表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界召喚されて王子の「偽婚約者」にされたけど、本命に恋してしまった  作者: 妙原奇天


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

10/19

第10話 北の風を辿る者たち

 春が終わりを告げる頃、王都に一通の報せが届いた。

 「北方ノルヴァ、再び雪嵐の兆しあり」

 それは気象の知らせであると同時に、ある者たちにとっては合図でもあった。


 ――黒の風が吹いたら、真実が動く。


 王城の書斎で、その報せを見つめる王と、ひとりの女がいた。

 レオニードと、私――エリナである。


「……北方の風。あの手紙の言葉と同じですね」

「“北の風を辿れ”。あれは単なる比喩ではなかった」


 王は地図を広げた。

 そこには、ノルヴァのさらに北――“白の峠”と呼ばれる、雪に閉ざされた地があった。


「この峠には、古い修道院の廃墟がある。

 かつて王国の禁忌を守る“影の修道団”がいたとされている。

 カインが最後に立ち寄った修道院も、その系列だ」


 私は息を呑んだ。

 まるで、すべてが一本の線でつながっていくようだった。


「殿下……いえ、陛下。行くおつもりですか?」

「行くしかない。

 ――カインの言葉は、まだ終わっていない」


 その横顔を見た瞬間、胸がざわめいた。

 また戦の道を歩もうとしている。

 でも、今回は違う。

 彼は“失うため”ではなく、“取り戻すため”に進もうとしている。


 *


 三日後、私たちは北方へ向けて出発した。

 王都から同行を許されたのはごく少数。

 王直属の近衛二名と、補佐官セリオ。

 そして私。


 旅は長く、厳しかった。

 春の残り香が消えると、雪と風がすぐにそれを奪っていった。

 王は黙々と馬を進め、夜になると小さな焚き火の前で地図を広げた。


「陛下……少しお休みを」

「平気だ。眠れば夢にあいつが出てくる」


 彼は苦笑した。

 その笑みが、あの日のカインに似ていて、私は言葉を失った。


「殿下……」

「……その呼び方、懐かしいな」


 少し照れたように彼が言った。

 その声音に、遠い夜のぬくもりが戻ってきた気がした。


 *


 七日目の夜。

 雪嵐の前触れが訪れた。

 空が低く、風が鳴っている。


「ここが白の峠です」

 セリオが地図を見ながら言った。

 目の前には、氷に閉ざされた渓谷が広がっていた。


 廃墟のような建物が、雪に埋もれて姿を見せている。

 石の十字架が傾き、風が鳴るたびに古い鐘の音が微かに響いた。


「……ここが、カインが最後にいた場所」


 王の声がかすれる。

 私たちは慎重に建物の中へ足を踏み入れた。


 冷気が肌を刺す。

 崩れかけた壁の中に、古い机と、散らばった紙片。

 そこに、一本の剣が立てかけられていた。


 黒い鞘に刻まれた紋章。

 間違いない――カインの剣。


 王が震える手でそれを掴む。

 その瞬間、風が吹いた。


 黒い紙片が宙に舞う。

 そのひとつが、王の足元に落ちた。

 拾い上げると、それは封の切られていない小さな手紙だった。


 ――王都宛。

 差出人の名には、確かに「カイン・ヴァルディス」とあった。


「……読めるか?」

「はい」


 私は封を開いた。

 中の紙は、雪のように白かった。

 けれど、書かれていたのは血の色に似た赤い文字。


『これを読んでいるなら、殿下はまだ生きている。

 ならば、伝えたいことがある。


 “反乱”は終わっていない。

 本当の敵は、王都の中にいる。』


 その瞬間、部屋の奥から音がした。

 ガシャン、と鉄の軋む音。


 近衛が剣を構える。

 王が私を庇い、奥へ進んだ。


 崩れた柱の影に、ひとりの影が立っていた。

 白い雪を背に、黒い外套をまとった人影。

 顔は見えない。

 だが、その立ち姿には見覚えがあった。


「……まさか」


 王が低く呟く。

 その人影がゆっくりと顔を上げた。


 ――そこにいたのは、確かに彼だった。


 血のような傷跡を頬に残し、片目を覆う布。

 けれど、その口元にはあの頃と同じ穏やかな微笑み。


「……随分と探しましたね、陛下」


 空気が凍る。

 誰も息をしていなかった。


「カイン……なのか」

「ええ、殿下。……いえ、“陛下”」


 笑いながら、彼は剣を抜いた。


「ここでは、誰が味方で、誰が敵か。

 ――それを確かめる時が来たようです」


 風が渦を巻き、雪が吹き上がる。

 焚き火が消え、闇が覆う。

 その中で、カインの声だけが鮮明に響いた。


「生き残ったのは、俺だけではない。

 “黒の修道団”の残党が、この国を取り戻そうとしている。

 ――殿下、貴方の王座が狙われています」


 剣の音が鳴る。

 風が吹き荒れる。


 死んだはずの騎士が、再び立っていた。

 かつて愛した主と、もう一度剣を交えるために。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ