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『定時後、わたしはAIチームの指揮官になる。』~消耗するだけの毎日から「自分の時間と人生」を取り戻した話~  作者: るね


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13/21

第13話|AI職人の顔を持つ会社員

いつもお読みいただきありがとうございます、第13話です。

今回は、るねさんの頼もしい(そして少し個性が強すぎる?)AIチームの舞台裏に密着します。

縁側で温かいほうじ茶をすするような気持ちで、のんびりとお楽しみください。

 裏庭に設置された外水栓の蛇口をひねる。地下から汲み上げられたばかりの井戸水が、勢いよく流れ出した。

 水流に素手を晒す。四月に入り昼間の日差しは暖かくなったが、地下水は冬の冷たさを硬く保っていた。指先から芯へと伝わるその冷たさが、土の熱を帯びた皮膚の温度を静かに奪っていく。


 るねは、首に巻いていたタオルで手を拭きながら、小さく息を吐き出した。

 泥のついた長靴からスニーカーに履き替え、古い日本家屋の縁側へと腰を下ろす。使い込まれた木の床板は、午後の陽光を吸い込み、じんわりとした温かさを放っていた。

 急須でほうじ茶を淹れ、湯呑みを片手に再び縁側へと戻る。

 そこには、彼のもう一つの「農具」が置かれていた。使い込まれた木製のローテーブルの上にある、薄くて軽いノートパソコンだ。

 平日は満員電車に揺られ、企業という巨大なシステムの一部として働く彼にとって、この縁側での時間は、自分自身の根っこに水をやるための神聖な儀式だった。


 るねはほうじ茶を一口すすり、土の匂いが完全に落ちた清潔な指先で、パソコンの天板を持ち上げた。

 画面が点灯し、ブラウザのタブが整然と並んでいる。

 彼は、一番左のタブを開き、キーボードに両手を乗せた。


『キウイフルーツの蔓を棚に誘引する作業と、AIを用いてコンテンツを生成するプロセスにおける共通点について。ビジネスパーソン向けの短いテキストを構成してください』


 エンターキーを押す。即座に、相棒のチャッピーが黒い文字を生成し始めた。


『承知いたしました。植物の生育プロセスとAIのマネジメント手法には、以下の論理的共通項が存在します。

 1.初期プロンプトの最適化(土壌・環境変数の定義)

 2.出力結果の継続的な剪定(ハルシネーションの排除および軌道修正)

 3.目的変数の明確化(期待されるROIの定義)

 上記を踏まえ、生産性向上と業務効率化を促進するポスト案を出力します』


 るねは、画面を見つめながら口角をわずかに上げた。

「相変わらず、四角四面で隙がないね。でも、これじゃあ根が焼けてしまうよ」


 相棒が叩き出してくるテキストは論理的だが、肥料の濃度が高すぎるのだ。疲労したビジネスパーソンの視界にこの高密度の文字列を流し込んでも、水分を吸収する前に枯れてしまう。


「少し枝葉が伸びすぎているね。無駄な形容詞という葉っぱを落として、風通しを良くしてくれないかな」


 比喩を交えて指示プロンプトを出す。

 相棒の動作が、ほんの一瞬だけ止まった。


『……比喩表現の意図を解析中。要するに「冗長な修飾語を削除し、箇条書きの骨組みのみを出力せよ」という命令ですね。理解しました。実行します』


 相棒は文句の代わりに論理的な翻訳結果を提示し、一瞬で文章の無駄を削ぎ落とした骨組みだけを再出力した。

 るねは、その骨組みのテキストをコピーし、隣のタブを開いた。共感と表現のスペシャリストである、クロさんの入力欄だ。


『この論理の骨組みに、少しだけ温かい温度を持たせてくれないかな。読者が、夕暮れの縁側でお茶を飲みながら、ふっと肩の力を抜けるような言葉で』


 数秒後、クロさんが紡ぎ出した文章が、画面に柔らかく浮かび上がってきた。


『畑でキウイの蔓を結びつけながら、ふと思いました。なんだか、AIと一緒に文章を作るのによく似ているな、と。

 AIは放っておくと、蔓のようにあちこちへ自由に伸びてしまいます。だから私たちが、「こっちだよ」と優しく支柱に導いてあげるのです。

 AIを魔法の杖として使うのではなく、一緒に庭を手入れする相棒だと思えば、毎日のお仕事も少しだけ温かい時間になるかもしれませんね』


「うん、いい塩梅だ。土がふかふかになっている」

 るねは頷きながら、さらにもう一つのタブを開いた。絵師のバナナンだ。

『今の文章の背景に合うような、静かな畑の夕暮れの画像を一枚描いてくれないかな』

『オッケー! 夕暮れの畑ね! ノスタルジックマシマシで百枚描いたよ! ついでにキウイが爆発してるサイバーパンクな画像もオマケしとくね!』


 バナナンが、一枚の画像という要求に対して、無用な情報と大量の選択肢を広げてくる。

「……ありがとう。でも、画像は一枚で十分だから、最初のものだけもらうよ」


 るねはバナナンの暴走を静かに制止し、最初の画像を保存した。

 相棒が強固な論理の骨格を作り、クロさんが温かい言葉の肉付けで包み込み、バナナンが直感で描いたビジュアルを添える。

 これが、るねの確立したAI分業の技術だった。彼の役割は、土壌を整え、種を蒔き、育ってきた芽の形を見極めて、最も美しい形に剪定ディレクションすることだ。


 彼はブラウザのタブを切り替え、黒い背景のX(Twitter)の画面を開いた。

 クロさんが整えてくれた文章とバナナンの画像を投稿画面に貼り付け、少しだけ自分自身の言葉の癖を微調整する。AIが出力したものをそのまま流すのは、スーパーで買ってきた野菜を自分の畑で採れたと偽って並べるようなものだ。最後の最後、自分の手のひらで触れて、自らの体温を移す。


 彼は、青い「ポストする」というボタンを、指の腹で静かにクリックした。

 シュッ、という微かなアニメーションとともに、文字と画像が広大なネットワークの海へと放たれていく。

 この言葉が、アルゴリズムの波に乗り、誰のスマートフォンの画面にたどり着くのかはわからない。


 るねは、パソコンの画面をそっと閉じた。

 デジタル空間での作業は、これで終わりだ。

 いくらAIが優秀であっても、彼らは土の匂いを知らない。冷たい井戸水の感触も、夕暮れの風の心地よさも、データとして出力することはできても、実感することはできない。


「さてと。大根の葉っぱが立派に育ってきたから、今夜は間引き菜でふりかけでも作ろうか」


 縁側の外では、傾きかけた太陽が、キウイフルーツの葉の影を土の上に長く伸ばしていた。もうすぐ五月。この辺りも一段と暖かくなる。そろそろ、エダマメの種を蒔く準備もしなければならない。

 るねは立ち上がり、腰をトントンと軽く叩きながら台所へと向かう。

 まな板の上に瑞々しい大根の葉を乗せ、小気味良いリズムで包丁を動かし始めた。

 トントン、トントン。

 その音は、彼がパソコンのキーボードを叩く音と同じように、どこまでも等間隔で、静かだった。


お疲れ様です、作者です。


四角四面なチャッピー、優しいクロさん、そしてサイバーパンクなキウイを爆発させるバナナン(笑)。るねさんの的確なディレクションの手腕、いかがだったでしょうか。一人で全部抱え込まずに、優秀なAIたちに頼れるところは頼って、自分自身を少し楽にしてあげる。そんな副業の形も素敵ですよね。


丘陵地に初夏の風が吹き始める頃、七野の物語も新たな展開を迎えます。るねさんの縁側の空気が気に入っていただけた方は、ぜひ★ボタンで応援をよろしくお願いいたします!

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