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異世界召喚されて王子の「偽婚約者」にされたけど、本命に恋してしまった  作者: 妙原奇天


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第19話(最終話) 春を告げる剣

 冬が終わった。


 あれほど燃え盛っていた王都にも、いまは花の香りが満ちている。

 崩れた塔は修復され、瓦礫の隙間には草が芽吹いていた。


 王城の中庭では、民たちが瓦礫を運び、兵士たちが笑いながら手を貸している。

 “戦いのあと”ではなく、“はじまりの音”が響いていた。


 カイン・ヴァルディスは、城の外壁に立っていた。

 傷はまだ完全には癒えていない。

 けれど、その目の奥には、確かな“生”の光があった。


 風が吹く。

 その風は冷たくなく、春の匂いを運んでくる。


 城門の方から足音がした。

 振り向くと、エリナが立っていた。

 灰色の外套を脱ぎ、白いドレスに包まれた姿は、まるで新しい季節そのもののようだった。


「ようやく、笑える顔になったね」

「……お前もだ」


 二人の間に沈黙が落ちる。

 けれど、その沈黙は重くなかった。


「陛下は?」

「王都の復興の陣頭に立たれてる。

 ……セドリック様のことも、城の北塔に弔われたわ」


 カインは目を伏せた。

 炎の夜のことを思い出す。

 あの瞬間、セドリックは確かに笑っていた。

 ほんの一瞬、少年のように。


「……あいつも、ようやく眠れたのかもしれない」


 エリナが頷く。

「ええ。でも、きっと見てるわ。

 この国が、彼の望んだ“秩序”じゃなく、あなたたちの“希望”で動いていくのを」


 カインは小さく笑った。

「皮肉な話だな。

 国を救ったのは、神でも王でもなく……」

「――一人の女の祈り、でしょう?」


 エリナの言葉に、カインは黙って頷いた。

 風が吹く。

 白い花びらが空を舞う。


 そのひとつを、彼は掌に受け取った。

 掌の上で光るその花は、まるであの日の彼女の笑顔のようだった。


「リュシア……お前の祈りは、ちゃんと届いたよ」


 小さく呟き、花を空へ放つ。

 それは風に乗り、王都の上空へと昇っていった。


 *


 夕暮れ。

 城の前の広場には、再建を祝う集会が開かれていた。

 王レオニードが壇上に立ち、民へ語る。


「この国は、影と光の狭間に立っていた。

 だが今、我らはその両方を抱いて歩いていく。

 痛みも、罪も、すべてを糧にして」


 人々の間に拍手が起こる。

 子どもが笑い、母親が涙を拭う。

 誰もが、生きていることを実感していた。


 その人波の中、カインは静かに歩いていた。

 もう“騎士”としての鎧もない。

 ただの一人の人間として。


 ふと、道の端に座る老人が声をかけた。


「お若いの、剣士かい?」

「……いや。もう違う」

「そうか。だが、あんたの腰のそれは嘘をついとる」


 老人が笑った。

 カインは視線を落とす。

 そこには、長年使い続けた剣があった。


 黒い鞘の表面に、白い花の模様が刻まれている。

 それは戦の後、王が“彼女の祈りの印”として贈ったものだった。


「……春を告げる剣、って呼ばれてるらしいな」

「ふむ、いい名だ。何を斬るんだ?」


 カインは小さく笑った。


「過去だよ」


 そう言って、彼は人の流れの中へと消えていった。


 *


 夜。


 王都の外れ、小高い丘の上。

 小さな墓標が並ぶ。

 その一番奥に、“彼女”の名が刻まれた碑があった。


 リュシア・エヴァンズ。

 ――祈りに生き、祈りに還る者。


 カインは膝をつき、静かに花を供えた。

 白い花弁が、月の光を反射して輝く。


「お前がいなくなっても、世界は回る。

 でもな、俺はたぶん、これからもお前に話しかけるんだろう」


 風が吹く。

 どこからともなく、彼女の声がした気がした。


 ――それで、いいの。


 カインは微笑んだ。

 剣の柄に触れ、空を見上げる。

 雲の隙間から、春の星がのぞいていた。


「……もう、戦う理由はいらない」


 鞘に剣を戻す。

 その音が、夜の静けさに溶けていく。


 背を向け、丘を降りる。

 草を踏む音が、やがて遠ざかる。


 彼の歩いた先には、明日があった。

 王国の新しい朝と、人々の笑い声。

 そして、どこかでまた、花が咲く音。


 春が来たのだ。


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