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心を許せる人が欲しい

ラーメンを食べ終えた器を、志乃はそっと流し台に置いた。

スープは飲み干さなかった。味は好みだったが、口に残る脂が気になった。


ふぅ、と一息ついてスマホの画面を暗くする。

人気配信者の「テンプレ斬撃」は、既にダンジョンボスを斬り終え、エンディングトークに移っていた。


代わりに、脳裏にはあの夜の記憶が蘇っていた。


あの時。


高層ビルの屋上から、落下する最中に。

狼に左腕を喰われながらも、それを逆手に頭を押さえつけ、共に落下し。

狼を「殺した」あの瞬間。


世界が止まった。


全てが静止した中で、ただ彼女だけが動ける時間。


腕のモニタに通知が浮かんでいた。


「単独でのダンジョンボス討伐確認」


「スキルを得る権利を獲得」


「選択が完了するまで、物理法則を停止します」


凍りついた血飛沫の中、少女はただ一人、選択を迫られていた。

スキルを得る権利。

話には聞いたことがある。


それは、願いに応じて与えられる特殊な「力」

ただし、細部は選べない。

願いが曖昧であれば、それに応じて曖昧な力となり。

願いが大きすぎれば、相応の代償を伴う。


慎重に選ぶべきだった。

けれど、志乃はその時、深く考える余裕などなかった。


彼女は願った。


「心を許せる人が欲しい」


いま思えば、もっと明確な願いにするべきだった。

「共に戦える仲間が欲しい」とか。

「信頼できる支援者が欲しい」とか。

「コメントを導ける能力が欲しい」とか。


けれど、あの時の志乃は、ただひとつの感情に突き動かされていた。


「ひとりじゃ無理だ」


そう、心の底から思っていた。

頭に血が上ると、歯止めが効かない。

誰かが止めてくれなければ、自分はきっと自分を殺してしまうだろう。


だからこそ、「心を許せる誰か」が、どうしても欲しかったのだ。


そして。

その願いは、確かに叶った。

志乃の意図した形ではなかったが。


チャイムが鳴った。


夕暮れの薄明かりが差す部屋に、その電子音はやけに甲高く響いた。

志乃は眉をひそめた。配達の予定はない。友達もいない。

それでも、体は自然と立ち上がり、玄関へ向かう。

ドアスコープを覗く。

そこには、少女が立っていた。


年は自分より少し下。

目が合うと、ぺこりと頭を下げた。


無表情。

まるで、意思が抜け落ちたような瞳。


けれど、志乃は直感した。


──この子だ。


自分が、あの時に願った「誰か」

扉を開け、志乃は問うた。


「……あなたの名前は?」


少女は少しだけ首を傾げて、答えた。


「あなたが、付けてください」

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