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異世界召喚されて王子の「偽婚約者」にされたけど、本命に恋してしまった  作者: 妙原奇天


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第17話 リュシア、祈りの声

 夜空が燃えていた。

 炎の王都。鐘の音が鳴り止まない。


 そのはるか北――凍てつく修道院の最奥。

 リュシアは静かに目を閉じていた。


 祭壇の前、氷の花が咲き誇る。

 その中心に刻まれた魔法陣が、

 心臓の鼓動のように、淡く光を脈打たせている。


 彼女の前には、黒い聖書。

 セドリックが残していった“影の経典”だった。


 その頁には、赤い文字でこう刻まれている。


 ――世界を統べるものは光ではなく、秩序。

 ――秩序を保つために、感情を捨てよ。


 リュシアはゆっくりとその頁を閉じた。

 指先に、白い花弁が触れる。

 それは、彼女の胸に宿る“記憶の残響”。


「……あなたは、そんな世界を望んでいたの?」


 声は震えていた。

 だが、その震えの奥には、確かな意思があった。


 目を閉じれば、浮かぶのは一人の男の顔。

 ――カイン。


 剣を握り、誓いを立てた夜。

 彼が見せた不器用な笑み。

 その全てが、彼女の“生”の根拠だった。


「私は……あなたのために蘇ったのね。

 でも、セドリック様。

 私の祈りは、あなたの神には届かない」


 風が吹いた。

 氷の花が舞い上がり、光が空へ吸い込まれていく。


 リュシアは祭壇に膝をつき、手を組んだ。

 その瞳から、一筋の涙が落ちる。


 涙は、魔法陣に触れると白く輝いた。

 空気が震える。

 雪の匂いが消え、温かな風が流れ込む。


「――カイン。聞こえる?」


 声が風に溶けた。

 遠く離れた王都の空へ、糸のように伸びていく。


 *


 同じ時、王城の塔。


 雷鳴と炎が交錯する中、

 レオニードとセドリックの剣が何度もぶつかっていた。


 その間に立つカインは、まるで二つの嵐の中心だった。

 片方は理想の嵐。

 もう片方は、支配の嵐。


 どちらにも真実があり、どちらも正しさを名乗っている。


 ――ならば、俺は何を信じる?


 カインの胸に、あの日の言葉が蘇る。


 “あなたは誰かのために剣を振るう人じゃない。

 あなた自身のために、生きていい人なの。”


 リュシアの声だった。


 その瞬間、空気が変わった。

 風の中に、確かな温もりが混じる。

 塔の上空に、白い光の粒が舞い降りた。


 セドリックが眉をひそめる。

「……何だ、この光は」


 カインは見上げた。

 光はゆっくりと降り注ぎ、彼の掌に触れる。

 氷のように冷たく、しかし心臓の奥で燃えるように温かい。


「これは――」


 リュシアの声が、耳の奥で響いた。


 ――カイン。あなたは、生きて。


 光が爆ぜた。

 鎖のように絡み合っていた炎が裂け、塔の空を貫いた。


 その瞬間、世界の色が変わる。

 炎の赤が、金に変わり、

 黒い煙が、光の帯へと反転していく。


 王都全体が、一瞬だけ夜明けを迎えた。


 エリナが息を呑む。

「……奇跡……?」


 レオニードも剣を止め、空を見上げた。

 セドリックは顔を歪め、光の粒を掴もうとする。


「やめろ……これは、俺の創った秩序ではない!」


 だが、その手は空を掴めなかった。

 光は彼の指の隙間を抜け、静かに塔の中心へ降りていく。


 そこに立っていたのは――カイン。


 白い光を背に、剣を構える。

 その姿はまるで、祈りそのものの具現だった。


「セドリック。

 お前は“神”になろうとした。

 だが、神は祈りを奪う者じゃない。

 ――祈りに応える者だ」


 セドリックが叫ぶ。

「何も変わらぬ! 人はまた争う!」

「それでも、俺は信じる!」


 剣が閃く。

 光が塔を包み、爆風が吹き荒れる。

 瓦礫が飛び、炎が散る。


 その中で、リュシアの声が再び響いた。


 ――カイン、私の命をあげる。

 だから、あなたの未来を守って。


 カインの胸に、白い光が吸い込まれた。

 彼の瞳が蒼く輝く。


 セドリックの刃とぶつかった瞬間、

 世界が止まった。


 音も、風も、痛みも、すべてが消える。

 光だけが残る。


 そして――カインの剣が、セドリックの黒い刃を断ち切った。


 衝撃音。

 炎が収まり、風が静まる。

 セドリックは膝をつき、剣を手放した。


「……兄上……」

 その声は、もう怒りではなかった。

「俺は……間違っていたのか」

 レオニードはゆっくりと近づき、

 弟の肩に手を置いた。


「お前が信じたものを、俺は否定しない。

 だが、民のための神は、民の中にある。

 ――それが、俺たちが守るべき王国だ」


 セドリックの目に涙が浮かんだ。

 そして、崩れ落ちるようにその場に倒れた。


 カインは剣を下ろし、静かに夜空を仰ぐ。

 空に、白い花がひとつ、舞っていた。

 リュシアの祈りが形になった、最後の花。


「……ありがとう」


 風が吹いた。

 夜が、静かに終わっていった。


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