表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

断水の村【夏のホラー2025】

作者: ルキオラ

------1日目


八月の熱気は、アスファルトの上で揺らめいていた。


気温は朝から三十七度。家にはエアコンが無い。

窓を開けても、生ぬるい風が押し返してくるだけだった。


蝉の声は耳を圧迫するように響き、首筋を汗がつうっと伝った。


蛇口をひねる。


ーーゴポッ、ゴポッ。


空気の泡が喉を鳴らすような音だけが響き、水は一滴も落ちてこない。


「……まだ駄目か」


額の汗を拭いながら、思わず声に出す。


断水は昨日の昼に始まった。

役場の放送では「配水管の破損が原因」とのことだったが、詳細は不明の様だ。


スーパーやコンビニの棚からはミネラルウォーターを始めとして、お茶やコーヒーなど、ペットボトルが消え、町の人々は数本の水を抱えて帰っていく。


湿った空気が体にまとわりつき、口の中は乾いた紙のようだった。


夕方、外に出ると、道の向こうの古びた平屋で、隣の木村さんが金属のバケツを抱えていた。


「……あれ?」


思わず声が漏れる。中には澄んだ水が揺れていた。


「木村さん、それ……水?水道止まってるはずじゃ?」


「井戸さ。昔からあるやつでな、枯れたことはない」


木村さんは口の端をゆっくり吊り上げた。


「喉が渇いたら来るといい」


その笑みは、夏の日差しよりも、どこか冷たかった。



------2日目


翌朝も断水は続いた。

役場の広報車が「復旧には今しばらくお時間をいただきます」と機械的な声を流しながら通り過ぎる。


町のあちこちで、ポリタンクや空きペットボトルを抱えた人々がうろついていた。


スーパーの駐車場では、数本の水を巡って小競り合いが起き、怒鳴り声が蝉の鳴き声に混じって響く。


「おい、順番守れ!」

「ふざけんな!こっちは子どもがいるんだ!」


火照った空気に声が刺さり、熱がさらに重くのしかかる。


そんな中、また今日も木村さんを見かける。


昨日と同じバケツを抱え、家の裏から表へ回ってくる。

その水面は日差しを反射してきらきらと光っていた。


「また汲んできたんですか」

「ああ。裏に古井戸があるんだ。今じゃ使っとるのは数えるほどだ」


井戸ーー


町の水道が普及してから、衛生上の問題からほとんどの井戸は埋められたはずだ。


「他の人にも…」


と言いかけた途端、木村さんの笑みがすっと消えた。


「……あんまり人に言わんほうがええ。水ってのは、渇いた人間を狂わせるからな」


その声は、井戸水よりも底冷えがした。



------3日目


三日目の昼過ぎ、外が騒がしい。

窓から覗くと、数人の男たちが木村さんの家の前で怒鳴っていた。


何やら物凄い剣幕だ。

連日の猛暑で苛立ちもあるのだろう、男達は殺気立っていた。


「水を分けろ!」

「昨日はくれたじゃないか!」


木村さんは首を横に振る。


「もう無い。今日はもう汲んでないんだ」


男の一人が木村さんに掴みかかり、突き飛ばす。


「嘘をつけ!独り占めするつもりかっ?!」


これはヤバい、止めに入らなければ木村さんに怪我をさせてしまう程の剣幕だ。


「ちょっと、アンタ達落ち着きなよ」


男と木村さんの間に駆け寄る。


その時、誰かが裏口に回り、叫んだ。


「ここだ!バケツがある!」

「どけっ!」


男は私を押しのけ、小走りで裏手に回る。


「ちょっと、アンタ待ちなよ!」


男の後を追いかけると、裏には一瞬で人が押し寄せ、金属のぶつかる音と水がこぼれる音が響いていた。


バケツの水は地面に吸い込まれ、土が黒く染まった。


「返せ!」


木村さんが突き飛ばされる。


「やめろ!」


と私が叫んでも、肩を乱暴に押され、井戸の縁に背中を打ちつけた。


「ぐあっ!」


その衝撃で視界が揺れ、暗く深い穴が、陽炎の奥で口を開けていた。


頭が井戸の縁に当たり、世界が水底に沈むように暗くなった。


---


目を開けると夜だった。

湿った土の冷たさが服に染み、頭がずきずきと脈打つ。


井戸の底では、月明かりが水面に滲み、揺れている。

しかし、よく見るとその奥には、白く細いものが浮かび上がっていたーーそれは人の手だった。


戦慄する私の背後から、静かに声を掛けられる。


「ああ、また浮いてきたか」


ビクッと身体を強張らせ、振り返る。

声の主は木村さんだった。

声を震わせながら問いかける。


「…あ…あれは何ですか」


「昔はな、いらん奴をここに沈めとったんだ。借金踏み倒した奴、口の軽い奴、外から来た厄介者……」


息を呑む私に、木村さんは続ける。


「この水は山の地下水とつながっとる。流れがあるけえ腐りはせん。……だが、詰まってきたら流れは悪うなる。だから最近は水が減っとった」


木村さんがニヤァと笑う。


「おかげで、みんな渇き始めたろ?」


井戸の水面が波立ち、白い手が二つ、三つと浮かび、こちらに向かって指を開く。


足元の土が崩れ、井戸の闇が私の足首を冷たく舐めた。


「あんたも、ここで渇きを癒やすとええ」


その声は、水の底から響くように低かった。



------4日目


翌朝、町内放送が響いた。


「断水は復旧いたしました。水道をご利用いただけます」


蛇口をひねると水が勢いよく出たが、わずかに黄みを帯び、金属のような匂いがした。


コップに注ぐと濁りが渦を巻く。


「やっと出たなあ」

「これで助かる」


外では住人たちが笑顔で水を飲んでいた。


私はコップに汲んだ水を流しに捨てた。


流れる水音が耳にこびりつく。

あの井戸の底で揺れていた白い手と同じものが、今この水の中に混じっている様に思えてならなかった。


------


夕方、再び放送が流れた。


「水道水は安全です。安心してお飲みください」


蛇口を開けると、配管の奥から、ゆっくりと水が流れる音がした。


それは水音にも聞こえたがーー


人の笑い声にも聞こえた。


読んで頂きありがとうございます!

他も投稿してます。お時間有ればどうぞ!


3話で終わるサクッとファンタジー

https://ncode.syosetu.com/n9854ku/


連載中 異能バトル

https://ncode.syosetu.com/n1621ks/

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ