来ない彼女の、その子供に。
「カミリア…」
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