60、レベッカの過去【中】
ボサボサの髪に、少し伸びた無精ひげ。
顔に影がかかり、レベッカが顔を上げると見るからに怪しい男が、レベッカが薬草を採っている姿を間近で見ていた。
『きゃあっ』
どすんと尻もちをついた。
『なに!?』
男もまた尻もちをついた。
似たような態勢で互いに見合い、男は笑いレベッカは怒りと恥ずかしさで顔が赤くなった。
これが偶然だったのかは分からなかったが、なぜこんなところに人がいるのか、とレベッカは素直に思った。しかし、男に声をかける前に、男の方から無神経な質問をぶつけてきたのだった。
『君……男爵家の令嬢だよね? なんでこんなところで薬草なんて採っているの? それに日傘もさしてないから、その帽子だけじゃ日焼けしてしまうよ』
『な、なんですか急に……。放っておいてください』
『あ、もしかして私を怪しい人と思ってる? 私はフォレっていうんだ』
男はフォレと名乗った。
しかし、レベッカにそんな名前の知り合いはいない。どうしたものかと考えていると、フォレがレベッカの顔を見て、ふと視線を落とす。
『手もこんなに荒れてしまってる。旦那さんは? 令嬢にこんなことをさせてはいけないよ』
『いませんよ、そんなの。それに私は、あなたがこんなことと言っている、薬草採りが大好きなんです』
『大好き……。そうか、一生懸命で偉いね』
『は? 偉い……? 馬鹿にしてって……ちょっと!? 急にどうしたの!?』
フォレは話している最中に、倒れた。
『……あ、の……ね、お腹……空いた…………』
『は、はぁ!? あんた……! もうっ!』
レベッカは力仕事をしていただけあり、棒のよう薄い体をしているフォレを軽々と担ぐことができた。そのまま家に担いで連れて帰ると、家族は招き入れたが―――義姉だけが訝しんだ。
『あなた、この方の体を拭いてあげて。汚れているもの。レベッカ、あなたは私とこの人が食べられそうな薬草がゆを作りましょう』
『はい、義姉さん』
義姉は裕福な男爵家の娘ではあったが、料理をすることが趣味であった。
令嬢としては珍しかったが、義姉の実家の男爵家では様々な種類の果物が名産だったため、どんな料理に合うかを調べるために、義姉も料理人とキッチンに立っていたらしい。
我が家には料理人などいなかったため、義姉は率先して食事を作ってくれた。
手際よく義姉が薬草がゆを作っている後ろで、レベッカは木の器を並べる。二人で他愛もない話をしている最中に、兄が転がり込むように調理場へと入ってきた。
『お、おおおお、おまえ! レベッカ! あ、あああいつ……いや、あの方をどこで拾って来たんだ!? 元居た場所に戻してこい!』
『あなた、落ち着いてちょうだい。あの方はリッソーニ公爵家の次男、フォレ様ですね?』
『え? 義姉さん、名前……へ? こ、公爵家……?』
『た、多分な……。かなり大きな祝福石を身に着けてるし、飾り彫りに公爵家の紋章が入っているんだ』
『そうだと思いました』
義姉は少しだけ眉根を寄せて、ため息を吐いた。
『義姉さん、やっぱり戻してきたほうが良いかしら?』
『こら、そんな冗談は気にしないの。全く兄妹揃って……。さて、どうしようかしら』
『ん? でも、君、よく分かったね?』
『ああ、私、一度学園で見かけたことがありましたの。確か……暇だったから遊びに来た、とか何とか仰ってたかしら……。でも、話したことはないのよ』
『まあ、とりあえずケガしてるかもしれないし、起きたら聞いてみよう』
『そうね、それがいいわ』
フォレが起きた後、レベッカが世話をした。
その間に聞きだしたのは、公爵家は兄が継いだので自分は好きに旅をしているということだけだった。実際、それ以外にフォレが話せることもない。
『怪しいことしてるんじゃないでしょうね?』
『してないってば。私は本当に旅してただけ。まあ、ただブラブラしていただけ、ともいうけど』
笑いながら出された食事を全て食べきり、フォレは頭をかいた。
そしてこの男爵領の領主である、レベッカの兄に当分の間この領地でお世話になりたいと願い出た。手持ちの金品を渡し、客人として置いてもらえることとなった。
『あんた、本当に変わってるわね』
『何が?』
『こんな何もないところに留まって、何が楽しいわけ?』
『何が楽しいって……君がいるから楽しいよ?』
その言葉にどんな意味があったのかは、レベッカには分からなかった。
ただ、その言葉を聞いた瞬間、レベッカは今までに感じたことがないほど胸が高鳴り、眩暈がした。
『な、な、なな、なんっ! 何言ってんの、私とあんたはついさっき出会ったのよ!』
『そうだね。でも、それって関係あるかな? 人を好きになる時って、突然であってもいいと思うんだけど』
こてん、とフォレはあざとく首をかしげた。
レベッカは顔を赤くし、わなわなと震えるしかなかった。弄ばれているのかと、フォレを突き放そうとしたがフォレの透明な青い瞳が輝き、見惚れてしまった。
『ねえ、レベッカ嬢。君のような女の子は初めてなんだ。明るく元気で、健康的で……そして強く美しい人』
『……美しい? 私が? 馬鹿言わないで。そんなこと、誰にも言われたことはない』
『人に言われたことがないの? 良かった、じゃあ、私が君の初めてだ』
カッと顔を赤く染め、口をパクパクと動かす。
息ができず、あまりの恥ずかしさにレベッカは気を失いそうだと思った。
『どうしよう、私は君に恋をしてしまったんだ。レベッカ嬢、お願いだから君の側にいさせて……』
『そ、そんなこと私に言われても……私……分からないわ』
『なぜ分からないの?』
『だって、恋とかしたことない……。それに、私だって令嬢よ。け、結婚相手は……家が決めるものよ……』
フォレはレベッカの手をゆっくりと触れた。
まるで宝物に触れるように、節くれだった令嬢の手とは思えない指に自身の指を絡めた。その手を取ると、ごく自然に自身の胸元に触れさせる。
『私の心臓が大きく跳ねているのは分かる? レベッカ嬢のことを思うと、こんなにも胸が高鳴るんだ』
『わ、わ、私……』
青い瞳がレベッカの顔を見据える。
視線が外されることなく、恥ずかしさで顔全体を赤く染めたレベッカへと近づいてくる。レベッカもまた、フォレから視線を外すことができなかった。
―――ああ、これってもしかして……。
ふに、とカサついているが柔らかな唇が同じ場所に触れた。
その瞬間、レベッカは目を回して倒れたのである。




