配信上のテンプレート
「テンプレコール!」
画面の中、人気配信者が叫ぶ。
即座にコメント欄が色めき立った。
「光の剣!」
「光の剣で斬って!」
「光の剣!光の剣!」
「きた光の剣タイム!!」
──そして、現れた。
配信者の手に、視聴者の「想像」と「熱狂」によって生まれた、まばゆい剣。
形状は様々だが、名は一つに統一されている。
光の剣。
元は配信者が勝手にネット上で語った「設定」に過ぎなかった武器。
だが、視聴者に刷り込まれたテンプレコメントによって、それは実体を持ち、力を帯びる。
──言霊。
この世界で、最も荒唐無稽で、最も現実的な現象。
「コメントに力がある」という前提が、既に当然のこととして認識されているこの時代。
影響力のない配信者がどれだけ願ったところで、視聴者は勝手気ままに言葉を投げるだけだ。
時に悪意で、時に無関心で。
だが人気配信者は違う。
視聴者は彼らの「テンプレコール」に応じて、魔法のような同調を見せる。
「光の剣」──それは視聴者たちの熱狂が具現化した、神にも等しい刃。
画面の中、ボスモンスターが両断される。
そのまま崩れ落ちる様子を視聴者が喝采で迎えた。
「かっけええええ!」
「光の剣つえーわ」
「自衛隊要らんだろこれ」
「この人、実質勇者やん」
その配信を、ラーメンをすすりながら眺めている者がいた。
篠崎志乃。
一見、どこにでもいそうな女子高生。
けれど、彼女はつい先日──高層ビルで発生したダンジョンにて、ボスである巨大な狼を、たった一人で殺した少女だった。
殺す直前に、配信のコメント欄に流れた言葉は一つ。
「殺せ」──それだけ。
彼女はそれに従い、超常の力を得て、狼の頭蓋を踏み砕いた。
けれど、今。
その恐るべき瞬間の記憶を持つ彼女は、コンビニで買った塩とんこつを静かにすすっていた。
「……うらやましいですね」
志乃は、小さく呟いた。
人気配信者の華やかさでもなく。
彼を応援する視聴者たちの熱狂でもなく。
──あの「テンプレ」が、羨ましかった。
自分の時にはなかった。
あの時、コメント欄はバラバラだった。
「死ぬな」「落ちろ」「逃げて」「バカ」「笑った」──
雑多な言葉が飛び交い、笑い、嗤い、囃し立てていた。
だからこそ、最後に現れた「殺せ」という指令が際立った。
それが言霊になり、彼女に宿った。
けれど、それは「剣」ではなかった。
「正義」でもなかった。
ただの、暴力だった。
狼の頭を踏み潰した瞬間の「あの音」を、志乃は今でも耳の奥に残している。
(あれが……言霊の力……)
もはや夢のようだった。
ラーメンの湯気と、スマホの光と、コメントの喧騒の中で。
篠崎志乃という名は、まだ誰も知らない。
彼女の配信は、視聴者数30未満。
コメントは無秩序。
彼女の「力」は、まだ伝説にもなっていない。
でも、それでも。
あの瞬間の跳躍を。
あの一撃を。
志乃自身だけは、確かに覚えていた。
次にダンジョンが現れたら──
次にまた、戦う機会が来たら──
その時は、自分の意志で「テンプレコール」を叫んでみようか。
そう思いながら、篠崎志乃は最後の麺をすする。
まるで、自分の中の炎を燃やすように。