関係性を壊したくはない君と私の物語
私と浅木拓海は、仲の良い友達だ。
いや、親友というのだろうか。
小学校からの付き合いで、お互い何もないまま、高校生となった。
「おーい! 双葉ー! 一緒に帰ろーぜー」
拓海は数メートル先の廊下から、大声を出す。
他の生徒の視線が、私や拓海の方に一斉に集中した。
そして、囁かれる数々の声。
『え、やっぱあの二人って付き合ってんの?』
『友達にしては距離近くね?』
『いいなー、放課後恋人と帰るのー』
ほら、また勘違いされた。
私は別にされても悪い気はしないけど。
「いいよー、私も拓海と帰りたかったし!」
両手を後ろで握り、口角を上げながら拓海に近づく。
こうしたら、少しは意識、してくれるかな?
「おう! じゃ、決定なー」
………何も意識されてない。
私は顔も結構いいし、知らんけど。
性格だって陰口とか言わないし?コミュ力も高めだし?
モテる、モテるはずなのに!
あの男への長年の片思いのせいで、彼氏ができない!
「なーんで、あんなやつ好きになったんだろ……」
出会いは確か、小学4年のクラスの時だ。
最初の印象は、私にちょっかいだしてくる“うざいやつ“。
虫を見せてきたり、私が他の人と話していると割り込んできたり、先生に私がトイレに行きたがっているのを、みんなの前でバラしたり。
そう、数々の悪行を働いていたのだ。
そんなことが続いたある日のことだった。
給食中に、隣の男子が自分の嫌いなものを私のお皿に入れてきたのだ。
謎に酸っぱい野菜炒め、少し白色の油っぽいソーセージ、漬物などを。
私だってもちろん抵抗はした。
そいつのお皿に、箸で戻したりと。
だが、いくら戻しても私の方へと入れてくる。
そんな時だった。
拓海がその不味い……いや、苦手なおかずを食べてくれたのだった。
当時の私には、神様のように思えた。
小学校のエピソードは他にもある。
例えば、クリスマスの日だけに出されたミニケーキ。
あれはクラスでの争奪戦の火種だ。
いち早く食べなさそうな人に声をかけてから、ケーキをもらうという恐ろしい事態が起きるのだ。
名付けるならば“特別デザート争奪戦”。
単純すぎるやん!というツッコミは無しにしていただきたい。
私ももちろん狙われた。
「双葉ちゃん! ケーキ、ちょうだい?」
クラスのボス的な女子がその時だけは話しかけてくるのだ。
獲物を狩るような目で。
渡さないと面倒だというのは誰にでもわかるはずだ。
「いいよー! 私、あんまりケーキ好きじゃないから」
本当は好きだよ?だって甘党だもん!
だが、何かしらの理由をつけた方がいいかなー、という謎の気遣いが出てしまうのだ。
あげてしまったものは仕方ない。
家でお菓子食べよ、と考えながら給食を睨みながら食べ始める。
「あれ? 双葉、ケーキは?」
キョトンとした目で私を見てくる。
声変わりをする前の少し高めの声で。
「あー、あげちゃった! ま、いいんだけどねー」
「でも双葉、甘いもの大好きじゃん」
少し悪いが、あの女子に聞こえるかもしれない恐怖に駆られた。
そこはツッコミせんといてくれー!と願う私。
「あ、そうだ! 俺のを半分こしよう! これで二人とも食べれる! 多分俺、天才……」
なんとも言えないドヤ顔に思わず笑ってしまう。
何故かわからないが、あの女子に心の中で感謝をしたのだった。
一旦ここで現実に戻らせてもらう。
結論……たぶんー、そういう不器用な優しさ?を好きになったんだな!うん!
このままだと、大人になっても彼氏が出来なさそうだ。
カバンを持ち、拓海と帰り道を歩く。
「拓海は、彼女とか作らんの?」
さりげなく聞くことが重要だ。
「あー、うーん、作れないというか、まぁ。……好きな子はいるんだけどなー。関係が壊れるくらいなら、このままの方がいいのかなーとか思ったりしてなかなか」
しばらく声も何も出てこなかった。
時が止まったように。
好きな人、いるんだ……。
それじゃ、今度から関わらない方がいい、のかな。
その子に勘違いされたら悪い、し……。
本当に好きなら、拓海の幸せを願わなきゃ!
「あのー、双葉?? 生きてる?」
今は、私の顔を覗き込むその顔が憎らしい。
好きだけど、見たくない。
見られない。
「あっ、生きてる! 拓海、告ったら? そんなんじゃ、いつまでも進まずに他の男に取られちゃうよ? 拓海ならいけるよ! モテ要素しかないんだからさ?」
失敗した。
なんでこうも素直になれないんだろう。
そんな私が憎らしい。
思ってもいないことが、口から沢山出てくる。
告白しちゃだめ。
私を見て。
私の方が長く一緒にいたのに。
その子、他の男に奪われたらいいのに。
これが本音。
でもこれ、最低すぎでしょ……。
「えっ、あ、いや。ふた、ば? そうじゃなくて……」
こんな顔、見たことない。
拓海は、耳まで赤くして、蕩けそうな目をしていた。
好きな子の話をする時、こんな感じなんだ。
初めて“友達”の顔ではなく、“男子”の顔を私の前で見せた気がする。
「実は俺、ずっとす―――」
「私もね! 好きな人いるの! その人のこと考える時って楽しいよねー。私も頑張るし、拓海もファイト!」
嘘、ついちゃった…………。
いつも明るい拓海が、下を向く。
下を向きたいのは、私の方だよ。
だって、いきなり失恋したんだから。
「ねぇ、好きな人って、誰? 俺よりもいい奴? どこが良かった? 顔? 性格? 教えてよ。今から見に行ってあげるから」
ジリジリと私に詰め寄ってくる。
どういう、こと……?
無機質で、どこか暗い目をしている。
口は笑っているはずなのに、笑っていない。
「え、性格だって優しいし、全部好き、だけど」
もう何を言ったらいいのかわからない。
素直に答えることしかできない。
「へー、そうなんだ? ねぇ、俺も優しいよね? 俺の方がずっと、ずっと双葉のこと好きだったんだよ? 今までどんだけ理性が飛びそうになってたか分かってた? なのに、横から知らない男に取られるなんて笑っちゃうよね。それなら強引にでも振り向かせればよかった……」
え……。
考えてるのも束の間。
拓海の美しく整った、なめらかそうな唇が近づいてくる。
「え、え、え、あっ―――」
ギュッと目を瞑る。
「はぁ、何で目を瞑るんだよ。だめだよ、そんなことしちゃ。変に期待しちゃうから。相手が俺で良かったな」
え?キス、しない、の?
してもよかったのに。
「拓海、なんでしなかった、の?」
「……は? 好きな男いるやつにできるかよ。好きだからこそ無理なんだよ……。あっ、今度から勘違いされねーように、あんま近寄らないでおくな」
寂しげな背中が、黄金色をした夕日に向かって歩いていく。
このまま何もしないと、関係が終わってしまう。
そんな予感がした。
行かないで。
好きだよ。
お願いだからどこにも行かないで……。
置いていかないでよ。
言葉にしたいのに、喉につかえて出てこない。
でも!
無理やりでも言わないと……!
両手で、頬を思いっきり叩く。
そして、息を吸う。
「拓海! 待って! 私が好きなのは、ずっと好きだったのは拓海なの! 好きな人は紛れもなく浅木拓海!」
精一杯の声で叫んだ。
過去一大きな声、出したかも。
今までの不安が一気に吹き飛んで、安堵に包まれた。
「………え?……俺はバカだな。ついに幻聴まで」
蚊の鳴くような声で、ぼそっとあり得ないことを言った気がする。
いや、確実に言っていた。
え、私結構勇気出したよ?
なんで伝わらんの?
ま、拓海だからなー。
「浅木拓海! なーに言ってんのよ! 私が好きなのは! 初恋だったのは! 浅木拓海あなただけです! 幻聴じゃなくて、私の声だよっ!」
去ろうとしていた拓海が、ゆっくりとこちらに体を向ける。
拓海の瞳孔が開いたのがわかる。
そして、目には塩水が溜まっていて、今にも溢れ出てきそうだ。
「ほんと、に……?」
立ち止まったままの拓海に、歩幅を大きくして近づく。
「ほんと! お互い両思い!だよね?」
「お、おう…………っ」
拓海は、どこか安心したような表情で、柔らかく微笑んだ。
それと、ほんの少し照れくさそうに。
「……え、待って。俺、すごい恥ずかしいことしたんじゃね? 詰め寄ったり、キスするふりしたり。あぁーー! あれは忘れてくれ! その、本音が溢れ出したというか、好きすぎてみたいな! まじごめん!」
顔を赤くなりながら、どんどんと発言が追加される。
口は災いの元、というやつだろうか。
「なんか、自爆していってるよ??」
笑いながら言うと、拓海はガーンという、漫画に出てくる文字が今にも現実世界で出てきそうな感じだった。
「まじか。ま、そんだけあれってことよ。あれ」
私の目を全く見てはくれない。
心はこっちに向いてくれているはずのに。
「あれ、って?」
少しイジワルをしたくなる。
拓海の照れ顔、もう少し見たい。
「………双葉のことを本気で好きってこと」
耳元に吐息がかかる。
唇が近い。
声が脳に直接響く。
低くて、重い声。
顔に熱が集まる。
「…………はぃっ」
恥ずかしすぎるのと、嬉しすぎるのとで声が小さくしか出てこない。
こんなの、反則でしょ。
逆に照れちゃったじゃん。
「双葉、照れててかわいい」
「別に、かわいくないしっ! あ、でも、ありがとっ! 拓海の方こそ、かっこいい、よ!」
こんな会話を繰り返しながら、夕陽が沈んできた帰り道を歩くのだった。
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