第5話 断罪という名の請求書
「開けろ! 王命であるぞ!」
ドアが蹴破られた。
木片が飛び散り、土足の騎士たちが店内になだれ込む。
私はカウンターの内側で、静かにスタンロッドのグリップを握りしめた。
暴力的な振動が、並べられた商品たちを揺らしている。
「マリエル嬢だな。」
先頭に立つ隊長格の男が、私を睨みつけた。
見覚えがある。
かつて城で、私の洗濯魔法を「地味だ」と嘲笑っていた男だ。
今はその鎧もマントも薄汚れている。
「何の御用でしょうか。当店は予約制ですが。」
「ふざけるな。王太子殿下の命令により、貴様を連行する。」
男は一枚の羊皮紙を突きつけた。
そこには『強制召喚状』と書かれている。
さらに、彼は続けた。
「それと、この店にある魔導具及び設計図。これらは全て王国の資産として没収する。」
「……どのような法的根拠で?」
私は眉をひそめた。
連行だけならまだしも、資産の没収とは。
これは公権力を使った強盗だ。
「貴様は元王国民だ。その知識も技術も、王国の教育によって培われたもの。ならばその成果物は国に帰属する。」
「異議あり、です。」
私はカウンターの下から、別の羊皮紙を取り出した。
かつて、婚約破棄の際に交わした書類だ。
「追放時に受け取った『絶縁状』です。ここには『今後、マリエルは王家及び国家といかなる権利関係も持たない』と明記されています。」
「なっ……!」
「つまり、私の身体も、資産も、知的財産も。貴国とは無関係です。」
私は書類を彼の目の前に掲げた。
王家の印章が押された、絶対的な証拠。
男の顔が赤黒く歪んだ。
論理で勝てないなら、次は暴力だ。
彼の手が剣の柄にかかる。
「黙れ! 逆らうなら、罪人として扱うまでだ!」
「そこまでだ。」
凛とした声が、店内の空気を凍らせた。
私の背後、店の奥から一人の男が現れる。
銀色の髪、アイスブルーの瞳。
いつもの「疲れた常連客」ではない。
その身に纏うのは、圧倒的な威圧感。
「レ、レオン様……?」
私が名を呼ぶと、騎士たちが息を呑んだ。
隊長の男が、ガタガタと震え出す。
彼は知っているのだ。
この男が誰であるかを。
「て、帝国第二皇子……レオンハルト殿下!?」
男の叫び声に、私は小さく息を吐いた。
やはり、彼らは気づいていなかったのか。
契約の際に正体を知らされていた私とは違い、彼らにとって目の前の男はただの「薄汚れた騎士団長」だったのだろう。
レオンハルト様は、私の前に立つように位置取った。
大きな背中が、騎士たちの視線を遮断する。
「その者は、我が帝国の宮廷魔導具師として契約を交わしたばかりだ。」
低い声が、重く響く。
彼は懐から、帝国の紋章が入った短剣を取り出し、カウンターに突き立てた。
その紋章を見た瞬間、騎士たちは一斉に後退った。
「帝国の……魔導具師……?」
「彼女への狼藉は、帝国への宣戦布告とみなす。どうする? ここでやるか?」
レオンハルト様が、わずかに魔力を解放した。
それだけで、店内の空気が重くなり、呼吸すら困難になる。
圧倒的な格の差。
隊長の男は、脂汗を流しながら剣から手を離した。
「そ、そのようなつもりは……撤退だ! 引くぞ!」
捨て台詞もなく、彼らは逃げるように店を出て行った。
壊れたドアの隙間から、冷たい風が吹き込む。
静寂が戻った店内で、私は立ち尽くしていた。
「……怖がらせてすまない。」
レオンハルト様が振り返る。
その顔には、いつもの少し困ったような、優しい笑みが浮かんでいた。
威圧感は霧散している。
「いえ。契約書で存じてはいましたが……やはり本物の皇族オーラは違いますね。」
「隠すつもりはなかったんだが……言うタイミングを逃してしまって。」
彼は頭をかいた。
確かに、泥だらけで倒れていた男が「私は皇子だ」と言っても、信じなかっただろう。
私はため息をつき、スタンロッドを仕舞った。
「助かりました。私一人では、店を守りきれなかったかもしれません。」
「いや、君ならあの棒で全員のしていただろう。」
彼は私の武器をチラリと見て苦笑する。
バレていたらしい。
彼は真剣な表情に戻り、壊れたドアを見た。
「だが、ここはもう安全ではない。俺と一緒に来てほしい。」
「帝国へ、ですね。」
「ああ。君の技術も、店も、そして君自身も。俺が守る。」
それは、契約の話なのか。
それとも、もっと個人的な誓いなのか。
彼のアイスブルーの瞳は、真っ直ぐに私を射抜いている。
「……わかりました。お供します、殿下。」
私が頭を下げると、彼は「レオンでいい」と慌てて手を振った。
その姿を見て、私はふっと笑った。
肩書きが変わっても、彼はやはり、私の知る大型犬のような彼だ。
壊れたドアの修理代は、後で帝国経費で請求させてもらおう。
私は密かにそう心に決め、旅支度を始めることにした。




