その暴力は美しかった
志乃がスキルによって手に入れたのは「心を許せる誰か」。
ただの仲間ではない。
守ってくれる存在でもない。
もっと曖昧で、もっと危うい、心の深いところに触れる存在だった。
その「誰か」として生まれたのが、彼女なのだろう。
かつて志乃が殺した、あの巨大な狼のボス。
彼女は、人の姿をしていた。
整った顔立ちに、乱れのない髪。
無表情で、まるで感情が希薄なように見えるその瞳。
けれど、正座をし、丁寧に言葉を選びながら話す姿は、明らかに「人間としての礼儀」を知っていた。
「言葉や風習は……どうやって覚えたんです?」
志乃がそう尋ねたとき、彼女は当たり前のように答えた。
「心を許せる存在として形成される際に、人間としての基本的な情報が私の脳に反映されました」
スキルによって創られた存在・
その定義に従って、彼女は「志乃が安心できる人間」に最適化されたのだという。
つまり、礼儀や言葉、家屋内での振る舞い。
人間社会のごく基本的な常識が、最初から「インストール」されているのだ。
彼女は狼だった。
それでも、今は茶を出されれば正座し、問われれば敬語で応じる。
だがその「人間らしさ」の奥に、確かにまだ「獣」としての彼女がいる。
笑うときの、あの瞳。
そして、志乃を見つめるときの静かな熱。
それは確かに、剣呑とした印象を与えた。
「……服はどうしたんです? それも“作られた”とか?」
志乃はふと思いついた疑問を、半ば冗談めかして口にした。
それまで淡々とした口調だった少女は、ほんのわずかに首を傾け、
あくまで冷静に──けれど、まったく予想外の答えを返した。
「いえ。外で喧嘩を売ってきた男たちから、奪いました」
「……」
志乃の思考が一瞬止まる。
「いや、それ犯罪ですが……」
遠くで、パトカーのサイレンが聞こえる。
高層ビルの谷間を縫うように、音がゆっくりと流れてくる。
思わず背筋に冷たいものが走ったが、幸い、音は次第に遠ざかっていった。
「……ホントに、人間の情報、反映されてるんですかね」
志乃は頭を抱えたくなった。
あまりにも急展開すぎて、思考が追いつかない。
(仲間が欲しかっただけなんですが……)
スキルによって「心を許せる存在」が与えられる──
それは「一緒に戦える誰か」くらいを想像していた。
まさか、人間ひとり丸ごと作り出すなんて。
しかもその素材が、殺した相手だったなんて。
思い悩む志乃の前で、元狼の少女は、ふと視線を向けてきた。
「以前のイメージと違いますね」
「え?」
志乃は顔を上げる。
「貴女は、もっと野性的で、豪胆な方かと思っていました。私を殺した時の、あの姿から」
「あぁ……」
思い出した。
屋上から飛び降り、狼の目を抉り、頭に乗って、首を足蹴にしたあの瞬間。
理性が飛んでいた。
ただ、「殺さなきゃ」と思っていた。
「あの時は……頭に血がのぼってましたから」
少し、頬が熱くなる。
冷静さを失っていたあの自分を、誰かに見られていたと思うと、やっぱり恥ずかしい。
だが。
「私は、好きでしたよ。あの時の貴女が」
少女の瞳が、まっすぐに志乃を射抜く。
その目は、あのとき、屋上で対峙した狼のものと同じだった。
「私の眼を刺し、頭に登り、首を踏み砕こうとした貴女の姿」
「あれが、狼としての私の最後の記憶です」
「そして、その姿は──美しかったです」
彼女の声には、誇りのような、祈りのような、そしてわずかな狂気が混じっていた。
志乃は息を呑む。
自分が見せた「暴力」を。
誰かが「美しい」と言ってくれるなんて、予想外だった。
だけどそれが──ほんの少し、嬉しかった。
それは優しさじゃない。
理解でも、慰めでもない。
一匹の狼としての、評価だったからだ。
志乃は、視線をそらせなくなっていた。




