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異世界召喚されて王子の「偽婚約者」にされたけど、本命に恋してしまった  作者: 妙原奇天


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第15話 影の牢、目覚める騎士

 暗闇は、音を飲み込む。

 時間の流れさえも、そこにはなかった。


 ただ、心臓の鼓動だけが、遠い世界の記憶のように響いている。


 ――ここは、どこだ。


 目を開けても、光はない。

 見えるのは、漆黒の壁と無数の鎖。

 鎖は壁から生え、まるで生き物のように呼吸していた。


 その鎖の中心に、ひとりの男が膝をついていた。

 カイン・ヴァルディス。


 両腕を縛られ、胸に深い裂傷を抱えたまま。

 だが、その目だけは、まだ光を失っていなかった。


 ――戦いの果て、セドリックの黒炎に呑まれた。

 それが、最後の記憶だ。


 そして今、自分はここにいる。

 生かされているのか、囚われているのかもわからない。


 闇の奥から、声がした。


 低く、響く声。

 耳ではなく、心に届く声だった。


「……まだ、終わっていない」


 カインは顔を上げた。

 声の主は見えない。

 けれど、どこかで聞いたことがある。


「誰だ」

「お前自身だ」


 闇が揺れた。

 自分と同じ姿の男が現れる。

 血に濡れた剣を握り、笑っていた。


「俺は“影”のカイン。

 お前が殺したはずの過去だ」


 カインは眉をひそめた。

 影のカインは、静かに剣を床に突き立てる。


「お前はまだ信じているのか?

 王のために生きることが、正しいと」

「……違う」

「では、女のためにか?」


 リュシアの顔が浮かんだ。

 胸の奥が、激しく脈打つ。


 影のカインが笑う。

「結局、お前は誰のためにも生きられない。

 王を救おうとして裏切られ、女を守ろうとして失った。

 そして今、何を守る?」


 答えられなかった。

 影は続ける。


「セドリックは正しい。

 この国は、光では救えない。

 だから“影”が必要なんだ」


「……お前は、彼の言葉を信じるのか」

「信じるも何も、俺はお前の中の“諦め”だ。

 希望を語るお前が嘘をつくたびに、俺は強くなる」


 鎖が軋んだ。

 カインの両手に痛みが走る。

 闇の中の光景が歪み、誰かの声が重なった。


 ――カイン。


 その声は、温かく、懐かしかった。

 リュシアの声。


 影のカインが一瞬、動きを止める。


「……今のは」

「……呼んでる」


 鎖の隙間から、淡い光が差した。

 光の中に、花びらのような白が舞う。

 その光がカインの胸に触れた瞬間、

 体の奥で何かが弾けた。


「やめろ!」

 影が叫ぶ。

「そこへ行くな! また失うぞ!」


 カインはゆっくりと立ち上がる。

 鎖が鳴り、闇が裂ける。


「それでも構わない」

「お前は愚かだ」

「そうだ。だが、あの声に応えなければ、俺は本当に死ぬ」


 影が剣を振るう。

 カインは素手でそれを受け止めた。

 刃が掌を裂く。血が滴る。

 それでも、彼の目は揺るがなかった。


「お前は俺だ。

 だから、もう一度聞け。

 ――“生きる理由”は、外にある」


 影のカインの動きが止まる。

 光が強くなる。

 リュシアの声が、今度ははっきりと響いた。


 ――カイン、帰ってきて。


 鎖が弾けるように砕けた。

 黒い壁が崩れ、光が流れ込む。


 影のカインが微笑む。

「……やっと、認めたな」

「何を」

「お前が“人間”であることを」


 影は霧となり、溶けていった。

 その中に、無数の声が混じる。


 ――罪を恐れるな。

 ――生きることを諦めるな。


 光がすべてを包み込んだ。

 カインの体が宙に浮かぶ。

 心臓が再び、現実の鼓動を刻み始める。


 まぶたの裏で、別の光景が開いた。


 白い空。

 雪の上に立つ、ひとりの女。

 リュシア。


 彼女は微笑んでいた。

 その手が差し伸べられる。


「……遅いわね、カイン」


 カインは一歩を踏み出す。

 その足音が雪を鳴らす。


「……すまない。迷っていた」

「もう迷わないで。

 あなたの剣は、まだ誰かを守れる」


 彼女の手を取った瞬間、

 冷たい世界が砕け、光の粒となって散った。


 目を開けると、

 そこは修道院の地下だった。


 カインは息を吐き、ゆっくりと立ち上がる。

 周囲には誰もいない。

 だが、胸の奥で確かに聞こえた。


 ――生きて。


 握りしめた拳の中に、温もりがあった。

 掌に残るのは、雪の結晶のような白い花弁。


 カインはそれを見つめ、低く呟く。


「リュシア……お前、どこにいる」


 天井の裂け目から、冷たい風が吹き込む。

 その風の中に、あの声があった。


 ――北へ。


 カインは剣を拾い上げる。

 その刃には、もう迷いはなかった。


「北か。なら、俺は行く」


 影の牢が崩れ落ちる。

 光と風が交わる音の中で、

 彼は再び歩き出した。


 ――生きるために。

 ――そして、再び彼らに会うために。


第15話の構成意図

・「死後の精神世界」+「内なる影との対話」でカインを再生。

・リュシアの声=愛と希望の象徴、物語の“魂の回線”を再接続。

・「北へ」という一言で次の舞台を提示。

・テーマは“生きる意志の再起動”。

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