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生活魔法は溺愛契約のための最強の道具でした  作者: 月雅


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第1話 ゴミ拾いの令嬢


「君は、無能だ。」


王太子殿下の声が、広間に響く。

婚約破棄の宣言としては、あまりに簡潔だった。

私は瞬きを一つして、彼を見上げる。


「攻撃魔法が使えない。」

「魔力量が平民以下。」

「使えるのは掃除と洗濯だけ。」


殿下は指を三本立て、私の欠陥を数え上げた。

その横には、艶やかな金髪の女性が張り付いている。

聖女と呼ばれているアリス様だ。


「よってマリエル、君との婚約を破棄する。」

「はい、承知いたしました。」


私は即答した。

一秒の遅滞もなく、深く頭を下げる。

周囲の貴族たちがざわめいた。

泣き崩れると思ったのだろうか。

縋り付くと思ったのだろうか。


残念ながら、私の思考回路はそこまで感情的ではない。

むしろ脳内では、損益計算が高速で回っていた。


(この婚約、維持コストが高すぎるのです)


王太子妃教育という名の拘束時間。

殿下の尻拭いという名の業務外労働。

それに対する報酬は、無いに等しい。

この契約解除は、私にとって「利益」だ。


「……なんだ、その態度は。」


殿下が不機嫌そうに眉を寄せる。

期待したリアクションと違ったらしい。

私は顔を上げ、事務的な笑みを浮かべた。


「殿下のご判断は合理的です。戦力外通告、謹んでお受けします。」

「ふん、強がりを。」

「つきましては、契約解除に伴う精算をお願いできますか?」


私は懐から一枚の羊皮紙を取り出した。

昨夜、徹夜で作成しておいた請求書だ。


「は?」

「慰謝料および、過去三年間の労働対価です。」


殿下の私室の掃除。

騎士団の制服洗濯の指揮。

城内の備品管理補佐。

すべて「婚約者だから」という理由で無給だった業務だ。

労働には対価が必要である。これは宇宙の真理だ。


「金だと? 浅ましい!」

「アリス様は掃除ができません。今後、人を雇うコストを考えれば割安かと。」

「ぐっ……!」


殿下は顔を真っ赤にして、従者に顎でしゃくった。

投げつけられるように、革袋が渡される。

ずしりと重い。金貨の感触だ。


「二度とその顔を見せるな! 国外へ失せろ!」

「ええ、喜んで。」


私は革袋をしっかりと握りしめた。

これは私の正当な「個人資産」だ。

誰にも文句は言わせない。


          ◇


王都を出る馬車に揺られ、私は国境を目指した。

行き先は、隣国との緩衝地帯にある街、ベルン。

物騒だが、商人の出入りが多く、実力主義の街だ。

実家である伯爵家には戻らない。

戻ればまた、別の政略結婚という名の「不良債権」を掴まされるだけだ。


「さて、と。」


膝の上で革袋を開ける。

中身を確認し、手帳に記帳する。

当面の生活費と、事業の立ち上げ資金。

計算が合うと、ふっと肩の力が抜けた。


前世の記憶が蘇ったのは、五歳のときだ。

日本の家電メーカーで、開発エンジニアをしていた。

過労で倒れ、気づけばこの世界にいた。

魔法という未知のエネルギーに興奮したのも束の間。

私の適性は「生活魔法」のみ。

火の玉も出せない、風の刃も飛ばせない。

ただ、汚れを落とし、水を操り、乾燥させるだけの魔法。


この国では、それは「雑用係の魔法」と蔑まれる。

けれど、エンジニアの視点で見れば違った。


(汚れを分解するプロセス。水分子の制御。熱量の調整)


これほど精密で、複雑な制御を要する魔法はない。

攻撃魔法が大雑把な「出力任せ」なら、生活魔法は「超精密回路」だ。

私の魔法は、底辺なんかじゃない。

使い方が間違っていただけだ。


          ◇


ベルンの街は、活気と埃にまみれていた。

石畳は欠け、路地裏にはゴミが散乱している。

衛生観念のアップデートが必要な地域だ。

私は不動産屋を回り、街外れの一軒家を紹介してもらった。


「ここなんですがね……長年空き家でして。」


案内されたのは、幽霊屋敷のようなボロ屋敷だった。

庭は雑草がジャングルのように茂り、窓ガラスは曇り、壁には蔦が絡まっている。

不動産屋の男が、申し訳なさそうに頭をかく。


「見ての通りです。掃除するだけでも金貨数枚はかかりますよ。」

「家賃は?」

「相場の半額で構いませんが。」

「契約します。」


即決だった。

私は手付金を支払い、鍵を受け取る。

男は「物好きな嬢ちゃんだ」と呆れながら帰っていった。

残されたのは、私と、埃っぽい廃屋。

そして、トランク一つ分の荷物。


「絶好の、テスト環境ね。」


私はトランクを開けた。

中には服ではなく、ガラクタが詰まっている。

城の廃棄場から拾い集めた、魔石の欠片。

壊れた杖の芯材。

そして、鉄屑や銅線。


これらはすべて、廃棄物として処理される直前に、許可を得て譲り受けたものだ。

所有権は私にある。


私は腕まくりをした。

魔力が、指先でちりちりと熱を帯びる。

まずは掃除だ。だが、普通にはやらない。

私の「生活魔法」と、前世の「工学知識」を掛け合わせる。


鉄屑を組み合わせ、魔力の通り道――回路を刻む。

魔石の欠片を燃料タンクとして組み込む。

杖の芯材を、制御ユニットに加工する。


「術式、展開。ターゲット、有機汚れ全般。出力、可変。」


組み上げたのは、三本足の奇妙な金属塊だ。

見た目は不格好な蜘蛛のようだが、中身は最新鋭だ。

名付けて『自律型清掃ゴーレム・試作一号機』。


「起動。」


私が魔力を流し込むと、ゴーレムの目が青く光った。

ブゥン、と低い駆動音が響く。

それは床を滑るように移動し始めた。

足の先から、微細な振動と吸引の魔法が発生している。


シュババババ!


凄まじい速度で、床の埃が消滅していく。

ただ吸い込むだけではない。

魔法で分解し、無害な空気に変換して排出しているのだ。

排気すらクリーン。完璧だ。


私は庭の雑草に向き直った。

次は、除草アタッチメントの装着だ。

作業に没頭する時間は、何よりも癒やしだった。

誰にも邪魔されず、効率を追求できる至福の時間。


気づけば、夕暮れになっていた。

ボロ屋敷は、新築のように輝いていた。

窓ガラスは曇り一つなく透明で、床は顔が映るほど磨き上げられている。

庭の雑草は綺麗に刈り取られ、整地されていた。


「……信じられん。」


背後から、掠れた声が聞こえた。

振り返ると、立派な身なりの男性が立っていた。

恰幅の良い、四十代くらいの男性だ。

その目は、驚愕で見開かれている。


「ここは、あの幽霊屋敷だよな?」

「ええ、借りました。」


私は汗を拭いながら答える。

足元では、試作一号機が仕事を終えて、私の足にすり寄っていた。

忠実な相棒だ。撫でてやると、嬉しそうに駆動音を低くした。


「あんた、それを一人でやったのか? 魔法使いか?」

「ええ。まあ、しがない『生活魔法』使いですが。」

「生活魔法? あれがか?」


男は、ピカピカになった窓枠を指でなぞった。

指先には、塵一つ付かない。

彼はごくりと喉を鳴らし、私に向き直った。

その目つきが変わる。

商売人の、鋭い目だ。


「俺はベルナルド。この街の商工会の長をしている。」

「マリエルと申します。」

「マリエルさん。単刀直入に言おう。その魔法……いや、その魔道具か?」

「魔導具、ですね。」


私は一号機を持ち上げた。


「私の発明品です。」

「それを、売る気はないか?」


ベルナルド氏の言葉に、私は心の中でガッツポーズをした。

需要はあると踏んでいたが、これほど早いとは。

私は冷静を装い、一号機を抱き直す。


「これは試作品で、私の相棒なので非売品です。」

「む、そうか。」

「ですが、量産型の設計図なら頭の中にあります。投資していただければ、商品化できますよ。」


ベルナルド氏は、私の顔と、輝く屋敷を交互に見た。

そして、豪快に笑った。


「気に入った! その度胸と腕前、買った!」

「ありがとうございます。では、契約書を作成しましょう。」


私はトランクから、予備の羊皮紙とインクを取り出した。

ここからは、エンジニアではなく経営者の時間だ。

権利関係、利益配分、そして特許。

曖昧にしてはいけない。

自分の身を守るのは、魔法ではなく契約なのだから。


          ◇


一週間後。

街の大通りに、小さな店がオープンした。

看板には、こう書かれている。


『魔導具専門店 ライフ・ハック』

~あなたの生活、最適化します~


開店初日。

客足はまばらだった。

無理もない。

「生活魔法の道具」なんて、誰も価値を知らないのだから。

けれど、私はカウンターで優雅に紅茶を飲んでいた。

焦る必要はない。

品質は証明済みだ。

一度使えば、誰もが戻れなくなる。


カラン、とドアベルが鳴った。

初めての客だ。


「いらっしゃいませ。」


顔を上げると、そこには黒いフードを目深に被った男が立っていた。

長身だが、その立ち姿はふらふらと覚束ない。

全身から漂うのは、泥と血と、深い疲労の匂い。


「……ここは、宿屋か?」


低い、けれど魅力的なバリトンボイス。

しかし、その声は枯れ果てていた。

彼はカウンターまでたどり着く前に、膝から崩れ落ちそうになる。


私はとっさにカウンターを飛び越え、彼を支えた。

重い。

鎧の下の筋肉が、鋼のように硬い。

けれど、彼自身は限界を超えているようだった。


「違います。ここは魔導具屋です。」

「そうか……すまない、間違え……た……」


彼はそのまま、私の肩に頭を預けて意識を手放した。

フードがずれ、銀色の髪がさらりと流れる。

整った顔立ちだが、目の下の隈が酷い。


「あらあら。」


私は苦笑するしかなかった。

どうやら最初のお客様は、買い物客ではなく、要介護者のようだ。

だが、見捨てるわけにはいかない。

彼の汚れたマントを見下ろす。


「これも、洗濯テストのしがいがありそうですね。」


私は彼を引きずり、店の奥にある休憩スペースへと運んだ。

これが、私の新しい人生の、本当の始まりだった。


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