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生活魔法は溺愛契約のための最強の道具でした  作者: 月雅


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第8話 決戦は契約書とともに


私は一歩、前に踏み出した。

乾燥した風が、頬を叩く。

国境の荒野には、二つの陣営が対峙していた。


「出てきたか、国賊め!」


ギルバート王太子が、馬上で声を張り上げる。

背後には、数百の近衛騎士。

彼らの装備はくすみ、馬も痩せている。

かつて私が管理していた頃の輝きは、微塵もない。


「マリエル! 今すぐこちらへ戻れ! そうすれば慈悲を与えてやる!」


彼は剣を抜き、切っ先を私に向けた。

典型的な恫喝だ。

隣に立つレオンハルト様が、剣の柄に手をかけようとする。

私はそれを手で制した。


「レオン、待ってください。」

「しかし、奴は君を狙っている。」

「ええ。ですが、これは武力衝突ではありません。債権回収の交渉です。」


私は懐から、分厚い羊皮紙の束を取り出した。

そして、喉元に小型の魔導具を当てる。

『拡声スピーカー・試作五号機』だ。


「ギルバート殿下。戻れとは、再雇用のオファーですか?」


私の声が、魔力によって増幅され、荒野に響き渡った。

騎士たちがざわめく。


「再雇用だと? 勘違いするな! 貴様は王家の所有物だ!」

「所有権なら、以前お渡しした絶縁状により消滅しています。法的根拠がありません。」

「うるさい! 王命こそが法だ!」

「そうですか。では、こちらは国際法と商法に基づき、対抗させていただきます。」


私は羊皮紙をめくった。

そこに記されているのは、私の個人的な請求だけではない。

ベルナルド商会と連携し、徹底的に洗い出した「負債」のリストだ。


「請求項目一。私の在籍中における、未払い残業代および休日出勤手当。金貨三百枚。」

「なっ……!」

「請求項目二。貴国が現在無断で使用している、上下水道管理システムの特許使用料。金貨五百枚。」


私は淡々と読み上げる。

ギルバートの顔が朱に染まっていく。

だが、私の攻撃はここからが本番だ。


「請求項目三。現在、貴軍に従軍している騎士及び兵士への、直近三ヶ月分の給与未払いに対する立替請求。」


その瞬間、王国軍の空気が変わった。

騎士たちが顔を見合わせ、動揺が走る。


「き、貴様! 何をデタラメを!」

「デタラメではありません。私の元には、貴国から逃れてきた文官や侍女たちからの内部告発書リークがあります。」


私はもう一枚の紙を掲げた。


「さらに、私は帝国宮廷魔導具師として、貴国の騎士団組合に対し、未払い賃金の債権譲渡を受けました。つまり、ここにいる騎士たちの給与を支払う義務は、今や私が管理しています。」


嘘ではない。

ベルナルド氏を通じて、生活に困窮した騎士の家族から債権を買い取っていたのだ。

騎士たちは武器を下ろした。

彼らにとって、私は敵ではない。

給与を保証してくれる、新たな「オーナー」なのだ。


「ふざけるなあああ!」


孤立したギルバートが絶叫した。

論理も、権威も、金も。

すべてを失った彼は、短絡的な暴力に走る。


「死ね! 魔法ごときが!」


彼の杖から、巨大な炎の塊が放たれた。

私を焼き尽くす殺意の塊。

しかし、私は一歩も動かない。

避ける必要がないからだ。


ヒュン!


鋭い風切り音と共に、銀閃が走った。

炎の塊は、私に届く前に霧散した。

それだけではない。

ギルバートが持っていた杖が、真っ二つに折れ、宙を舞った。


「……な?」


彼は呆然と、折れた杖を見つめた。

その視線の先には、氷のような瞳をしたレオンハルト様が立っていた。

いつ抜いたのかも見えないほどの神速。

手には、白銀の長剣が握られている。


「我が国の魔導具師に、傷一つつけさせはしない。」


低い声が、戦場を支配した。

殺気だけで、ギルバートの馬が怯えて後ずさる。


「次はない。失せろ。」


レオンハルト様が剣を振ると、衝撃波だけで地面が裂けた。

圧倒的な武力の差。

もはや勝負にすらなっていない。


「ひっ……!」


ギルバートは馬首を返し、無様に逃げ出した。

指揮官が逃げれば、軍は崩壊する。

騎士たちは私に向かって一礼し、ある者は武器を捨て、ある者は王太子を追うふりをして撤退していった。


砂塵が晴れていく。

残されたのは、私とレオンハルト様、そして私の勝利を証明する契約書の束だけ。


「……終わったな。」

「ええ。完膚なきまでに。」


私は震える息を吐き出した。

怖くなかったと言えば嘘になる。

けれど、隣に彼がいてくれるという事実が、私の足を支えていた。


「見事だった。君の言葉は、俺の剣よりも鋭かった。」


彼が剣を収め、私の頭を撫でる。

その手つきは優しく、戦いの緊張を解きほぐしていく。


「貴方の剣があったからです。……ありがとう、レオン。」


初めて、敬称を付けずに呼んだ。

彼は一瞬驚いた顔をして、それから嬉しそうに破顔した。


これで、過去との清算は終わった。

王国の崩壊は、もはや時間の問題だろう。

だが、まだ片付けるべき「ゴミ」が一つ残っている。

逃げ出した聖女の行方だ。


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