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6、ベアトリーチェと新しい公爵夫妻



「お嬢様、お顔の色が……大丈夫ですか」


 ニナが馬車の中で主人であるベアトリーチェを気遣うように声をかける。ニナはディエゴが去るとすぐに控えの間から飛び出してき、いろいろな意味で震えていたベアトリーチェにショールを素早くかけた。今は馬車の中でショールからローブを羽織り直し暖を取っている最中だった。


「ありがとう、ニナ。大丈夫かどうかで言うとまったくもって大丈夫じゃないわ。大きな声では言えないけれど、あれは同じ生き物とさえ思えなかったわ。亡くなったシルヴィア様に容姿は似ていても本当にそれだけで他は……これ以上は私の口からは言えないわ」


 誰に聞かれているか分からないため、ベアトリーチェはこっそりとニナにだけ聞こえるように呟いた。寄せられた顔が思いの外近く、ベアトリーチェの付けている香水と耳にかかる息がこそばゆく感じ、ニナはふふと小さく声を漏らし笑った。


「ジーっと怖いくらいにお嬢様の胸ばかり見ていましたもの。私は控えの間から外を見たタイミングで見てしまいましたが、あれをずっとやっていたのであれば何というか将来が楽しみではありますね」


 楽しみと言いながらも、眉間にしわを寄せ考えるような素振りを見せるニナに本来であれば、滅多なことを言うもんじゃないと注意するべきなのだろうが、同じことを思っていたベアトリーチェは一緒に頷いた。


「どうしましょう、またこのような下品なドレスが届いたら」


「うーん、その時はあれです、あのあれ……質屋! 質屋? 違うな、とにかく売り払っちゃいましょう!」


「まあ、ニナったらなんて大胆なことを考えつくのかしら! でも宝の持ち腐れになってしまうから、それもいい案かもしれないわね」


 二人して鈴を転がすような声で笑い合った。

 ベアトリーチェとニナが乗った場所はゆっくりとタウンハウスへの道を進んでいく。豊かな国であるのを証明するかのように城下町は栄え、通りは全て賑わっていた。それと同時にベアトリーチェはあの王太子との将来に明るいものを感じられないでいた。


 馬車がタウンハウスに近付き、ニナが声をかけた。


「お嬢様、父と母が完治したようで来週から復帰するようです。本当にお薬や休暇などいただき、ありがとうございました」


「それは良かったわ。私もレオナルドとシャルロッテがニナを叱る声が聞こえなくて寂しかったもの」


「やだ、お嬢様! 私もレディですのよ、これからは叱られたりいたしませんわ、おほほほ」


「なあに、その変な喋り方は。そこはシャルロッテに報告が必要かしら」


 くすくすと漏れる笑い声にニナは「もう」と言いながら、頬を大きく膨らませた。その頬の空気を抜くように「冗談よ」と言いながら、ベアトリーチェは柔らかなニナの頬を指で突く。ふへ、と空気が漏れる音と一緒に張りつめていた空気もどこかへ行き、屋敷に着くまでの短い時間穏やかな時間が流れた。



********



 タウンハウスに戻ると待ち構えたようにフォレとレベッカがホールに立っているのが目に入る。普段であれば数人の使用人が出迎えるだけで良しとしていたが、二人が待ち構えているせいで、キッチンなどを担当する使用人以外は皆その場に立ってベアトリーチェの帰りを待っていた。


「ただいま戻りました」



 帰宅の挨拶をしたベアトリーチェの言葉に返事をすることはなく、レベッカはローブを羽織ったベアトリーチェを隅々まで見やり口を開く。


「意外と早かったのね。ディナーも一緒にするのかと思っていたわ」


「いえ、本日は顔合わせのみでしたので」


「ああそう。それで皆様は何か私たちのことを言ってなかった? 次回に挨拶がしたいとか、茶会に呼びたいとか」


 両陛下からは何の言葉もなく、ディエゴからはかなり酷いことを言われていたが、ベアトリーチェはそれは伝えずに軽く頭を横に振った。


「特には何も。明日以降、私は王宮に通い王太子妃としての教育を受けるようにとのことでした」


「そうか。大変だろうが頑張るんだぞ、ベアトリーチェ」


「はい、叔父様」


「そうだったわ、忘れてた!」


 ベアトリーチェの返事に被せるようにレベッカは声をあげた。レベッカはフォレの腕に自身の腕を絡め、ディエゴが言っていた小さな胸を強調するかのような服を着ていた。


「今後は叔父様、叔母様とは呼ばないで。本日付けで旦那様と私は公爵と公爵夫人になったのよ。ごめんなさいね、ベアトリーチェが欲しかったモノだったかもしれないけど、陛下たちが早く変更しろっていうものだから……」


「何も知らず申し訳ありません。ではこれからは公爵夫人と……」


「いやね、夫人だなんて。レベッカ様と呼んでね」


 レベッカは顔を歪め、訂正した。ベアトリーチェからしてみれば公爵夫人と呼んだ方が馴染みがあるのだが、レベッカにとってはそうでないらしく呆気にとられた。しかし本人の希望があるのなら、他者の前ではない限り希望通りに呼ぶことがレベッカの気に障らず良いのかもしれないと考えた。


「レベッカ様、でございますね」


「そうよ。貴方私たちの養子になったんだけど、間違えてもお義母様なんて呼ぶのはやめてね。フォレもそれでいいでしょ?」


「ああ、まあ私はどちらでもいいよ」


「だそうだから、今からは呼び方に気を付けて。それと今度からは貴方のこと、呼び捨てにするから」


「承知いたしました、レベッカ様」


 ベアトリーチェの返事にレベッカは気を良くしたのか「嬉しいわ」と明るい笑顔を振りまいているが、レベッカはフォレよりも年上なのだが、言動が年齢に追い付いていない印象を覚えた。


 王家はベアトリーチェの両親が望んでいたものを数日もかからないでフォレたちには許可を出した。そのことがベアトリーチェにはひどく悲しく思えた。自身が男であればもしかしたら両親も祖父もいなくならなかったのかもしれないと思ってしまうからだ。



「あ、ベアトリーチェ。この後だけど着替えなくていいから私の部屋に来てちょうだい。客間じゃなくて公爵夫人の部屋だからね」



 男爵の爵位を保持したまま、フォレはフォレ・リッソーニ公爵に、そしてレベッカは男爵夫人から公爵夫人へと華麗なる転身を遂げたのである。爵位が下位から上位へ、この国の王族に次ぐ地位を簡単に手に入れてしまったことがフォレとレベッカの今までの暮らしの中での不満を満たしたいという欲求を引き起こさせ、この二人の欲がベアトリーチェにとっては悪夢の始まりでもあった。


「……はい、すぐに向かいます」



 今までベアトリーチェの母であるイザベラが使用していた部屋が、ベアトリーチェが王宮に行っている間に主が変わっていた。思い出の品は予め移動させていたが移せていないものも多くあった。レベッカの性格を考えると値が付く物以外は捨てられているかもしれないと、知らず溜息がこぼれた。



本日昼以降にもう一つあげます

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