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5、ベアトリーチェと王太子ディエゴの会話



 山の木々の葉が紅く色づく頃、社交シーズンが始まる前に王家よりベアトリーチェを王都に呼ぶように声がかかった。これ以降、ベアトリーチェは年間を通してタウンハウスに住むことになった。王太子の婚約者になったことの発表がこの年行われることになったため、リッソーニ公爵は叔父が跡を継いだ。

 国王ベッファ・グリンカントと王妃アリア、そして王太子のディエゴとの顔合わせは、王都にやってきてすぐに行われた。国王と王妃は悪びれることもなく笑顔でベアトリーチェを出迎えた。


 婚約の話を受けた際、当時まだ男爵だったフォレとレベッカは国王と王妃に会うことはなかった。王太子のディエゴから両陛下の言葉として婚約の話をされ、書類にサインをしたのみで直接声をかけられることはなかった。

 今回は直接両陛下がベアトリーチェに会うということで二人は何としても王宮に行くと言っていたが、王家よりベアトリーチェのみの招待ということで断られていた。フォレはどちらでもよさそうな顔で、レベッカは顔を赤くし恐ろしい形相でベアトリーチェを睨みつけていた。


 前王妃シルヴィアが亡くなってきっかり半年後に王妃に選ばれたアリア。

 生まれてすぐに王太子となることを宣言されたディエゴ。


「国王陛下、王妃陛下、王太子殿下にはご機嫌麗しく。リッソーニ公爵家のベアトリーチェ・ソフィア・リッソーニでございます」


 ベアトリーチェは声が震えていないか心配になった。喜んでこの場に来ているわけではないからだ。


「顔をあげよ。おお、ベアトリーチェ嬢、大きくなったな」


「ありがとうございます」


「ソフィアに似てどんどんと美しくなっていくな」


「まあ本当に。ふふ、ソフィア様もそうですが、リッソーニ公爵夫妻の面影もありますわ。それにそのドレスはディエゴが贈ったものなのでしょう? とてもお似合いだわ。陛下、私たちはいつでもベアトリーチェ嬢とはお話しできますもの。早くディエゴとお茶をさせてあげましょう」


「そうだな。お互い話すこともあるだろうからな」


「はい、父上。ベアトリーチェ嬢、行こう。席を用意している」


「かしこまりました。御前失礼いたします」


 ベアトリーチェをエスコートするように差し出されたディエゴの腕をじっと見つめた。触るのも嫌なほどなのだが、その感情を見せずにそっと手を重ねた。少し先を歩くディエゴの横顔を見るが、やはりベアトリーチェには見覚えはなかった。


 一度領地へ戻る挨拶に行った際にディエゴはベアトリーチェの顔を見ていたく気に入ったらしく、それ以降ベッファとシルヴィアに婚約者にしたいとずっと言っていたそうだ。これは家令のセルジオから聞いたことだったが、ベアトリーチェに覚えはあった。

 幼いころは社交シーズンに王都へ行っていた記憶はある。ある年を境にベアトリーチェは公爵領から出ることはなくなった。恐らくその年にディエゴと出会っていたのだろう。

 しかしベアトリーチェも幼少の頃より自身は公爵家を継ぐ人間だと自負していたため、必要な時が来ればまた出ていくだろうくらいにか思っていなかった。それがまさかこのような形で王都に滞在することになるとは、その時は考えもしなかった。



********



 謁見の間を出て長い廊下を歩いた先にバラの咲き誇る庭園があり、その一角に用意された席に二人は座った。


「昔見た時よりも美しくなっているな」


 上から下に確認するように視線を向けられ、婚約者を見る目というよりかは女としての部分を品定めされている気分になるのは、ディエゴの視線がそれを物語っていたからだ。そして昔というのが5歳くらいの話であり、出るところも出ていない童女の頃なのだがよく覚えているなと肌が粟立つ。


「殿下も逞しくなられておりますわ」


「そうであろう。それでどうだ? そんなドレスを着たことがないだろう? 王都にあまり来なかった君だと今の流行りのドレスなど着たことも見たこともないだろうから、婚約者には一流のものを着てもらいたくてな、僕からのちょっとしたサプライズプレゼントだ」


 早口で捲し立てられるその言葉に「有難迷惑です」と思わず出そうになる言葉をぐっと飲み込んだ。


 ベアトリーチェが着ている今日のドレスはタウンハウスに着いた翌日に王家より手配された王室御用達の仕立て屋が作ったものだった。

 突如タウンハウスに事前の連絡もなく王家の手紙を持参したかと思えば「王太子殿下からの御命令ですので」と有無を言わさず体の寸法を測られ、デザインをどうするのか侍女が声をかければ「デザインは複数考えておりますので王太子殿下と確認して出来上がり次第お持ちします」と言われ、ドレスはたった3日で完成した。


 そして仕立てられたドレスを見て、タウンハウスにいた一同は驚きのあまり声が出なかった。12歳の少女が着るにしては、些か胸元が心許ないくらいに大きく開いたドレスだった。ベアトリーチェは両親のおかげか、公爵領で何不自由なく育ったおかげか発育は良い方であり、12歳とは思えないほど心も体も大人びていた。恐らく採寸したものを仕立て屋がディエゴに告げ、複数あるデザインのうちディエゴの好みであったこのデザインに決めたのだろう。



 今のベアトリーチェを見るディエゴの不躾な視線がそれを物語っていた。



 ざっくりと言えばいいのか、ぱっくりと言えばいいのか分からないほど胸元が際どいドレスのその部分をじっと見てくる目と伸びきった鼻の下が将来の国王としての威厳など何も感じさせなかった。


「あまりにも華やかで本日着てくることを躊躇いましたわ。私に似合うか分かりませんでしたので」


「何を言う。僕の目は正しかったみたいだ。君にピッタリじゃないか」


「まあ、殿下。ですが私のためにここまでしていただくのは申し訳ありませんわ」


 嬉しくもない言葉にベアトリーチェはニコリと目を細めた。


 使用人たちが胸元を隠すようにドレスにレースを加えるかと大騒ぎをしていたが、そんなことをすればディエゴの機嫌を損ね、また面倒なことになりそうだったため、ベアトリーチェは恐ろしく品のないこのドレスを大人しく着ることにしたのだ。


「ふん、思ったより慎ましいのだな。僕との婚約の話を断っていたから、どれだけ態度の大きな女……おっと失礼、令嬢かと思っていたが……顔も体も僕の好みだ。まあ今後も気が向いたら贈ってやろう」


 ここまで露骨な言い方をされたのは初めてだったため、ベアトリーチェは一瞬自身のことを言われているのかさえも分からなかった。爽やかな見た目で分け隔てなく接してくれる王太子ということで貴族にも民にも人気があると聞いていたが、ベアトリーチェの前に座っているディエゴは伝え聞いていた人物と同じ人物なのか疑うほどだった。


「……お気遣い感謝いたしますわ」


 12歳にして色に溺れそうな王太子、自身が記憶する初回の茶会での印象が今後も変わることなく、むしろ悪くなる一方だとはこの時のベアトリーチェに分かるはずもなかった。


「それで、なぜ君は僕との婚約を断っていたんだ? 将来の国王だぞ? そんな僕に見初められたんだ、嬉しく思う以外の何があるんだ?」


 ベアトリーチェの顔ではなく胸を見ながら話すディエゴにベアトリーチェは微笑みかける。


「まあ殿下。私、公爵家の一人娘ででしたので跡継ぎになるものだと思っていましたの。他に弟妹もおりませんでしたし、両親も他家と同じように私を跡継ぎにと考えていたのだと思います。なのでまさか婚約者に選ばれるなど、夢にも思っていなかったのですわ」


「君の両親も王太子妃と公爵の跡継ぎ、どちらが上かをもっと考えておくべきだったな。それに君の叔父……男爵だったか? 君を王太子の婚約者にすれば公爵家は君たちのものだと言ったら目の色を変えてすぐに首を縦に振ったぞ。特に夫人の方は男爵よりも反応が良かったな。あれは見ものだった」


「左様でございましたか」


「よくもまあ、あんなに品のない女と結婚したものだな。僕だったら無理だな、愛人でも無理だ。それにあの女の胸は絶望的に小さく、胸がないと似合いもしないデザインのドレスを平然と着て、不相応な宝石を身に着けて……いい笑いを提供してもらったよ」


 ディエゴは歪んだ笑みを浮かべ、ベアトリーチェの胸から目を離すと覗き込むようにして今度はベアトリーチェの目を見つめた。


「申し訳ございません、殿下。レベッカ夫人の服装については私見ておりませんのでお答えできず……」


「ああ、あいつらだけで王都に来たと言っていたな。ま、どちらにせよ僕はあんなに胸もなく頭の悪そうな女との子作りは無理だな」


 あははは、と声を上げ嘲笑う姿に、ベアトリーチェにはディエゴが次代の国王としての素質があるようには思えなかった。何かと女性の体のことばかり話すディエゴに呆れるばかりであった。


 その後も若干肌寒い庭園で普通のドレスよりも肌を多く出しているベアトリーチェのことなど気にすることなくディエゴは一方的に話し続け、ベアトリーチェは当たり障りのない返事と頷きだけをするという無為な時を過ごしたのだった。


「もうこんな時間か。僕は忙しいからここまでにしよう」


「はい」


「ベアトリーチェ嬢、君はこのまま帰っていいぞ。陛下からそのお許しを得ている」


「ありがとうございます」


「ではな」


 ディエゴは立ち上がるとベアトリーチェの正面に立ち、白く嫋やかな手を取り口付ける素振りをしてしばらく胸元をのぞき込んでは去って行った。ベアトリーチェはその不躾な視線に気付いていたが、気付かない振りをしてその場をやり過ごした。



 あまりにも気持ち悪く、早く帰りたいと思ったからだ。

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