57、タウンハウスでの出来事【中】
レベッカは今思い出したかのように扇で手のひらを打った。
「ああ、そうだったわ! 学園への入学を機に、あんたに素敵なプレゼントがあるのよ」
「プレゼントですか? まあ、嬉しいです。なんでしょうか?」
レベッカがテーブルの上にある鈴を鳴らす。
すると、出払っていた使用人に変わり、一人の少女がゆっくりと扉を開けて部屋へと入ってきた。
その姿を見た瞬間、ベアトリーチェの意識がわずかにだが戻る。
「あっ……あ、あなた……」
頭が痛い。
―――頭が痛い。なぜ……ああ、痛い、痛い、いた……くないわ。なぜ私は痛いなんて思ったのかしら?
だが、すぐにその痛みは消える。
先ほどのようにぼんやりとした笑みを浮かべ、穏やかな笑みを浮かべ直す。そして、言葉をかけた。
「とても素敵なドレスで似合っているわ」
着飾っている少女は公爵家の令嬢に相応しい、レベッカ好みの豪奢なドレスを着用していた。
その顔立ちは、幼さを少しだけ残した薄いピンク色の髪をした少女、ニナであった。
「ほら、ご挨拶なさい」
「はい、お義母様」
「……お義母様? ニナ……?」
思わず名前を呼んだベアトリーチェを、レベッカが笑い飛ばした。
「嬉しいのね、ベアトリーチェ。あんたたち、仲良かったもんね。今日からこの子は貴女の従妹よ」
「ベアトリーチェお嬢様……いえ、従妹ですもの、お義姉様でもいいわよね! お義姉様、改めましてごきげんよう。私はフォレお義父様とレベッカお義母様の養女になりました、アンナ・リッソーニと申します」
「ニナ、なんて名前は公爵家の令嬢には合わないでしょう? だから、私が素敵なお名前を付けてあげたの」
突然のことにベアトリーチェの頭の中は茹るような熱を感じ、言葉が上手く紡がれない。
自分のことを『アンナ』と名乗った少女は、ぎこちなくではあるが膝を折り、ベアトリーチェを見上げて微笑んだ。
その口角の上がり方は、今までのニナとは程遠いものであった。
「あ、ああ……アンナ……ええ、はい。素敵ですわ。そう、ニナは……いえ、アンナは養女……? 養女だったわね、レベッカ様と叔父様の養女……」
「それにね、お義姉様。私、実は神聖力を持っているみたいなの!」
ニナ―――アンナはベアトリーチェの前に来ると、手をそっと握った。
その指先は驚くほど冷たく温かみを感じなかった。ベアトリーチェの記憶の中にあるニナの指は、少しだけ荒れていた。その指先を痛いと笑うニナのために、ベアトリーチェはクリームを毎晩塗ってあげていた。
ふいに握られた手に視線が行く。
握られた手の先は少しだけ硬いところはあったが、やわらかな指先をしていた。
笑みを崩さずにベアトリーチェはアンナに祝福の言葉を述べた。
「アンナ、凄いわ。流石レベッカ様、そのことも分かっていらっしゃって、アンナを養女になさったのですね。公爵家も安泰ですわ」
「当たり前でしょ。あんたも王太子妃として、聖女の姉になれるのは鼻が高いでしょう?」
「はい。誇らしく思いますわ」
「お義姉様がそう言ってくれて、私も嬉しいです! 貴族令嬢として分からないところばかりですが、学園でも色々教えてください。私も神聖力を磨いて公爵家のために頑張りますわ!」
アンナの唇は驚くほど赤く、デビュタント前の令嬢が引くには濃ゆすぎる色が塗られていた。
「まあ! 姉妹のように見えるわ。なんて美しい光景なのかしら……! 従妹だもの、常に一緒にいないと駄目よ。ベアトリーチェ、あなたが世話をするのよ」
フォレがぼんやりとした笑みを浮かべた顔で拍手をする。
伸びかけの肩までしかないピンク色の髪がふわりと揺れた。ベアトリーチェは抱きしめられたことに気付いて、自身も同じように腕をアンナの背へと回した。
「はい、レベッカ様。お任せください」
「アンナ、あんたは外に出てなさい。お義姉様の帰りの見送りには呼んであげるわ」
「はい、お義母様。では、失礼いたします」
アンナはすぐに外へと出て行く。
その目は光り輝いていた。ベアトリーチェはぼんやりとその姿を見送りながら、レベッカの次の言葉を待った。
「ねえ、ベアトリーチェ。あの子、あんたの侍女だったくせに……聖女の力に目覚めて、公爵家の養女にもなって、恩知らずな子よねぇ?」
「恩知らず……いえ、それは……あの子は……」
「チッ、効き目が悪いわね」
舌打ちをして一言漏らすと、レベッカはベアトリーチェの髪を掴み強く引っ張った。
その光景を見てもフォレは何も言わず、ただ眺めているだけである。ニコニコという言葉が合う表情で、以前の穏やかな笑みとは違う顔をしていた。
―――恩知らず? アンナが……? でもあの子は叔母様の養女で、聖女になれる力がある立派な子だわ……?
ベアトリーチェが髪を掴まれながらぼんやりと考えていると、レベッカは自身が身に着けているネックレスの祝福石を外すとベアトリーチェに突き出した。
「あんたがくれた祝福石、とぉっても便利よ。ありがとう。でもね、子供のお小遣いで買った程度の石だから、すぐに効果が薄くなっちゃうみたい。さあ、早く握って魔力を込めなさい」
「はい」
言われるがまま、ベアトリーチェは祝福石を握りしめると魔力を込めていく。
「あ、あああっ」
「ああ、何度聞いても良い声ねえ……。小さい石とはいえ、こんな素敵なものを結婚祝いにくれてありがとうね。今回は多めに魔力を込めといて。学園に入学したら色々面倒になるだろうし」
「は、はい……ああっ、分かり、ました……ぅうっ」
「もっと大きな石をくれてたら、あんたもこんなに魔力を渡さなくて良かったのに。私のいた世界ではね、安物買いの銭失いっていうのよ! ん? あれ、でも安物じゃないわね……? まっいいか。難しいことはよく分かんないもん」
この祝福石はフォレとレベッカが結婚した際に、ベアトリーチェが母親のイザベラと共に神殿で購入したものだった。




