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Gunner Game  作者: 涼風 蒼
4/4

The second game

 昨夜の二時過ぎに帰宅してから今日の準備と文部科学省に送らなくてはならない日誌を書き、一日の仕事を終えたのはすでに三時を回っていた。それから七時に起き、身支度をすませて学校へと車を飛ばし、寝不足顔で一日の仕事が始まる。

 これが、人生最悪のゲームが始まってからの俺の日常だ。こんな生活をしながら、良く自分の体がもっているものだと感心してしまう反面、呆れてしまう。それでも、俺がゲームを続けている限り、今のところ生徒に危害を加えていないことがせめてもの救いだ。東藤が何を考えてこんなゲームだとか、暗殺者だとか言っているのかは分からない。だけど、一つだけ分かることがある。

 その気になれば、俺やその標的となっている生徒をすぐさま殺せる、ということ。

 何度も撃ち合ったんだ。それぐらいのことは肌で感じ取ることが出来た。

 俺は本当に遊ばれているんだ。強者が弱者をいたぶるように、俺はまだ生かされている。

 そう思うと、冷や汗が流れた。

「おはようございます、森本先生。顔色悪いですが、大丈夫ですか?」

「……」

 世の中はもの凄く理不尽だ。

 なぜ昨日まで打ち合っていたこの男は平然とした顔で俺の前に出てこれるんだ。

 なぜこうも元気はつらつとした顔色なんだ。

「テメ、東藤……」

「機嫌悪いですね。まぁ、教職の仕事甘くないって思ってましたけど、さすがに疲れますね、森本先生?」

 ニッコリと爽やかな顔を向けられ、その眩しさに殺意を覚えた。しかし、今は学校。しかも周囲には大勢の教師たちがいる。こんなヌケヌケと打ち合っていられる相手と接していられるんだ。ここで大声を出してこいつの正体を言ったところで、俺が白い目を向けられるに決まっている。

 せめて決定的な物さえあれば警察に訴えられるというのに、こいつの尻尾を掴んだのは俺だけ。あいつの拳銃には俺の指紋までついている。下手に動けば俺の方が捕まり、ゲームは終了。こいつは生徒を殺し、姿をくらますだろう。

「くそっ……ムカつく野郎だぜ……」

「教員にしては口が悪いですよ。それとも、今すぐに終わらせてやろうか?」

 ボソッと小声で言われ、俺は背筋が凍った。奴の目は獰猛な肉食動物のように、獲物を狩るハンターの目をしていた。

 忘れてはいけない。

 こいつは躊躇いもなく引き金を引き、人を殺せるんだ。

 固まってしまった俺を、東藤は声をおさえて笑い出した。

「なっ……」

「そう怖がるなって。俺もせっかく用意出来た楽しみをそう簡単に終わらせるつもりはねーよ」

「っ……」

 目の前の男をどれほど殴ってやりたいと思っただろうか。けれど、逸る衝動を必死に抑え込む。思うがままに行動し、問題を起こすわけにはいかない。

「さて、そろそろ教室に行きましょう。HRも始まりますよ」

 自分が馬鹿にされているのは分かる。けれど、東藤の言葉に頷き、俺たちは教員室から出ていった。東藤と顔を合わせまいと校舎を見回していた俺はふと違和感に気づいた。

「そういえば……俺たちが撃った跡がない。どうして……」

 疑問に思う俺の横でクスッと笑い声が聞こえた。その人物は想像するまでもない。東藤へと目を向け、俺は疑問をぶつける。

「もしかして、お前が?」

「さぁな?」

 しかし、東藤は不敵な笑みを浮かべるだけで疑問には答えてくれなかった。立ち止まった俺を置いて先に進む東藤に、慌てて後を追うように足を早める。

「さぁなってなんだよ?」

「さてな」

「……なんなんだよ、ったく……」

「答える必要があるのか? そんな事を知っていようといまいと、ゲームに支障はない」

「あーあー、そうですね。その通りですよ、東藤……先生」

 何を言っても、東藤は答えてはくれないだろう。自分の正体をあっさりと言ったくせに、だ。

 相手にするのも疲れてきた俺は当てつけに盛大なため息をついたあと、自分が担当しているクラスの扉に手をかけた。

「おーい、ホームルーム始めっから席つけー!」

 ざわめいていた教室が徐々に静まっていく。少しやんちゃ盛りではあるが、受け持ったクラスは基本的に素直な生徒が多い。進学クラスということもあるのだろう。目立つような問題点などは見つからない。不登校の生徒も、イジメも無縁と思えるほど、クラスの雰囲気は良かった。強いて言うならば、女子にモテモテな東藤という存在がいることぐらいだろう。

「東藤先生~!」

「HRなんだから静かにしなさい」

「きゃぁ~! 今日も格好良い!!」

「こら、うるさいぞ、そこ三人!」

「タカちゃんには言ってないでしょー!」

「タ、タカちゃんって……」

 東藤と自分の扱いの違いに、さすがの俺も呆気にとられてしまった。担任は俺で、東藤は副担任だというのに。

「ちゃんと森本先生と呼びなさい」

「は~い」

 フォローを入れてくれるが、東藤の正体を知っている今、嬉しさの欠片も感じない。俺は恨めしそうに東藤を見る。しかし、そこにはどこか楽しそうな、涼しい笑顔を向けられた。

「HRを続けるぞー」

 フイッと顔を背け、俺は中断されたホームルームを再開させた。

 時計の針で時刻を確認し、チャイムが鳴る数分前にホームルームを終わらせた。

 一限目は英語で、担当は東藤。本人曰く教師とは仮の姿らしいが、生徒からの評価は高い。ルックスの高さ云々より、単純に授業が面白くて分かりやすいのだ。その結果は定期テストで出ている。平均点を下回っていた大半の生徒がその点数を上げている。

 他の教師たちからも評判が良い。まさに絵に描いたような万能な人間。だから、不思議に思うのだ。

 なぜ、暗殺者などという仕事をしているのか。

「……」

「タカちゃん、漢字間違ってるよ!}

「へ、あ?」

 授業中ということを忘れ、女子生徒に注意されてハッと我に返った。視覚に入ってきた黒板には『拳銃』の二文字。教科書と予習していたノートには『兼従』の二文字が書かれていた。担当している教科は古典。いくら同音といえど、普通なら間違えないだろう漢字だった。

「しっかりしてくれよ、モリセン」

「ちょ、お前らここぞとばかりに言うな! ちゃんと『先生』と呼びなさい!」

「えぇー」

 生徒からのブーイングに、むしろ俺の方が言い返したくなる。

 一緒に励まし合えると思っていた副担任は生徒を狙っている暗殺者で、あげくに俺は奴の遊び相手のようなことをさせられている。真夜中、誰もいなくなった校舎で二人だけで銃の撃ち合い。いったいどこの漫画だよ、と思うが、自分からおりることはできない。生徒が狙われていると知った以上、見殺しになんて出来るはずがない。教師として、生徒を守る義務がある。

「ざわついてないで、授業続けるぞー!」

 少しざわめいてきた生徒を落ち着かせ、俺は今度こそ授業に集中した。

 授業が終了し、俺は教員室へと戻ろうと歩を進ませる。

「あの、森本先生!」

「ん?」

 まともに“先生”と呼ばれ、俺は後ろを振り返った。そこにはクラス委員長の安藤がいた。

「安藤か。どうした?」

「実は分からないところがあって……」

「ん、どこだ?」

「ここなんですけど……」

 教師として、生徒から頼られることは心から嬉しいことだ。疑問だった箇所が理解できて笑顔になる。その瞬間が、何よりたまらなく嬉しさを感じるときだった。

「ありがとうございます!」

「おう。また分からないことがあったら聞きにこい」

「はい!」

 納得できたようで、安藤は笑顔で俺のもとから立ち去っていった。その姿を見て、さきほどの笑顔を見て、俺は教師になって良かったと思う。たとえ今、変なことに巻き込まれていようが、教師になったことへの後悔はない。もし今のようなことなってしまうと分かっていても、俺は何度でも教師を目指しただろう。

 ならば、東藤はどうなのだろうか。潜入とはいえ、教師という職を演じている今、あいつは何一つ感じていないのだろうか。生徒からも、教師仲間たちからも信頼の厚い東藤。普通なら何年、いや一生かかっても築くことができるかどうか分からない信頼関係を、あっという間に築いているというのに。

「……あいつ、本当に教師だったら良かったのに……」

 俺からすれば、羨ましいほどの才能を持っているというのに、東藤の本職は暗殺者。どこか現実離れしすぎているが、現実で撃ち合っているのだ。こうして一日を過ごしているはずのこの学校で。

 いったい、どれほど夢であってほしいと思ったことか。けれど、何度目を覚ましても存在している一丁の拳銃。持てばズシリと重く、予備の弾も東藤からもらっているのだ。どう足掻いたところで、引っくり返ることのない事実。これは、現実だ。

 重たいため息を盛大に吐きながら、俺は自分の机のもとに向かった。隣には東藤の席。しかし、今はその席は空白だった。おそらく他のクラスの授業なのだろう。

 俺は潰れそうになる体に鞭を打ち、本日の仕事を早めに仕上げようと取り掛かった。

 そういつも、東藤ばかりに涼しい顔をさせてたまるか。

 東藤への対抗心からというべきか、努力の結果というべきか。

 どちらにしても、なんと皮肉なことだろうか。いつもなら夜遅くまでかかっていた教師としての仕事。それらが終わったのはなんと午後十一時頃だった。

「……ゲームまであと一時間、か」

 時計に刻まれた時刻を見て、俺は呆然としていた。いつもならゲーム開始ギリギリまで仕事が終わらず、家に帰ってからも後始末に追われ、睡眠時間はいつも二、三時間が普通となってしまった。朝食を食べる時間もなく、栄養ドリンクでなんとか体をもたせてきた。それでも体調を崩さず、今日この時まで元気だった自分に驚くしかない。

「まぁ、その一方で呆れるけどな……」

 自分の感想を自ら突っ込む。誰もいない教室が、己の心に広がる虚しさをより一層かき立てる。しかし、それ以上何かを喋ることもせず、俺は沈黙の中で一人、ゲームの始まりを待っていた。

 そして、十二時を指した時計が成り始める。それが、ゲームの始まりだった。




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