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公爵令嬢だけが何も知らない世界~無理やり婚約させられたのに、一方的に婚約破棄ってありですか~  作者: 白根 ぎぃ


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58、タウンハウスでの出来事【後】




 ベアトリーチェは祝福石に魔力を込めていく。


 魔力は枯渇すれば、死に直結するものである。


 石に触れた指先から、体中を巡っている魔力が引き抜かれるような感覚に襲われる。

 魔力を急速に使用しているため、視界がチカチカと白くなり始めていた。体はガタガタと震えだし、膝から崩れ落ちそうになるが、その度にレベッカの冷たい視線が向けられていた。


 魔力の通り道に焼き付くような痛みが走り、頭の中で警鐘が響く。

 だが、頭の中の(もや)は、そんな激痛をもってしても取り払われることはなかった。


「うふふ、顔が青褪めてきているわねえ。でもぉ、魔力なんて……寝れば治るものなんでしょ? 出し惜しみしないで、いつもより多く入れるのよ」


 レベッカの無邪気な言葉を受け、ベアトリーチェは何も考えられない頭で頷くしかなかった。

 ベアトリーチェの額に汗が滲んでいる姿を、レベッカは口角を上げながら見つめていた。魔力が溜まっていくにつれ、石の輝きは徐々に強くなっていく。


 この祝福石は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 だからこそ、魔力のないレベッカでは、石に魔力を込めることはできない。

 そして、魔力を持っているだけの人物でも、駄目なのである。


「……あ、あぁ……レベッカ様、終わりました」


「どーも。祝福石の購入者しか魔力が込められないって、不便なものね。でも、あんたは魔力タンクのようなものだから、どれだけ使っても無料(タダ)! ありがたいわぁ」


 レベッカは祝福石を奪い取るようにして掴むと、ベアトリーチェの目の前にかざした。

 先ほどまではやんわりとしか光っていなかった石は、強い光を発している。


「私さ、この世界に来てビックリしちゃった。普通は異世界転生ってヒロインとか、悪役令嬢とか、モブだけど愛されて困っちゃいます~っ的な女の子に転生するじゃない?」


 レベッカは恍惚とした表情で、光り輝く石を見つめながら独り言のように語り出した。


「でもさ、気付いたらガワ……これよ? もうね、ビックリして笑っちゃった! 平凡とかそんなんじゃすまない、ただの田舎臭い女! 令嬢が三十手前まで結婚もしてなくて、男性経験もない! 王都どころか実家の男爵領で兄夫婦の使用人のようにして暮らしていたの! あ、でもこれは記憶であって、私は体験してないから別にいいけど」


「……?」


 可笑しそうに鼻で笑ったレベッカは、一つ息を吐いた。

 そもそもベアトリーチェは今、レベッカが語っていることを理解できない。それはレベッカが何を言っているのか分からないということではなく、祝福石の効果が残っているからだった。


「普通、転生って言ったら皆に()()()()()()にならなくちゃいけないわよね? でも、まあ……うーん、私もこのゲームは途中で止めちゃったんだよね。仕事辞めてゲームしてる余裕がなくなっちゃったから。だから、あんた知らないのよ。ごめんね」


 レベッカはベアトリーチェを同じ人間としてではなく、ゲームの世界の人間(キャラクター)として見下ろした。


「ま、公爵家の次男坊と結婚してて、祝福石も持っているなんてありがたかったわ。この祝福石はね、ゲームの中の初期アイテムなの。選択肢があって『愛』と『友』と『和』なんだけど、まだ何もお願い事されてなかったから、私の幸運に感謝しながら『ゲームの強制力(チート)を付与してください』ってお願いしちゃったの! そしたら叶っちゃった! この体の持ち主、馬鹿だよねぇ。なーにがフォレと二人でいれれば幸せよ。そんなの願い事でも何でもないっつーの」


 レベッカは傍らで微笑むフォレの頬を、愛おしい人に触れるように撫でた。

 フォレもレベッカの指が頬に触れた瞬間、目を細め幸福を噛み締めているかのように目をとろけさせた。


 フォレはリカルドとは違い、ソフィアに似ていなかったが整った顔をしていた。

 そのおかげでレベッカにも気に入られていた。


「ふふ、驚くほど効果があったわ、初期アイテム。ねえ、ベアトリーチェ……このまま楽しい未来に進みましょうね」

「ああ、レベッカ……君がいれば幸せだよ……」


 レベッカの言葉を聞き分けるかのように、祝福石は強い光を弱めていく。

 徐々に輝きを失い、外見はただの祝福石と変わらないものになった。祝福石を胸元に戻したレベッカが、ゆっくりとベアトリーチェの前に屈み込む。


「ベアトリーチェ、返事は?」


「はい、レベッカ様。私、レベッカ様の……楽しい未来のために、頑張ります……」


「うん! じゃあ、まずは……学園に入ったら、適当にアンナを虐めなさい。ピンク色の髪の女ってのは大体ヒロインって相場が決まってるんだから。聖女としての能力があるらしいから、これはもうヒロインで間違いないっしょ。ああ、そうそう、王子と二人きりにしたりして、その後あんたは嫉妬して虐めるのよ。あんたは悪役令嬢なの、頑張って断罪イベントまで突っ走るのよ」



 レベッカはベアトリーチェのことを、自分のこれからの幸せのための踏み台としか思っていなかった。

 抵抗する気もないベアトリーチェは薄っすらとした笑みを浮かべながら、言葉を紡ぐ。


「……お任せください、レベッカ様」


「でも、このアイテムはメンテが必要なのが面倒ね。やっぱりガキの小遣いで買える物だったから、神官も祈りをケチったんでしょうね。祝福石の効果を受ける人は限定的だし……。うーん、まあいっか。ベアトリーチェ、今度祝福石の力が切れたら、今日の倍は入れなさい」


「……承知いたしました」


 話を聞いていたフォレは、まだ同じ場所に立って笑みを浮かべている。

 レベッカはフォレの腕に抱きつくと、クスクスと肩を揺らして笑う。その笑い声は魔力切れを起こしかけているベアトリーチェの頭の中を、ぐるぐるとかき乱すように響いた。


「ねえ、フォレ。ベアトリーチェは私のために働く存在よね?」


「ああ、もちろんだよ。レベッカの言う通りだ。ベアトリーチェ、お前もレベッカの役に立てて嬉しいだろう?」


 フォレの問いかけは優しい響きをしているようで、その実、否と言わせない響きをしていた。


「……はい、叔父様。私、嬉しいです。レベッカ様のお役に立てるなんて……これ以上の幸せはございませんわ」


 ベアトリーチェはニコリと微笑みながら、レベッカの前に膝を折った。

 その美しいまでのカーテシーはレベッカにするべき挨拶ではない。だが、今のベアトリーチェにとって、レベッカは主人のような存在であった。


「よしよし、いい子ね。じゃあ、アンナをヒロインにするために、これからは学園でも()()()()()()()()()。周囲にそれとなくアンナのことを話して、水かけさせたり、階段から突き落としたり……ね?」


「はい……。全て、レベッカ様の仰せのままに」



 窓の外では、春の穏やかで暖かな陽ざしがタウンハウスの庭を照らしていた。

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