工場の事故報告書が、ホラーすぎる件
「えっと、これが前任の山田さんが残した報告書ファイルか……」
四月一日付けで深和工業の安全管理責任者に着任した俺、佐藤健一は、段ボール箱いっぱいに詰め込まれたファイルを前に溜息をついた。前任の山田氏は三月末で突然退職したらしく、引き継ぎもろくにできていない。人事部からは「急な体調不良で」としか聞いていないが、二十年も勤めた人間が引き継ぎもせずに辞めるなんて、よほどのことがあったのだろう。
とりあえず、直近の報告書から確認していこう。ファイルを開くと、几帳面な字で書かれた『令和六年度 第四四半期 事故報告書』というタイトルが目に入った。ざっと見た感じ、軽微な事故が数件。まぁ、工場なら普通だな。
最初のページをめくる。
事故報告書No.2024-Q4-001
発生日時: 令和7年1月5日(金)14時30分頃
発生場所: 第二工場B棟 通常製造ライン
報告者: 安全管理責任者 山田太郎
事故種別: 軽微な打撲
概要:
作業員K(勤続3年)が部品運搬中に躓き、右膝を床に打ち付けた。本人は「大丈夫です」と述べ、そのまま作業を継続した。念のため保健室で湿布を貼付。翌日も通常通り出勤している。
対策:
床面の段差をテープでマーキングし、注意喚起を実施。
「ふむ、まぁ普通の報告書だな」
俺は次のページをめくった。
事故報告書No.2024-Q4-002
発生日時: 令和7年1月12日(金)03時15分頃
発生場所: 第二工場B棟 地下倉庫
報告者: 安全管理責任者 山田太郎
事故種別: 軽微な裂傷
概要:
深夜点検中の作業員M(勤続5年)が、地下倉庫で在庫確認をしていた際、棚の角で左手を切った。傷は浅く、消毒と絆創膏で処置。作業員Mは「薄暗くて見えなかった」と述べたが、照明は正常に機能していた。なお、地下倉庫には普段立ち入らないため、今後は施錠することとした。
備考:作業員Kも一緒にいたが、無傷であった。
「深夜3時? なんでそんな時間に点検を……」
違和感を覚えながらページをめくる。というか、さっきの報告書で怪我したKがもう深夜点検って、労務管理どうなってんだ。
事故報告書No.2024-Q4-003
発生日時: 令和7年1月19日(金)03時30分頃
発生場所: 第二工場B棟 地下3階機械室
報告者: 安全管理責任者 山田太郎
事故種別: 機械への巻き込み(軽傷)
概要:
定期点検で地下3階に降りた作業員T(勤続10年)が、機械室で右腕を軽く挟まれた。すぐに作業員M、作業員Kが救助し、大事には至らなかった。作業員Tは「機械が勝手に動いた」と主張したが、電源は切られており、誤作動の可能性はない。疲労による幻覚と思われる。
備考:地下3階は通常使用していない区画だが、なぜか作業員たちが集まっていた。理由を聞いても「なんとなく」としか答えない。
備考2:この頃から作業員Kの顔色が妙に良くなった。むしろ血色が良すぎる。
「地下3階? うちの工場、そんなに深いっけ……」
図面を確認しようと思ったが、とりあえず報告書を読み進めることにした。次のページ。
事故報告書No.2024-Q4-004
発生日時: 令和7年1月26日(金)03時45分頃
発生場所: 第二工場B棟 地下7階祭壇室
報告者: 安全管理責任者 山田太郎
事故種別: 原因不明の負傷
概要:
作業員K、M、T、およびS(勤続2年)、Y(勤続7年)、O(勤続15年)が地下7階で発見された。全員が円形に並んで座り込んでおり、意識は朦朧としていた。なお、O以外は全員軽傷で済んだ。
作業員Oは両手に深い傷があり、大量に出血していたが、本人は「気持ちいい」と繰り返すのみ。病院に搬送しようとしたが、他の作業員たちが「まだ早い」と阻止した。結局、工場の保健室で応急処置をした。
備考:地下7階には「祭壇室」などという部屋は図面上存在しない。しかし、確かにそこには石造りの祭壇があり、作業員Oの血で何かの図形が描かれていた。写真を撮ろうとしたが、カメラが全て故障した。
備考2:作業員Kが時々、複数いるように見える。目の錯覚だろうか。
「は? 祭壇室? ちょっと待て、これ報告書として成立してないだろ」
背筋に冷たいものを感じながら、次のページを開いた。文字が少し乱れ始めている。
事故報告書No.2024-Q4-005
発生日時: 令和7年2月2日(金)04時00分頃
発生場所: 第二工場B棟 地下12階深淵
報告者: 安全管理責任者 山田太郎
事故種別: 変容
概要:
もはや事故とは呼べないかもしれない。作業員Kが増殖している。今朝の点呼では7人のKがいた。全員が同じ顔で微笑んでいる。
他の作業員たちは特に驚いた様子もなく、むしろ嬉しそうだ。作業員Mは「Kさんがたくさんいれば、仕事が楽になる」と言った。確かに生産効率は417%向上している。
地下12階で見つけた古い碑文によると、我々の工場は「門」の上に建てられているらしい。1月5日にKが転んだのは偶然ではなかった。あれは儀式の始まりだった。
備考:私も最近、自分の影が複数あることに気づいた。
「やばい、前任者の山田さん、完全におかしくなってる」
震える手でページをめくる。もう報告書の体を成していない。殴り書きのような文字が並んでいる。
事故報告書No.2024-Q4-006
発生日時: 令和7年2月9日(金)■時■分頃
発生場所: 第二工場B棟 地下█階 繭の間
報告者: 山田太郎? 山田太郎たち?
事故種別: 孵化
概要:
作業員Kは128人になった。いや、もはやKとは呼べない。アレは■■■だ。
工場の地下は際限なく深い。エレベーターで降りること6時間、たどり着いた最深部には巨大な繭があった。その中で■■■が脈動している。
作業員Oが「美しい」と言いながら繭に触れた瞬間、彼の肉体は分解され、繭に吸収された。しかし、翌日のタイムカードには彼の打刻があった。出勤時刻は紀元前3000年となっていた。
備考:読んでいるあなたへ。もし私の後任としてこれを読んでいるなら、すぐに逃げてください。いや、もう遅いかもしれない。あなたの影を数えてみてください。
最後のページ。文字というより、もはや記号の羅列に近い。かろうじて読める部分だけを拾い読みする。
事故報告書No.2024-Q4-███
発生日時: ■■■■年■月■日(■)■時■分■
発生場所: すべて どこでも いつでも ■■■
報告者: ■■■■■■■■■■
事故種別: 完成
Kは完成した。
我々も完成した。
工場は■■■を生産している。
いいえ、工場が我々を生産している。
いいえ、我々が我々を生産している。
4月1日、新しい管理者が来る。
佐藤健一。
彼もまた、Kになる。
すべてのKになる。
K K K K K K K K K K K K K K K K K K K K K K K K K K K K K K K K K K K K K
「4月1日、佐藤健一……?」
俺の名前だ。俺の入社日だ。
震える手で最後の一枚をめくると、そこには一枚の写真が挟まっていた。工場の集合写真のようだが、写っている全員が同じ顔をしている。そして、その顔は――
「これ、俺の顔じゃないか」
写真の裏を見る。そこには几帳面な字でこう書かれていた。
『令和7年4月1日 入社式記念撮影 於:第二工場B棟地下25階大ホール』
今日は4月1日。俺の入社日。でも、なぜ俺は既にここにいる? なぜこの報告書を読んでいる? そもそも、前任の山田さんとは誰だったのか?
ふと、窓ガラスに映る自分の姿を見た。そこには確かに俺がいた。佐藤健一がいた。
いや、よく見ると、佐藤健一が二人いた。
三人になった。
七人になった。
窓ガラスが割れるほど、たくさんの俺で埋め尽くされた。
「ああ、そうか」
理解した。最初から俺はKだったのだ。作業員Kの一人だった。そして山田太郎もKだった。すべての従業員がKであり、これから入社する者もKになる。
机の上のカレンダーを見る。令和7年4月1日。いや、違う。よく見ると令和6年4月1日だ。いや、平成7年4月1日? 昭和? 大正? 数字が踊って読めない。
パソコンの画面に「新規作成」のウィンドウが開いている。そこには既にタイトルが入力されていた。
『令和7年度 第一四半期 事故報告書』
俺は、いや、俺たちは椅子に座った。キーボードに手を置いた。最初の報告を書き始めた。
事故報告書No.2025-Q1-001
発生日時: 令和7年4月1日(月)14時30分頃
発生場所: 第二工場B棟 通常製造ライン
報告者: 安全管理責任者 佐藤健一
事故種別: 軽微な打撲
概要:
新入社員S(勤続0年)が部品運搬中に躓き、右膝を床に打ち付けた。本人は「大丈夫です」と述べ、そのまま作業を継続した。念のため保健室で湿布を貼付。
備考:Sは明日も通常通り出勤する。必ず出勤する。皆と同じように。
報告書を書き終えると、ドアをノックする音がした。
「失礼します。本日付けで配属されました新入社員の鈴木と申します」
振り返ると、そこには若い男が立っていた。まだKではない、新鮮な顔。
「ああ、鈴木くん。ようこそ東和工業へ。私が安全管理責任者の佐藤だ」
俺は、いや、俺たちは微笑んだ。影が複数ある手を差し出した。
「まずは、前任者の報告書でも読んでもらおうか。仕事を理解するには、過去の記録を知ることが大切だからね」
段ボール箱を彼の前に置く。中には、俺が読んだものと同じファイルが入っている。いや、これから俺が書くファイルが入っている。時間など関係ない。すべては円環している。
鈴木が最初のページを開いた。
「えっと、これが前任の佐藤さんが残した報告書ファイルか……」
ああ、始まった。また一人、Kが生まれる。
窓の外を見ると、工場の煙突から黒い煙が上がっている。生産は続いている。何を生産しているのかは、もう思い出せない。
いや、思い出した。
我々は、我々を生産している。
永遠に。




