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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

復讐を誓った悪役令嬢ですが、なぜか毒を盛ってきた王子に溺愛されています

作者: 猫又ノ猫助

 毒が体に回る。


 私は、苦痛に喘ぎながら、私に毒を持った男を見上げた。愛した第二王子レオンハルト。彼は、冷たい笑みを浮かべ、毒に苦しむ私を静かに見降ろしていた。


「どうして……?」


 震える唇から、掠れた声がこぼれる。彼は何も答えない。ただ、この世の全てを嘲笑うかのように、歪んだ笑みを深くした。


「あなたは……私を愛してはいなかったのですね……」


 視界が黒く染まり、意識が遠のいていく。最後に胸に残ったのは、愛が裏切られた絶望と、彼への深い憎しみだった。


 ――もし、もう一度機会があるのなら。この憎しみを晴らすため、あなたを殺してみせる


 そう思いながら、深い暗闇へと落ちていった


 ◆


 次に目覚めた時、私は自分の部屋のベッドにいた。見慣れた天蓋、柔らかなシルクのシーツ。しかし、何かがおかしい。


 窓の外は、淡い陽光が差し込み、庭の木々は若葉を輝かせていた。毒を盛られた日は、真冬の凍えるような夜だったはず。窓の外から漂う、甘く優しい春の香りが、記憶とずれていることを教えてくれる。


 私はゆっくりと体を起こし、鏡台に向かった。そこに映るのは、毒に侵される前の、健康的な血色をたたえた私の顔。そして、机の上には、毒を盛られる数日前に届いたはずの、レオンハルトからの手紙が置かれていた。


「……嘘……」


 震える手で、その手紙を手に取る。日付を確認する。それは、私の人生を終わらせた日から、数ヶ月も前に遡っていた。


 悪夢のような光景は、鮮明すぎる現実の記憶として、私の心に焼き付いていた。だが、今の私は、あの悲劇が起きる数ヶ月前の時間に戻っている。


「レオンハルト……」


 憎しみを込めて、彼の名を呟く。あの冷酷な瞳、歪んだ笑み。全てが偽りだった。私の愛を踏みにじった彼に、もう一度、愛を語る機会など与えない。私は、前世の純粋さを捨て、復讐の刃を心に宿した。


 数日後、私はレオンハルトとのティーパーティに赴いた。彼の前では、以前のように従順で愛らしい令嬢を演じた。


「アナスタシア。会いたかった」


 レオンハルトはそう言って、私の手を取り、優しく微笑んだ。その声も、表情も、前世の記憶とはかけ離れたものだった。前世の彼は、感情を一切見せなかった。だが、今世の彼は、まるで私に心底惚れ込んでいるかのように振る舞う。


「殿下……わたくしも、お目にかかれて光栄です」


 私は微笑みを浮かべながら、内心では冷ややかに彼を観察していた。この優しい仮面の奥に、あの冷酷な本性が隠されている。そう確信していたからだ。


「このドレス、君にとても似合っている。以前から思っていたが、君は本当に私の理想の女性だ」


 そう言って、彼は私の手を握った。その手は、温かく、そして、どこか震えているようだった。


「ご冗談を……わたくしなど、殿下の理想には程遠いですわ」


「いいや、違う」


 レオンハルトは、私の言葉を遮り、真剣な眼差しで私を見つめた。


「君は、誰よりも私の理想だ。……もし、二度と会えなくなるとしたら、私はきっと生きていけないだろう」


 その言葉に、私は心の中で冷笑した。愛を語るのは、罠に嵌めるためだろうか。


「まさか、そんな……」


 私は言葉を濁し、彼の視線から逃れた。彼の溺愛は、まるで復讐の刃を鈍らせるための、甘い毒のように感じられた。


(いいわ。その甘い毒、全て飲み込んでやる。そして、その毒が効かなくなった時、あなたの本性が現れる。その時こそ、私の復讐の時よ、レオンハルト)


 私は、内心で静かにそう呟いた。


 ◆


 レオンハルトとのティーパーティから数日後、私は早速、復讐計画の第一段階を実行に移した。意地の悪い令嬢――悪役令嬢を演じ、社交界で彼の名に泥を塗るのだ。


 その日の夜会で、私はわざと高慢な態度をとり、婚約者であるレオンハルトの名をまとめて陥れるため、取り巻きの令嬢たちにくだらない嫌味を言い放った。


「まぁ、そのドレスの色、流行遅れでいらっしゃいますわね」


 隣の令嬢が顔を赤らめるのを見て、内心で冷ややかに笑う。前世の私なら、こんなことは絶対に言わなかった。でも、もう違う。憎むべき男を破滅させるためなら、どんな役でも演じてやる。


 しかし、私の思惑は簡単に裏切られた。


「アナスタシア。君は本当に流行に敏感だな」


 レオンハルトが、そう言って私の隣に静かに立った。彼は、顔を赤らめた令嬢に優しい笑みを向けながら、こう続けた。


「私の無粋な流行の感覚を、彼女はいつも正してくれる。君の言葉は、いつも的確で、私にとって欠かせないものだ」


 彼の言葉に、周囲の令嬢たちは私を見る目が一変した。嘲笑は消え、尊敬の眼差しに変わっていく。レオンハルトは、私の悪役の仮面を、巧みに「彼を支える完璧な令嬢」という役割にすり替えたのだ。


(なぜ……なぜ、私をかばうの?)


 私の心は混乱に陥った。彼を憎んでいるはずなのに、彼が私を守るたびに、胸の奥がざわつくのを感じる。


 次の週、私は彼を陥れるため、毒薬の調合を始めた。錬金術の知識を使い、部屋に怪しげな薬草と実験器具を並べる。しかし、その夜、レオンハルトが予告なく私の部屋を訪れた。


「こんな夜遅くまで、何をしているんだ?」


 彼は、机の上に並んだ薬草を見るなり、顔色を変えた。その瞳には、恐怖と焦りが浮かんでいる。私は、彼の動揺を見て、ほくそ笑んだ。これが、彼の本性だ。


「殿下、ご心配なく。これは、殿下のために愛のポーションを……」


 わざと甘ったるい声で嘘をつく。しかし、彼の反応は私の予想を遥かに超えていた。


「バカなことを言うな! ここにあるのは毒薬の元になる物ばかりじゃないか! なぜ、こんな危険なものに触れるんだ!」


 彼は怒鳴るようにそう言って、私の手を強く掴んだ。その手は、かつて私を毒殺した手と同じなのに、今は私を守ろうとしている。


「君は……君は私にとって、この世界で一番大切な人なんだ」


 震える声でそう告げた彼の瞳は、前世で私を殺した男の冷たい瞳とは、全くの別物だった。私の心は、完全に混乱に陥った。


(どうして……? 彼は、なぜこんなにも私を愛している様なふりをするの?)


 復讐の計画は、彼の理不尽なまでの愛によって、ことごとく崩壊していく。彼の行動は、私を陥れるための罠ではなく、まるで、私を守るためだけに存在しているかのようだった。


 私の復讐心は、彼の行動によって、揺らぎ始めていた。


 ◆


 レオンハルトの不可解な行動に、私の心は混乱していた。復讐の刃を鈍らせるためか、あるいは、何か別の目的があるのか。彼の行動に隠された真実を突き止めるため、私は再び彼の部屋に忍び込むことを決意した。


 その夜、月明かりだけが差し込むレオンハルトの書斎は、静寂に包まれていた。私は、懐から毒薬を取り出す。今度こそ、誰にも邪魔されない。


 私は震える手で、毒薬を彼のティーカップに塗り込もうとした。その瞬間、視界の端に、机の隅に置かれた一冊の日記が映り込んだ。頻繁にめくられているのか角が丸くなったその日記は、まるで私に見つけられるのを待っていたかのように、そこに佇んでいた。


 私は、毒薬を一旦置き、日記に手を伸ばした。表紙には見慣れた筆跡で、こう綴られていた。


『私は、彼女を二度と失わないと誓った。』


 その文字を見た途端、私の心臓が大きく跳ねた。それは、私が前世で彼を愛していた頃、互いに交わした言葉だった。まさか、そんな偶然があるだろうか。


 私は、息を潜めてページをめくった。そこには、私の知らないレオンハルトの苦悩が記されていた。


 ――私は、君の不眠症を治すためだという兄の言葉を信じ、渡された薬を君に飲ませてしまった。君は、無垢な瞳で薬を受け取り、微笑んでくれた……。しかし、数分後、君は苦しみ出し、私の腕の中で息を引き取った。


 私は、絶望と混乱の中で兄を問い詰めた。そこで、ようやく真実を知った。兄は私達のことを疎んでおり、その事から不眠症を治す薬だと偽って、君を殺すための毒薬を渡していたのだと。そのことを聞いて怒りのままに兄に掴みかかったが、直ぐに衛兵に取り押さえられてしまい、幽閉された私は君を殺したものに復讐すらできず、愛する君もいなくなった世界に何の価値も見いだせず、君に飲ませたのと同じ薬を煽り、後を追うことにした。


 目が覚めると、私はなぜか、過去に戻っていた。そして、また君に会うことができた。あの時、君が息を引き取る瞬間、私は君に愛していると告げることさえできなかった。もし、次があるなら、二度と臆病にはならない。もっと、真っ直ぐに、君に愛情を伝えようそう誓った。


 ――私は、君の命を奪った兄を、必ず破滅させる。すでに、兄の不正を暴くための密偵を放っている。この人生では、君を守り、そして君を裏切った者たちに、相応の報いを与えなければならない。


 日記のページには、そう綴られていた。


 私は日記を読み終えた時、その場に崩れ落ちた。毒薬の小瓶が、床に転がり、鈍い音を立てる。


 憎しみに満ちた日々、復讐に燃えた心。その全てが、音を立てて崩れ去っていく。私が殺そうとしていた相手は、この世界で唯一、私を愛し、私を守ろうとしていた人だった。私の復讐心は、彼の真実の愛によって、完全に打ち砕かれた。


 ◆


 翌朝、私はレオンハルトを問い詰めるために食堂へと向かった。


 手には、彼の日記がしっかりと握られている。


 私は、朝食の席でレオンハルトと向かい合った。彼はいつも通り、私に優しく微笑みかける。しかし、その瞳の奥に隠された苦悩を、私はもう知っている。彼の無意識の行動、そして私を守ろうとする彼の言葉の全てが、日記と重なり、一つの愛の形となって私の中に流れ込んできた。


「レオンハルト殿下。……この日記は、本当なのですか?」


 私が震える声で尋ねると、彼の顔から血の気が失せた。彼は周囲に人がいないことを確認し、静かに頷いた。


「どうして……どうして、何も話してくれなかったのですか?」


 私の問いに、レオンハルトは悲痛な表情で答えた。


「転生した後に再開した君の瞳を見て、私は即座に君も時間遡行している事に気づいた。君は、私を深く憎むような眼をしていたからね――。ただその憎しみさえも、君が生きている証だったし、何より君には私を憎む権利があった。下手に私もかつての記憶を持っている事を知り、君を苦しめたくなかったんだ……」


 彼は、前世の贖罪のため、そして兄の陰謀を一人で暴くために、すべてを隠していたのだ。私は、彼の孤独な戦いを思うと、胸が張り裂けそうになった。


「レオンハルト、私たち、力を合わせましょう。ルドルフ兄様を止めるために」


 私は、彼の震える手に、そっと自分の手を重ねた。彼の瞳に、驚きと、そして深い安堵の色が浮かんだ。二度目の人生で初めて、私たちの心が一つになった瞬間だった。


 ◆


 ルドルフの悪事を暴く日は、王国の最も重要な儀式の一つ、新年の祝賀会と定められた。その夜、王都の大広間は、華やかな貴族たちで埋め尽くされていた。


 ルドルフは、国王に次ぐ王太子として、傲慢な笑みを浮かべていた。彼は、今夜、レオンハルトを貶める最後の陰謀を実行に移すはずだった。


「レオンハルト。陛下への報告は済んだのか?」


 ルドルフは、レオンハルトに嘲るような視線を送る。その挑発に、レオンハルトは静かに頷いた。


「ええ、兄上。陛下には、すべてご報告いたしました。……兄上が国庫から、不正に横領した額の、詳細を」


 その瞬間、大広間の空気が凍りついた。ルドルフの顔から、一瞬で血の気が失せる。


「何を馬鹿なことを……!」


 彼は怒鳴るように叫んだが、その声は震えていた。その時、国王が厳かな声で口を開いた。


「ルドルフ。お前の不正は、全て明らかになっている」


 ルドルフは顔を真っ青にして、国王にすがりつこうとした。


「陛下!これは、レオンハルトの罠です!奴は私を陥れようと……!」


 しかし、その言葉はレオンハルトによって遮られた。彼は静かに、そして確信に満ちた声で告げる。


「兄上。あなたが言い逃れできない証拠は、すでにすべて提出済みです。王都の貧困地区に、あなたが横領した金で建てられた屋敷があります。その屋敷の所有権を証明する書類には、あなたの署名と、完璧な筆跡が残されています。さらに、あなたが毒薬の専門家から、私を陥れるための薬を購入していた領収書も、証拠として提出済みです」


 彼の言葉が広間に響き渡る。ルドルフは言葉を失い、ただ呆然と立ち尽くした。


 そこに、私が静かに一歩前に出た。


「ルドルフ殿下。あなたの悪行は、それだけではありませんわ。あなたが、わたくしの不眠症を治す薬だと言って、レオンハルト殿下に渡した毒薬の処方箋。その筆跡も、あなたのものと完全に一致いたしました」


 ルドルフは、私を憎悪に満ちた目で睨みつけた。しかし、もはや彼の反論は通じない。すべての証拠は、完璧に揃っていた。


 国王は、深く嘆息し、ルドルフに冷たい視線を向けた。


「ルドルフ。お前の悪行は、国を、そして家族を裏切った。王太子としての資格は、もはやない」


 その言葉に、ルドルフは膝から崩れ落ちた。彼の地位も、名誉も、すべてを失った。


 すべてが終わった後、レオンハルトは私を抱きしめた。


「君を失ったあの時、私の世界は終わった。だが、今は違う。君がいる。二度目の人生で、君を見つけることができて、本当に良かった」


 彼の言葉に、私は静かに涙を流した。私たちの愛は、一度は毒によって引き裂かれた。しかし、二度目の人生で、それは真実の愛へと昇華した。


 私たちは、手を取り合い、二度と離れることはなかった。

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