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生活魔法は溺愛契約のための最強の道具でした  作者: 月雅


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第2話 魔導具革命と初客


コトコトと、鍋が鳴る。

店内に漂うのは、野菜とブイヨンの優しい香りだ。

私はお玉でスープを掬い、味見をした。


「うん、塩分濃度よし。」


満足して火を止める。

視線を向けた先には、店の奥にあるソファ。

そこでは、例の「第一号のお客様」が泥のように眠っていた。

銀髪の男だ。

運び込んだときは死体かと思ったが、呼吸は安定している。

単なる過労と栄養失調だろう。


「さて、と。」


私は彼が身につけていたマントと上着を手に取った。

これらは現在、私の管理下にある。

所有権は彼にあるが、店内に汚物を放置するわけにはいかない。

衛生管理基準に抵触する。


「汚染レベル、深刻ですね。」


泥、魔獣の体液、そして古びた血。

普通なら廃棄処分だが、生地自体は最高級の魔銀糸で織られている。

捨てるのは資源の無駄だ。

私は店の裏手に設置した、箱型の魔導具の前に立った。

『全自動洗濯乾燥機・試作二号機』である。


「投入。」


重たいマントと上着をドラムの中に放り込む。

洗剤代わりの「洗浄液スライムの粘液」を適量セット。

蓋を閉め、魔石回路に魔力を通す。


「洗浄シーケンス、開始。モード、強力。」


ブゥン、と低い駆動音が響く。

ドラムの中で水流魔法と風魔法が乱舞する。

物理的な回転と、魔力による汚れの分解。

二つのアプローチで、繊維の奥に入り込んだ汚れを分子レベルで剥離させる。


(やはり、魔法は物理現象の触媒として使うべきね)


前世の家電知識と魔法の融合。

これこそが私の強みであり、商品価値だ。

十分もしないうちに、乾燥工程が終了した。

ふかふかになったマントを取り出すと、陽だまりのような匂いがした。


          ◇


「……ん。」


ソファの方から、低い唸り声が聞こえた。

私は洗濯物を抱えたまま、彼の元へ歩み寄る。

男がゆっくりと目を開けた。

鮮やかなアイスブルーの瞳だ。

一瞬、鋭い警戒の色が走る。

戦士の目だ。


「ここは……俺は……」

「おはようございます、お客様。気分はいかがですか?」

「客……?」


彼は呆気にとられた顔で私を見た。

そして、自分の体を見下ろす。

装備を剥がされ、インナーシャツ一枚の姿だ。

慌てて身を起こそうとして、鼻をひくつかせた。


「いい匂いだ……」

「お洋服はこちらです。クリーニングしておきました。」


私は畳んだマントと上着を差し出した。

彼はそれを受け取り、信じられないものを見る目で凝視する。


「これは、俺のマントか? あの泥まみれの?」

「ええ。修復はしていませんが、汚れと雑菌は99.9%除去しました。」

「魔法で洗ったのか? だが、水属性の魔法使いでもここまで……」


彼はマントに顔を埋め、深呼吸をした。

その瞬間、張り詰めていた肩の力が抜けるのが見えた。

まるで、憑き物が落ちたように。


「柔らかい……それに、温かい。」

「乾燥工程で熱風処理をしましたから。」

「熱風? 火傷しそうなほど熱くするのではなく、こんなに優しく?」


彼は頬をマントに擦り付けている。

大型犬が毛布にじゃれているようだ。

先ほどの鋭い眼光はどこへやら、完全に蕩けている。


「さあ、まずは温かいものをどうぞ。」


私はサイドテーブルにスープ皿を置いた。

根菜を煮込んだポトフだ。

彼はスプーンを手に取ると、震える手で一口運んだ。

そして、動きを止める。


「……美味い。」

「お口に合って何よりです。」

「城の……いや、どこの料理よりも、体に染みる。」


彼は夢中でスープを飲み干した。

空になった皿を見つめ、彼はふらりと立ち上がる。

そして、私の手を取った。


「君。」

「はい、店主のマリエルです。」

「マリエル。この店を言い値で買おう。」

「はい?」


突拍子もない提案に、私は首を傾げた。

彼は真剣そのものだ。


「君ごとでもいい。俺の城に来てくれ。一生、このマントのような寝床と、あのスープを提供してほしい。」

「お断りします。」


私は即答した。

またしても「専属契約」という名の奴隷労働に勧誘されている気がする。

あの元婚約者との日々を思い出すだけで寒気がした。


「私は独立した経営者です。誰かの所有物になるつもりはありません。」

「そ、そうか……すまない、言葉が過ぎた。」


彼はシュンと耳を垂れた犬のように落ち込んだ。

悪い人ではなさそうだ。

ただ、生活能力と対人距離感が壊滅しているだけだろう。


「ですが、お客様としてなら歓迎しますよ。」

「客として?」

「ええ。対価をお支払いいただければ、いつでも最高のメンテナンスと食事を提供します。」


私はニッコリと笑って、掌を出した。


「今回の代金は、クリーニング代と食事代で銀貨三枚になります。」


彼はハッとして、懐を探る。

そして、硬直した。

財布がない。

おそらく、どこかの戦場で落としてきたのだろう。


「……金がない。」

「では、ツケにしておきますね。」


私はカウンターに戻り、帳簿を開いた。

新規顧客リストに名前を書き込む。


「お名前は?」

「……レオン。ただのレオンだ。」

「ではレオン様。次回来店時に、利子をつけて請求させていただきます。」

「必ず来る。約束する。」


彼は立ち上がり、綺麗になったマントを羽織った。

その背中は、来たときよりもずっと大きく、頼もしく見えた。

扉を開ける直前、彼はもう一度振り返る。


「ありがとう、マリエル。救われた。」


その笑顔は、不覚にも少しだけ私の心拍数を上げた。

彼が出て行った後の店内で、私は自分の頬に手を当てる。

熱い。


「……商売繁盛の予感、ということで。」


私は自分に言い聞かせ、空になったスープ皿を片付けた。

洗い物は、もちろん食洗機(試作三号機)の出番だ。


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