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異世界召喚されて王子の「偽婚約者」にされたけど、本命に恋してしまった  作者: 妙原奇天


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第11話 再会の夜、凍てつく焚き火の前で

 雪嵐は夜になってようやく収まった。

 修道院の崩れた屋根から、氷の雫が落ちては砕ける。

 その音だけが、静まり返った空間に響いていた。


 焚き火の火が、ぱちぱちと鳴る。

 冷たい空気の中で、火の粉が金色の花のように散っては消える。


 その火を囲むように、三人がいた。


 ――レオニード王。

 ――エリナ。

 ――そして、死から帰った男、カイン・ヴァルディス。


 沈黙は、言葉よりも重かった。

 誰も最初の一言を出せずにいた。


 ようやく、レオニードが口を開く。


「……どうやって生き延びた」


 それは、怒りでも驚きでもなく、

 ただ“理解したい”という願いに満ちた声だった。


 カインは焚き火の向こう側で微かに笑った。

 その笑みは、昔の彼のままだった。


「簡単な話ですよ。死にかけて、拾われただけです」

「拾われた?」

「“黒の修道団”の残党に」


 風が鳴る。

 焚き火の火がわずかに揺れた。


「殿下――いや、陛下。

 貴方が倒したと思っていた反乱軍の残りは、死んでいなかった。

 彼らは、王国の“影”として存在し続けていた。

 そして、俺を救い、“生きるための役”を与えた」


「役……?」


「“死んだ騎士”。

 俺は表の世界から消え、彼らの間でただの亡霊として生きていた。

 けれど、時間が経つうちに気づいたんです。

 本当に死んでいたのは、俺の心の方だったと」


 レオニードが目を伏せる。

 エリナは息を詰めて、ただその声を聞いていた。


 カインは淡々と語る。

 その声が、まるで雪に埋もれた鐘の音のように静かだった。


「“黒の修道団”は今、王都に潜み、王権の転覆を狙っている。

 そして俺は――その中心にいる」


 焚き火の光が、彼の顔に陰影を作る。

 傷跡の残る片目が、静かに光を映した。


「なぜそんなことを……」

 エリナが震える声で問う。


「必要だからです。

 殿下を、陛下を救うためには、

 “敵”の中で動ける者が必要だった」


 沈黙。

 そして、王の唇がわずかに動いた。


「つまり、お前は……密偵として潜り込んでいたのか」

「ええ。けれど、そのために、死んだことにするしかなかった」


 焚き火が大きくはぜる。

 その音が、誰かの嗚咽のように響いた。


「俺の存在を知れば、修道団は貴方を狙う。

 だから、殿下には知らせなかった。

 ただ――あの手紙だけを、残した」


 エリナは膝の上の手を強く握りしめた。

 あの春の日に読んだ、あの手紙。

 “風が吹くとき、私はそこにいます”。


 あれは別れではなく、

 “再会の約束”だったのだ。


「……陛下」

 カインが目を上げる。


「俺が戻ってきた理由はひとつ。

 王都に、裏切り者がいます。

 王家の血を継ぐ者――貴方の弟です」


 焚き火の火が、一瞬、風に揺れた。

 その言葉に、空気が凍りついた。


「弟だと?」

「王家の第二王子、セドリック殿下。

 彼が修道団を裏から操っている。

 ――“この国を正す”という名目で」


 レオニードの瞳が鋭く光る。

 しかし、その奥に痛みが滲んでいた。


「……あいつが。

 あの夜、私の前から姿を消したのは、そういうことか」


 沈黙。

 エリナは唇を噛み、拳を握りしめた。


「カイン。どうしてもっと早く知らせなかったの」

「時間が必要だった。

 信頼できる者が王の傍にいるかどうか、確かめるために」


 その言葉に、レオニードの視線が動く。

 カインは微笑んだ。


「その役目は、もう済みました。

 ――貴方の傍には、エリナ様がいる。

 あの人がいる限り、陛下は倒れない」


 静かな声。

 けれど、どこか遠くへ旅立つ人のような響きだった。


「お前……どこへ行くつもりだ」

「北の果て。修道団の本拠です」


 レオニードが立ち上がる。

 焚き火が大きく揺れる。


「ならば私も行く」

「駄目です」

「王として――」

「だからこそ駄目なんです」


 カインの声が、初めて鋭く響いた。


「陛下が動けば、国が揺れる。

 俺は、影で終わるべき人間です。

 これは、俺自身の贖罪でもある」


 レオニードは言葉を失った。

 そして、わずかに拳を握る。


「また一人で背負うつもりか……」

「違います」

 カインが微笑んだ。


「今度は、貴方たちがいる。

 俺が倒れても、国は立ち上がれる」


 エリナは堪えきれずに前へ出た。

「そんなの、嫌です!」


 声が震えた。

 焚き火の光が涙を照らす。


「あなたがいないと、またあの人が苦しむ!

 誰かを守るために自分を消すなんて、

 それは優しさじゃない!」


 カインは静かに彼女を見た。

 その視線は、深い海のようだった。


「……やっぱり、貴方は変わった」

「変わったのは、あなたです」

「そうですね。

 昔の俺なら、たぶん今の貴方を好きになっていた」


 それは、穏やかで、あまりにも悲しい微笑だった。


 レオニードが一歩踏み出す。


「もう、離れるな。

 今度こそ、共に戦おう」


 カインはゆっくり首を振る。


「陛下。俺の剣は、もう影に属する。

 けれど――光のために振るうことはできる」


 そう言って、彼は片膝をつき、右拳を胸に当てた。

 それはかつての忠誠の形。

 けれど、今回は王にではなく、“二人”に向けられた。


「殿下、そしてエリナ様。

 どうか、この国を……未来を、託します」


 焚き火の炎が大きく舞い上がった。

 雪の夜に、一瞬だけ春のような温もりが生まれる。


 カインが立ち上がり、背を向けた。

 その背中に、雪が舞う。


 レオニードが小さく呟く。

 「カイン……」


 彼は振り向かない。

 ただ、夜風に向かって言った。


「風が吹くとき、また会いましょう」


 そして、雪の闇に溶けていった。


 残された焚き火の炎が、ゆっくりと形を変えていく。

 まるで、三つの影がひとつに溶けて、空へ昇っていくように。


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