59、レベッカの過去【前】
祝福石がどのようにして誕生したのか。
そのことを覚えている者は、この国にはいない。
ただ、今この国で祝福石を身に着けていることは、裕福な貴族の証となっていた。
祝福石は神官の特別な祈りを込めて造られる。
教会で販売されている魔石には神官だけの魔力を込める場合と、購入者の魔力を込める場合がある。購入者が魔力持ちで自分から望めば、であるが。
あの時、ベアトリーチェは魔力を込めたのである。
購入者の魔力が込められた石には、神官の祈りと言う名の魔力が込められた祝福石よりも長持ちするのだ。
レベッカは確かに貴族の生まれであった。
これといった特産品もない男爵領で育ち、常に領地は貧乏であったが、親兄弟、親戚、そして領民との仲は悪くはなかった。
グリンカント王国のほとんどの貴族、平民の多くは魔力を持っていた。
魔力量は当然人によって違うが、レベッカも魔力は持っていた。水属性の魔力ではあったが、魔力量は少なかったため、魔力を使う仕事などには就けなかった。
しかし、この国ではそんな者はどこにでもいるため、レベッカの周囲もまた誰も気にも留めていなかった。
もし、魔力を多く持っていれば王宮で仕事もできたかもしれないが、貧乏男爵家の嫡男である兄を支えるという義務もある。そして、年頃になれば両親が縁談を持ってくる。これが貴族として、レベッカに定められた道だった。
レベッカも特にその道に反発もなかった。
初めて祝福石の存在を知ったのは、十六歳になって王都の学園に入学した時である。
裕福な家の貴族の子息令嬢たちは、見せびらかすように豪華な祝福石の首飾りを付けていた。
それを見ても、レベッカは特に羨ましいとも思わなかった。裕福な貴族の家と、貧乏な貴族の家では金の使い方も違うのだ。
最初、値段を聞いた時に驚きのあまり声も出なかった。
―――まあ……裕福な貴族の方は大変ね。田舎の貴族の私なんて、誰に命を狙われるでもなし、あんなもの必要ないし、持ってるだけでガチガチに緊張しちゃいそうだわ。
学園での生活中も、滅多に男爵家には帰らなかった。
交通費もかなりかかってしまうため、ずっと寮で生活をしていた。他にも同じような生徒がいたため、気にもならなかった。
結果、学園での出会いもなく、持参金も用意できなかったため、学園を卒業する年の十八で婚約者も見つからなかった。
―――持参金も用意できてないし、わずかばかりを貯めて相手探しを自分でするしかないか。
レベッカは深く考えることもなく、卒業後は実家へと帰った。
男爵家を継いだ兄はすでに近隣の領地の男爵令嬢と婚約しており、義姉との仲は良好であった。レベッカは女主人としての仕事をする義姉を横目に、薬草摘みや家畜の世話をして暮らしていた。
レベッカが結婚できないのには、持参金だけではない理由があった。
『あなた、レベッカのこと、ちゃんと考えてあげて。このままではどこかの商家の後妻になってしまいそうだわ』
『考えてるじゃないか。結婚できないのであれば、家のために働いていればいい。それに将来的に私と君の間に子が生まれれば、世話をさせればいいじゃないか』
『何を言っているの? レベッカにはレベッカの人生があるの。私の持参金を少しあの子に渡すわ。そして、家畜の世話は相手が決まるまでの間、止めさせて。未婚の令嬢があんなにそばかすを作って、肌を赤らめさせては跡になってしまうわ』
『いや、しかし……レベッカも人手としては必要で……』
『…………』
―――義姉さん、私のために……。でも、結婚は家のためにするものでしょ……。だから、私は別に後妻でも……構わないわ……。
レベッカは自身の未来に対して、それほど興味がなかった。
学園を卒業して二年、二十を過ぎたがこの年まで恋愛もしたことなければ、人を好きになったこともない。いつかは結婚するだろうが、それが同じ男爵家の者だろうが、どこかの貴族の後妻に選ばれようが、商人に嫁がされようが、なんでも良かった。
『レベッカ、確かに貴族の結婚に最初は愛なんて、ないのよ。私も旦那様もそうだった。でも、一緒に暮らしていく中で、互いを想い合い、共に成長していくの』
『成長……ですか?』
『ええ。家のことを考えれば、確かにあなたは裕福な貴族の家や商家の後妻になったら嬉しいでしょうね。でも、私は反対よ。今は私が来たのだから、そこまで切羽詰まっているわけでもない。ちゃんと、お義父様と旦那様に相手を探すように言っておくわ』
『……義姉さん……私は、その……』
初めて言われた言葉に、レベッカはなんと返せばいいのか分からず、頭を傾けた。
義姉の気持ちが分からなかったのだ。
義姉は非常に優しく、裕福な男爵領から嫁いで来てくれたこともあり、レベッカがいつか嫁ぐ日のことを考えて、レベッカの持参金として蓄えを増やすことを提案してくれていた。
だが、義姉の考えと、父と兄は違う考えであった。
社交界には積極的に顔を出さず、関係者にレベッカを薦めることもしない。レベッカは父と兄が自身を周囲に薦めることができない理由も何となくではあるが、分かっていた。
レベッカは義姉とは違い、器量よしではなかった。
そんな自分を恥ずかしく思っていることもあり、レベッカは結婚も諦め、実家で働いているのだ。
『義姉さん、色々心配してくれて……ありがとう。でもね、私もさ、もう夢ばかり見てる年じゃないの。だから、心配しないで。迷惑かもしれないけどこの家で働かせてよ』
三十まで結婚することもなく、男爵家の下働きのように働いていた。
家族から冷遇されているわけでも、虐待されているわけでもない。これが父と兄の答えなのだろうと、レベッカは思っていた。
『レベッカ……』
そんな時にレベッカの目の前に現れたのが、フォレであった。




