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7、ベアトリーチェと公爵夫人




「ニナ、貴方は外で待っていて」


「大丈夫でしょうか」


「大丈夫かは分からないけれど、きっとレベッカ様は貴方を外に出すと思うから」


「かしこまりました」


 ニナはベアトリーチェに言われたように大人しく公爵夫人の部屋の前で立ち止まり、ドアをノックすると「はーい」と間延びした声が聞こえ、確認し扉を開けた。


「あ、そこの貴方は入ってこないで。ベアトリーチェと二人で話したいから、貴方たちも出て行って。もしかしたらベアトリーチェを叱って大きな声が聞こえてくるかもしれないけど、絶対入ってこないでね。私何しちゃうか分からないわ」


 何でもないように脅し文句のような言葉が聞こえ、扉の横で聞いていたニナは顔を上げてベアトリーチェを見やった。

 心配そうな表情を浮かべたニナを安心させるかのようにベアトリーチェは微笑みかけて部屋の中に入る。お茶の準備をしていたメイドたちも出て行かせると、静かに扉が閉められ、部屋の中にはベアトリーチェとレベッカの二人だけが残った。


 部屋の中を窺い見ると想像していた通り、イザベラが大事にしていたドライフラワーの飾りや本などはなくなっており、チェストの中に入れていた宝飾品類が並べられていた。



「そのローブの下は王太子殿下がくれたっていうドレス?」


「はい、そうです」


「ふーん、見せて」


 まるで妹が姉に玩具を見せてもらうかのように声をかけられ、ベアトリーチェは一瞬返事に困る。品のないドレスのため、何を言われるか分からないと思ったからだ。その躊躇いを感じ取ったのかソファに深々と座っていたレベッカは立ち上がり、ベアトリーチェの目の前に立った。



「あのさあ、私が見せろって言ったら見せるの。分かる? ねえ、返事しなさいよっ」



 今まで普通に話していたのだが急にフーフーと怒っているように鼻息が荒くなり、目は充血しているのか赤い。眼前に来たレベッカの顔は、30を過ぎた女性にしては顔立ちは少しだけ童顔ではあったが、同じ年代の女性と同じで年相応に見えた。


「王太子殿下からいただいたものですが、あまりにも不似合いでお見せできるものでは」


 ベアトリーチェは声を荒げるレベッカを落ち着けるように声をかける。明らかに様子のおかしいレベッカを心配し、テーブルの上にあったベルを取ろうとしたが、それはレベッカによって阻止された。


「うっさいっなにしてんのよ! 勝手なことすんじゃないわよ! 誰もそんなこと聞いてないんだから、早く私の言う通りにしなさいよ!」


 子供の絵本に出てくる悪魔のような形相で大声を張り上げ喚き散らし、ベアトリーチェのローブの宝石で作られている留め具をかなりの力で引っ張り引きちぎる。

 あまりの力強さに体はよろけ「きゃっ」と声がこぼれ、同時に着ていたローブは肩からずり落ち、ベアトリーチェと一緒に床へと投げ出された。



 ばさりとローブが床に落ち、隠されていたドレスが見えるとレベッカは大きく口を開けてせせら笑う。



「あらぁやだ、あはははは! なにこのドレス! まるで街にいる娼婦が着るようなドレスだわ! 背中なんて丸見えじゃない! 殿下ってこんなのが好みだったんだぁ……あはは、このストラップ首に回されてる布って横に引っ張ったら大事なところが丸出しになっちゃうじゃん、はっず」



 床に倒れたことでほとんど剥き出しの背中と、乱れたドレスの深いスリットから、すらりと伸びた足が投げ出された。あまりの言われように恥ずかしさでカッと顔を赤らめ、ベアトリーチェは背中を隠すことはできなくとも、投げ出されている足だけはドレスを寄せて隠す。


 その仕草を気にすることなく、レベッカは笑い続けた。



「でもあんたって12? 13だよね、こんな娼婦しか着ないようなドレスが似合っちゃうなんて相当やばいわ。うーん、てかここって執着2だよね……だって今の王妃がアリアっていってたもんな。マジでくそ。てか、私のこの明らかにモブ顔誰なのよ、ヒロインじゃないとか転生した意味なくない? はあ、執着1しかやってないから、2はよく分かんないけど」


 一旦言葉を区切り、レベッカは倒れているベアトリーチェを見てにやりと口角を上げた。


「でも私ってツイてるわ。公爵夫人になれちゃったし、こーんなに使えそうな女も傍にいるし。ちゃんと王太子の心を掴んでおくのよ?」


「……あ」


「もっと宝石とかも贈らせなさい。ドレスもね。まあ、それで断罪されても、あんたを娼館に売れば私一人くらい余裕で生きていける金にはなるよね」



 明るくはつらつとした女性、少しだけ言動が子供のような女性、そう思っていたレベッカの言動が明らかに今までとは違う。ベアトリーチェは床に倒れたまま聞きなれない言葉をぶつぶつ呟きながら、親指の爪を噛む人相の悪い表情を浮かべているレベッカを見つめた。


 困惑しているベアトリーチェの視線に気付き、レベッカはニンマリと下卑た顔をして首元につながっているドレス布地を引っ張った。



「あっ」


「高そうなドレスね、私が着てるものなんて比じゃなさそう。このドレス、私が欲しいわ。ね、いいでしょ、ベアトリーチェ」


「あ、ですがこちらは殿下からいただい、きゃっ」


 ぐいと首元の布をレベッカは引っ張った。少女にしては大きな胸が揺れ動き、チッと舌打ちをした。


「あはは、ほんとムカつくわ。何この胸、気に入らないったらありゃしないわ。ほらほら、早く差し上げますって言わないと大事なところがポロリしちゃうよぉ、いいのかなぁ」


 倒れているベアトリーチェの体に馬乗りになるように座り、ベアトリーチェのドレスの布を上に引っ張り上げては遊びながらベアトリーチェの顔を見下ろした。


「はあ、なにこれ。マジで意味分かんない。いくらゲームのキャラだからって運営設定ガバガバすぎでしょ。こんな小娘の胸ここまでデカくしてどうするつもりよ……ってああそうか、悪役令嬢だから体で誘惑する系みたいな? それならこれも頷けちゃうか」


「レベッカ様、お願いです、おやめください……ぅっ」


 話している最中のベアトリーチェを黙らせるかのように、ドレスの布を引っ張り上げていた片方の手を放し、その手でベアトリーチェの胸を鷲掴みにした。


「ああ、痛かった? ごめんごめん」


 レベッカは謝りながらも遊ぶようにベアトリーチェのやわらかな胸に指と爪を食い込ませては緩急をつけて揉み、もう片方の手は元々掴んでいたドレスの布を左右に大きく動かし、ベアトリーチェの反応を楽しむ。

 胸を隠している布がズレてしまうことよりも、明らかに様子のおかしいレベッカに恐怖を感じていた。


「おやめくだ……っ」


「ごめんごめん、さすがにポロリ? ぶるん……ってちょっとムカつくけど可哀想か。じゃ、このドレス私のところに持ってこさせてね? こんな高そうなドレスあんたには不要でしょ。私がもらってあげる」


「は、い……」


 馬乗りのまま顔を近付けられ、見つめられた目の強さにベアトリーチェは頷くしかなかった。

 レベッカと目を合わせると何も考えられないほど頭の中が真っ白になっていった。


「でも危なかったね、もう少し返事が遅かったらお仕置きでこのままここで素っ裸にするところだったわ。私の言葉は絶対よ、良い? ベアトリーチェ」


 暗示にかかったようにベアトリーチェは「はい」としか言えなかった。レベッカの黒い瞳に吸い込まれてしまうような感覚に陥った。レベッカの瞳を見つめながら、こんなにも深く黒い瞳をしていただろうかと頭のどこかで声がしたが、それ以上何も考えられなかった。



 その後、ベアトリーチェはどうやって部屋に帰ったのかを覚えていなかった。意識が正常に戻ると部屋からドレスはなくなっており、身綺麗にされてベッドの中にいた。ふと人がいることに気付き、横を見るとニナが椅子に座っていた。


「お嬢様! 大丈夫ですか」


「私は……なにが」


「奥様の部屋で倒れられたのです。覚えておられませんか?」


「……駄目、思い出せないわ」


 ニナの話によれば部屋に戻ってくるなり「このドレスは趣味じゃないからレベッカ様に差し上げて」と言ったそうだ。その後は何も話さず呆けたようにされるがまま、入浴し食事はとらずベッドに入ったとのことだった。


「でも大丈夫でしょうか。殿下からいただいたドレスを奥様に差し上げてしまって……私、怖いです。奥様も殿下も」


「ニナ。滅多なことを言うものじゃないわ……でもそうね、心配してくれてありがとう。もう少しだけ眠ってもいいかしら」


「もちろんです、お嬢様。どうぞお休みください」



 ぎゅっとニナの手がベアトリーチェを手を包み、温かさが体中を包み込んだ。

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