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異世界召喚されて王子の「偽婚約者」にされたけど、本命に恋してしまった  作者: 妙原奇天


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第18話 リュシアの夢、彼方の声

 ――雪が、降っていた。


 白い世界の中で、リュシアは一人、立っていた。

 どこまでも静かで、音ひとつない世界。

 風もなく、ただ雪だけがゆっくりと降り積もっていく。


 手を伸ばせば、指の先で結晶が溶ける。

 その冷たさが、なぜか懐かしかった。


「……ここは、夢?」


 自分の声が、遠くで木霊する。

 誰も答えない。

 けれど、その沈黙が優しかった。


 視界の端に、光が見えた。

 その光はゆっくりと形を成し、

 やがて、ひとりの男の姿になった。


 黒い外套、銀の瞳。

 ――カイン。


 彼は驚いたように立ち止まり、

 そして、微笑んだ。


「……また会えたな」

「ええ。今度は、夢の中でね」


 リュシアは笑った。

 風がないのに、雪が二人の間を通り抜けていく。


「どうして、ここに?」

「わからない。

 気がついたら、この雪の中にいたの」


 カインは彼女の傍に歩み寄り、

 手を伸ばした。

 けれど、触れようとした指先は、

 透明な空気に遮られた。


「……触れられないのか」

「ええ。私、もう“こちら側”の人じゃないから」


 リュシアの声は穏やかだった。

 悲しみでもなく、哀れでもなく。

 ただ、すべてを受け入れた者の声。


「あなたは、まだ生きている」

「お前の祈りが、俺を引き戻した」

「なら、もう大丈夫」


 彼女は微笑んだ。

 その笑みが、どんな光よりも暖かかった。


「私は、あなたに伝えたかったことがあるの」


「……なんだ?」


「あなたはずっと、誰かのために戦ってきた。

 王のために、国のために、私のために。

 でもね、カイン。

 あなたの剣は、誰かのためじゃなくても輝くの」


「……俺の、剣が?」


「うん。あなた自身が、願う限り」


 カインは静かにうつむいた。

 長い戦いの中で、誰かの理想に縋り、

 誰かの命令に従ってきた。


 その度に失い、その度に立ち上がった。


 ――だが、自分自身のために剣を握ったことはなかった。


「……俺は、何を願えばいい」


 リュシアは答えず、代わりに雪をすくった。

 掌の中の雪が光に変わり、小さな花の形になった。


「この世界には、まだ雪が降ってる。

 悲しみも、憎しみも、消えないまま。

 でも、だからこそ――人は祈るの。

 もう一度、誰かと笑えるように」


 花をそっと風に乗せると、

 それは白い軌跡を描きながら空へ舞い上がった。


「あなたの剣も、祈りになれる。

 殺すためじゃなく、繋ぐための剣に」


 その言葉に、カインの瞳が揺れた。

 雪が頬を伝い、溶ける。

 それが涙かどうか、自分でもわからなかった。


「……お前が、そう言うなら」


「ええ。だって、私はあなたを信じてる」


 リュシアが微笑んだ瞬間、

 世界がゆっくりと色づき始めた。

 白い雪が金色に染まり、空がひび割れ、

 光が差し込む。


「……時間みたい」

「どこへ行く?」

「祈りの向こうへ。

 でも、大丈夫。

 もう一度、この世界に春が来たら――

 あなたは、きっと思い出すわ」


 カインは無意識に叫んでいた。

「リュシア!」


 彼女は立ち止まり、振り返った。

 雪の中で、髪がゆっくりと揺れる。


「あなたの剣に、願いを込めて。

 “守るため”じゃなく、“愛するため”に」


 光が彼女を包んだ。

 花びらのような白い粒が、風に溶ける。

 その最後の瞬間、彼女の声が届いた。


 ――カイン、ありがとう。私の命は、あなたの未来。


 世界が静かに崩れ、

 カインは暗闇の中に落ちていった。


 目を開けると、朝の光が差し込んでいた。

 王都の空。

 燃えていた塔は、今は灰色の影だけを残している。


 風が吹いた。

 その風の中に、ひとひらの白い花が舞った。


 カインはそれを掴み、掌で包んだ。

 花はすぐに消えた。

 けれど、その温もりは確かに残っていた。


「……ああ。

 お前の願い、たしかに受け取った」


 遠くで鐘の音が鳴る。

 夜明けの王都に、

 初めて“祈り”の音が響いた。

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