第10話 幸せの全自動ライフ
幸せとは、余白のことだ。
かつての私は、そう定義していなかった。
効率こそが正義で、時間は埋めるものだと思っていたから。
「マリエル様、角度よし。ドレープの展開率、完璧です。」
「ありがとう。出力維持でお願い。」
私は鏡の前で、純白のドレスを翻した。
裾を持ち上げているのは、小型の浮遊ドローンたちだ。
私の思考に連動し、最も美しく見える角度で布地を支えている。
全自動ウェディングドレス補正システム。
私の最新作だ。
「……綺麗だ。」
背後から、吐息のような声が聞こえた。
振り返ると、正装に身を包んだレオンハルト様が立っていた。
白を基調とした皇族の礼服。
銀髪が窓からの光を反射して輝いている。
あの泥だらけで店に倒れ込んできた男と同一人物とは、未だに信じがたい。
「レオン、貴方も素敵です。」
「君には敵わないよ。……そのドローンも、君の一部みたいだ。」
彼は苦笑しながら近づき、ドローンの隙間を縫って私の手を取った。
その手は震えている。
最強の剣士が、結婚式という儀式に緊張しているのだ。
私は愛おしさを込めて、その手を握り返した。
◇
式は、帝国の広場で行われた。
参列者の顔ぶれは多彩だ。
最前列には、涙をボロボロと流す商会長ベルナルド氏。
その隣には、帝国の重鎮たち。
そして、かつて王国から私を追って逃げてきた侍女たちが、今はラボの制服を着て胸を張っている。
「誓います。」
「誓う。」
契約の言葉はシンプルだった。
だが、そこに込められた魔力は、どんな商談よりも重く、温かい。
指輪交換の際、私の指にはまった青い魔石の指輪が、祝福するように淡く発光した。
観衆から割れんばかりの拍手が湧き起こる。
その中には、王国からの使節団も混じっていた。
ギルバート元王太子が失脚し、アリスが労働施設へ送られた後、王国は暫定政府を樹立した。
彼らの目的は、祝辞だけではない。
式後のレセプションで、私との「商談」を待っているのだ。
◇
「……というわけで、上下水道および衛生管理システムの復旧を要請します。」
控え室で、王国の代表者が深々と頭を下げた。
その顔には、かつての傲慢さはない。
あるのは、崩壊した国を立て直そうとする必死さだけだ。
「条件は確認しました。」
私はグラスを片手に、提示された羊皮紙に目を通した。
技術供与契約書。
ただし、「支援」ではない。
適正な対価と、知財保護を明記したビジネス契約だ。
「初期導入費は分割払い可。ただし、メンテナンスは我が商会の独占業務とします。」
「はい、異存ありません。言い値で結構です。」
「いいえ、適正価格です。ボッタクリは私の流儀ではありませんから。」
私はサインをし、書類を返した。
これで王国にも、清潔な水と空気が戻るだろう。
かつて私が無償で提供し、彼らが捨てたもの。
それを今度は、正当な対価を支払って取り戻すのだ。
それが、彼らが学ぶべき「自立」の第一歩だから。
「仕事熱心な花嫁だこと。」
契約が終わると、レオンハルト様が呆れたように、けれど優しく笑いかけた。
彼は私の肩を抱き、バルコニーへと誘う。
そこからは、祝祭に沸く帝都が一望できた。
街のあちこちで、私の開発した魔導具が動いているのが見える。
自動清掃機が路地を磨き、自動配膳機が屋台で料理を運び、人々は浮いた時間で笑い合っている。
労働からの解放。
それが生み出したのは、怠惰ではなく、人生を楽しむための「余白」だった。
「君が変えたんだ。この国も、俺も。」
レオンハルト様が、私の腰に腕を回す。
その体温が、夜風の冷たさを遮断する。
「俺は、君に何か返せているだろうか。」
「たくさん頂いていますよ。」
私は彼を見上げた。
アイスブルーの瞳に、私が映っている。
「安心できる場所。正当な評価。そして……」
私は背伸びをして、彼の唇に触れた。
ドローンたちが気を利かせて、私たちの周りに薄い光のカーテンを展開する。
自動プライバシー保護機能だ。
「……愛を。」
私の言葉に、彼は耳まで赤くして、それから強く私を抱きしめた。
痛いくらいの強さ。
でも、それが心地よい。
「愛している、マリエル。これだけは、機械には任せられない。」
「ええ。自動化できない業務ですね。」
私たちは笑い合った。
明日からはまた、忙しい日々が始まるだろう。
皇太子妃としての公務、魔導具師としての開発、そして商会との折衝。
けれど、もう一人ではない。
家に帰れば、温かいスープと、綺麗に洗われたシーツ。
そして、尻尾を振って待っている大型犬のような彼がいる。
それだけで、私の人生の収支は大幅な黒字だ。
「さて、帰りましょうか。レオン。」
「ああ。俺たちの家に。」
私たちは手を取り合い、光の中へと歩き出した。
その足取りは軽く、未来への計算式には、エラーなんて一つも見当たらなかった。
(完)
最後までお読みいただきありがとうございます!
↓の★★★★★を押していただけると
すごく励みになります!!




