冷酷公爵の重い愛、重量オーバーにつき着払いで返品します
王都の中心に位置する『王立物流ギルド』の窓口は、今日も慌ただしい活気に満ちていた。
私はギルドの窓口担当兼、特殊荷物査定員のリーゼロッテ。前世で大手宅配業者のコールセンターと仕分けのアルバイトを掛け持ちしていた経験を活かし、このファンタジー世界で「物流の鬼」として働いている。
「リーゼロッテ主任! 大変です、また『あれ』が届きました!」
後輩の配達員が、青ざめた顔で窓口に駆け込んできた。その後ろでは、屈強なオークの作業員三人がかりで、たった一つの「手のひらサイズの小さな小箱」を、魔導台車に乗せて必死に運んでくる。
ギギギギッ、と台車の車輪が悲痛な軋み声を上げ、ギルドの頑丈な石畳の床がミシミシと沈み込んだ。
「……また来たのね。ユリウス公爵からの『愛の贈り物』が」
私はこめかみを押さえ、深々とため息をついた。
ユリウス・フォン・グランツ。
「氷の死神」と恐れられる冷酷無比な公爵であり、なぜか私に異様なほどの執着を向けてくる厄介極まりない求婚者である。
この世界では、強すぎる魔力や感情は「質量」を持つ。特に彼の私に対する「愛(という名の執着)」は、凄まじい密度の物理的な重さとなって荷物に宿ってしまうのだ。
「主任、今回の重量は……」
「どいて。私が計るわ」
私は『感情重量測定器(魔導スケール)』を小箱に向けた。ピピピッ、と無機質な音が鳴り、モニターに表示された数値を見て、私は持っていたペンを真っ二つにへし折った。
『総重量:8.5トン(内訳:純愛0.1%、独占欲99.9%)』
「八・五トン!? 先週の五トンからさらに増えてるじゃない! 小型トラック二台分よ!?」
「台車がもう限界です! 床も抜けそうです!」
「こんなもん、うちの通常配送ルートで送れるわけないでしょ! ギルドの規定サイズと重量上限をなんだと思ってるのよ!」
私は机をバンと叩いて立ち上がった。
宅配業を舐めるな。送料を一律だと思って、規定外の超重量物をしれっと通常窓口に出してくる客が一番タチが悪いのだ。しかも中身のほとんどがドロドロの独占欲だなんて、一種のテロ行為である。
「リーゼロッテ主任、どうしますか? また『特別危険物』として超過料金を請求して……」
「いいえ」
私は引き出しから、最も赤くて目立つ特大の警告シールを取り出した。
「『重量オーバーにつき、受取拒否』。それから『着払い(超過料金・迷惑料上乗せ)』で、私が直接実家に返品してくるわ」
「しゅ、主任自らですか!?」
「ええ。送り主には、現場の責任者が直接コンプライアンスと物流の基本を叩き込んでやらなきゃいけないのよ。魔導フォークリフト、エンジンかけて!」
***
王都の一等地にそびえ立つ、グランツ公爵邸。
私は魔導フォークリフトの運転席に乗り込み、8.5トンの『愛』が詰まった小箱を慎重に運搬しながら、公爵邸の巨大な門前に到着した。
「王立物流ギルドです! ユリウス・フォン・グランツ公爵宛の荷物、重量超過のため着払いで返送に参りました!」
私が備え付けのメガホンで叫ぶと、門番の騎士たちが「ひっ、またあの物流の女だ!」と怯えたように門を開けた。
豪奢なエントランスにフォークリフトごと乗り入れると、奥から氷のように冷たい美貌を持つ男が現れた。銀糸の髪に、絶対零度のアイスブルーの瞳。彼こそが、王都中の令嬢が震え上がる冷酷公爵、ユリウス様だ。
「リーゼロッテ……。わざわざ君自ら足を運んでくれるとは。私の愛は、無事に届いたようだな」
彼は甘く熱を帯びた声で囁き、私に手を伸ばそうとする。
だが私は、躊躇なくフォークリフトのレバーを操作し、彼の目の前にドスゥゥゥンッ!! と8.5トンの小箱を落下させた。大理石の美しい床が、蜘蛛の巣状に無惨にひび割れる。
「届いてません。受取拒否です」
「……なに?」
「ユリウス様。我が王立物流ギルドの通常配送における重量上限は『30キログラム』までと定められております。貴方様が本日発送されたこの小箱は、なんと8.5トン。完全に重量オーバーです」
「馬鹿な。中身はただの小さな指輪だぞ? それに私の君への愛を少しばかり込めただけだ」
「その『愛』が重すぎるんです!! 独占欲99.9パーセントの激重感情を物理法則に乗せて送ってこないでください! うちのギルドの台車が三台ぶっ壊れました!」
私はバインダーを突きつけ、着払い伝票をビシッと叩きつけた。
「というわけで、往復の配送料および台車の修理費、床の修繕費、ギルドの業務妨害に対する迷惑料を含め、本日の着払い料金は『金三百万ゴールド』になります。現金でのお支払いをお願いします」
「三百万……? いや、金ならいくらでも払うが、君は私の愛を受け取ってくれないのか?」
ユリウス様が、ひどく傷ついたような、雨に濡れた捨て犬のような顔をする。普段の冷酷公爵からは想像もつかない表情だが、私には全く通用しない。
「愛を伝えたいなら、せめて規定サイズ(30キロ以内)に収まるように感情をダイエットさせてから出直してきてください。こんな重量物、どんな屈強な人間でも受け止めきれません」
「……感情の、ダイエット……」
「ええ。今のユリウス様の愛は、ただの『物理的な暴力』です。受け取る側のスペースと負担を全く考えていない、独りよがりな迷惑荷物に他なりません。お分かりいただけましたら、サインと印鑑をこちらへ!」
私が事務的に伝票を差し出すと、ユリウス様はしばらく呆然としていたが、やがて震える手でサインをした。
「……わかった。だが、決して諦めないぞ。私は必ず、君が受け取れるサイズの愛に圧縮してみせる。明日も送ろう」
「だから毎日送ってくるのも『頻回配達』で迷惑なんです! 次やったら営業所留めにして、ご自身で引き取りに来させますよ!?」
全く懲りていない冷酷公爵に文句を言いながら、私は三百万ゴールドの小切手をむしり取り、フォークリフトを華麗にバックさせて公爵邸を後にした。
着払い返品という実力行使(クレーム対応)を終え、私は王立物流ギルドへと戻ってきた。
「リーゼロッテ主任、お疲れ様です! 無事に返品できましたか?」
後輩が恐る恐る尋ねてくる。
「ええ、三百万ゴールドきっちり回収してきたわ。これで新しい魔導台車が十台は買えるわよ」
「さすが主任……! あの氷の死神から直接超過料金をふんだくるなんて、ギルド始まって以来の伝説ですよ!」
ギルドの職員たちが沸き立つ中、私は冷めた紅茶を一気に飲み干した。
伝説でもなんでもない。ただの正当な業務だ。物流を滞らせるイレギュラーは、それが公爵だろうが魔王だろうが、絶対に許してはいけないのだ。
翌日。
出勤した私は、自分のデスクを見て盛大に顔をしかめた。
「……何よ、これ」
私のデスクの上に、不自然なほど小さな、可愛らしいピンク色の封筒が一つだけ置かれていた。
「あ、主任! 今朝一番で、グランツ公爵邸から速達で届いたお手紙です。今回はなんと……重量『たったの十グラム』でした!」
「十グラム……?」
私は眉をひそめた。あの、息をするように数トンの独占欲を垂れ流す重力テロリストのユリウス様が、たった一晩で感情のダイエットに成功したというのか?
怪訝に思いながら、私は『危険物取扱用・防護手袋』をしっかり装着し、その小さな封筒を手に取った。
確かに軽い。普通の紙の手紙だ。
恐る恐る封を開け、中に入っていた便箋を取り出す。
『親愛なるリーゼロッテへ。
君の言葉通り、私は愛の総量を極限まで削ぎ落とし、圧縮することに成功した。
今の私には、君への純粋な想いしか残っていない。どうか、この軽やかな愛を受け取ってほしい。
追伸:今日の昼休み、ギルドの前に迎えに行く。一緒にランチでもどうだろうか』
「……嘘よ」
私は便箋を握りしめ、ワナワナと震えた。
「主任? どうかしましたか? 公爵様、ちゃんと規定内に収めてくれたんですよね?」
「甘いわ!!」
私は便箋を机に叩きつけた。
「これ、ただ単に『自分の愛の重さを、便箋に宿さないようにした』だけよ! 感情そのものをダイエットしたわけじゃない! 要するに、荷物(手紙)は軽く偽装して、本人が直接『激重の愛(本体)』を持ってギルドに押しかけてくる気なのよ!」
ドドドドドドッ……!!
私の叫びと同時に、ギルドの外から地鳴りのような音が響いてきた。
「な、なんですかこの音は!?」
職員たちが窓際に駆け寄り、外の様子を見て悲鳴を上げた。
「しゅ、主任! グランツ公爵様の馬車が……いや、馬車じゃない! 何ですかあれは!?」
私も窓から見下ろし、絶句した。
ギルドの前の大通りを完全に塞いでいるのは、十頭立ての白馬に引かれた、家一つ分はあろうかという巨大な「要塞のような馬車」だった。そしてその馬車の周囲は、目に見えるほど濃密な、ドス黒い紫色のオーラ(独占欲)で包まれている。
『リーゼロッテ!! 手紙は読んだな! 約束通り、迎えに来たぞ!!』
馬車の屋根から、メガホンを持ったユリウス様が嬉しそうに叫んでいる。
その声が響くたびに、周囲の空間がメリメリと歪み、道路の石畳が重圧で次々と割れていく。
「あ、あの馬鹿……! 荷物に込めない分、自分自身の本体の質量を限界突破させてるじゃないの! あんなのがギルドの周辺をうろついたら、他の馬車が通行不能になるわ!」
私は完全にブチ切れ、窓を開け放ってメガホンを構えた。
「ユリウス様!! 貴方、そこが何車線だと思ってるんですか!!」
『リーゼロッテ! 君のために、最も安全で頑丈な馬車を用意した! さあ、私の胸に飛び込んでおいで!』
「公道での『過積載』および『不正改造車両の運行』は、道路交通法・第57条違反です! しかもそんな超重量級の馬車でギルド前の搬入用スペースを塞がないでください! 今すぐ移動しないと、レッカー移動の手配をしますよ!」
『レッカー移動? 構わん、この重さに耐えられるレッカーなど存在しない! 私はここで君が降りてくるまでテコでも動かんぞ!』
「あーもう、本当に面倒くさい!! 道路交通を麻痺させるクレーマーには、特別措置(強制排除)よ!!」
私はメガホンを放り投げ、ギルドの裏庭に保管されている最強の魔導重機――『対特級災害用・多脚型クレーン車(通称:タチコマ改)』のキーを握りしめた。
***
五分後。
ギルドの前の大通りは、一種の地獄絵図と化していた。
『な、なんだその巨大な鉄の塊は!? リーゼロッテ、君は一体何に乗っているのだ!?』
「王立物流ギルド、特殊車両課の最高傑作です! 違法駐車車両は、問答無用で強制撤去します!」
私は八本の巨大な脚を持つ多脚型クレーン車のコックピットから、ユリウス様の要塞馬車を見下ろしていた。
「アーム、展開! 対象車両をロックオン! ワイヤー巻き上げ開始!」
ガキンッ! と、巨大なアームが要塞馬車を容赦なく挟み込む。
『ま、待て! 私の愛の重さに、その機械が耐えられるはずが……』
「舐めるなァ! 物流の魂は、お前の独りよがりな愛より重いんだよ!! 最大出力!!」
ギュイィィィィンッ!!
クレーン車の魔導エンジンが限界まで唸りを上げ、何十トンもの執着を纏ったユリウス様の要塞馬車が、ズズズ……と地面から浮き上がった。
『おおおおっ!? 私の愛が、持ち上げられるだと!?』
「そのまま市外の特別指定廃棄物処理場まで空輸します! 昼休みは以上です、さようなら!!」
私は要塞馬車を吊り上げたまま、クレーン車を多脚歩行モードからキャタピラ走行モードに切り替え、王都の外へ向かって猛スピードで走り出した。
『リーゼロッテェェェッ! どこへ連れて行くつもりだァァァッ!』
「大迷惑な過積載野郎は、更地で反省しなさい!」
吊り下げられた馬車の中で、冷酷公爵が「これほどの私の愛を物理的に持ち上げる女など、君しかいない! ますます惚れたぞ!」と狂ったように叫んでいたが、エンジンの爆音で聞こえないふりをした。
どれだけ重い愛だろうが、物流の力の前には無力である。
王都の外れ、荒涼とした採石場跡地。
そこは王立物流ギルドが『特級危険物』の処理や、超重量級魔導具の耐久テストを行うための特別エリアだ。私はクレーン車を操作し、ユリウス様の要塞馬車をドカンッ! と地面に降ろした。
濛々と舞い上がる砂埃の中、コックピットから降りた私は、バインダー片手に馬車へと歩み寄る。
「さて、ユリウス様。レッカー代および公道不法占拠の違約金、〆て一千万ゴールドになります。一括でお支払いいただけますか?」
馬車の重い扉が開き、中からユリウス様が現れた。
普段は乱れ一つない銀糸の髪は砂埃にまみれ、最高級のシルクの服もシワだらけだ。しかし、その瞳だけは異様なほどの熱を帯びて、私を真っ直ぐに射抜いていた。
「リーゼロッテ……。素晴らしい。私のこの膨大で重すぎる愛(執着)を、力ずくでねじ伏せ、排除し、あまつさえ法外な違約金まで請求してくる。……ああ、やはり君は私が求めていた『完璧な女』だ」
「話聞いてます? 一千万ゴールドの請求の話なんですが」
「君は気づいていないのか? 私の愛の重力圏に長時間晒された人間は、普通ならそのプレッシャーで自我を保てず、私に服従してしまう。だというのに、君は微塵も揺るがないばかりか、クレーン車で私を吊るし上げたのだぞ」
ユリウス様はうっとりとした顔で歩み寄り、私の手からバインダーを奪い取ると、そこに挟まれていた請求書にスラスラとサインをした。
「払おう。一千万でも一億でも。その代わり、君のその強靭な魂で、一生私のこの重い愛を受け止めてくれないか」
「お断りします」
私は秒で即答した。
「私は物流ギルドの主任です。私の仕事は『荷物を適切なサイズと重量で、正しく届けること』。受け取り側の限界を無視して無理やり押し付けるような愛なんて、ただの暴力です。そんなものに付き合う暇はありません」
「……では、どうすれば君は私の愛を受け取ってくれるのだ?」
氷の死神と恐れられる男が、まるで親にはぐれた迷子のような、切羽詰まった顔で私を見る。
その顔を見て、私はふう、と一つ長いため息をついた。
「いいですか、ユリウス様。物流の基本は『適切な梱包』と『相手の受け取り可能日時の確認』です」
「こんぽう……かくにん……」
「そう。いきなり8.5トンの独占欲を送りつけたり、要塞馬車で職場に突撃したりするのは論外。まずは『重さゼロ』の気軽な挨拶から始める。次に、相手の都合が良い休日に、ちょっとしたお茶に誘う。そうやって、少しずつ『愛のサイズ』を分割して、小分けにして届けるんです。それなら私だって、受け取りのサインくらいはしてあげてもいいですよ」
私がそう言うと、ユリウス様はハッと目を見開いた。
「分割して、小分けに……! そうか、私の愛が重すぎるなら、定期便として少しずつ君の日常に届ければいいということか!」
「まあ、システム的に言えばそうですね」
「天才だ、リーゼロッテ! 君こそが私の愛の最適な物流管理者だ!」
彼は歓喜に満ちた声を上げ、私の手を取ろうとした。
「あ、ストップ。今日はもう営業時間終了です。これ以上の接触は『時間外労働』になりますので」
私がピシャリと手を跳ね除けると、ユリウス様は「おお……」と謎の感動に震えて後ろに下がった。
「わかった。では、まずは明日の朝、君の負担にならないよう『重さゼログラム』のおはようの挨拶だけを届けに行こう。もちろん、邪魔にならない距離からだ」
「ええ、それなら受け取り(返事)可能です」
私はクレーン車に戻りながら、肩をすくめた。
冷酷公爵の激重な愛。それは確かに迷惑極まりないものだったが、こうして『物流のルール』に則って処理できるなら、悪い気はしない。
むしろ、この規格外の客をどうさばき、いかに適正なルートに乗せるか。物流のプロとして、少しだけ腕が鳴るというものだ。
「さあて、帰って報告書を書かなくちゃね。明日の定期便(挨拶)は、ちゃんと受け取りの準備をしておいてあげましょうか」
荒野にポツンと残された要塞馬車と、それに寄りかかって私を熱っぽく見送る公爵を背に、私はクレーン車を走らせた。
重すぎる愛は着払いで返品。
それが、ファンタジー世界で最も優秀な物流担当者である私の、絶対に譲れないクレーム対応のルールである。




