51、ベッファの過去⑪
「お前が本当に知らなかったということを前提に教えてやろう」
その一言はベッファの優しさなどではない。
ハンナを地獄に落としたいがための、悪魔のような言葉であった。
「な、なによ……もうやめて……」
「そう、震えるな。代々の聖女について、我が国……そして他国の秘録を調べさせて分かったことがある。大きな力を持つ聖女は他国では大聖女などと呼ばれているようだが、あまりにも大きすぎる神聖力の影響で、子を宿したという記録は残っていなかった」
「は?」
「大聖女と呼ばれる人間は皆、お前と同じピンク色の髪をしていたそうだ」
「嘘よ……だって、ここは……私は……あたしは……!」
「私も気付かなかったよ。我が国には今まで大聖女と呼ばれた女性は一人しかいない。そのお方も子には恵まれなかったが、当時の王弟と結婚し、王家が管理するための修道院を創設された。しかし、王族ではなく、貴族に嫁いだ普通の聖女たちは跡継ぎを産んだ記録は残されている。お前には『大聖女』と呼ばれるだけの資格があったのだ。だが、お前自身が望んでいたのは、そんな資格ではないだろう?」
ハンナに対する愛情など欠片もない言葉。
その全てが、ベッファによるハンナへの拒絶の言葉だった。
「いやっ……ああ……あぁ……っ!」
「お前は私に愛されたかった……ただそれだけで良かったはずなのに、望んではいけない地位まで望んでしまった」
ハァハァと荒く息をするハンナを心配する者など、この場にはいない。
「違う、ちがう……私は愛されてる……! 皆から、愛されてる……! 地位だって……い、要らなかったっ」
ハンナの瞳から涙がポロポロと溢れ出す。
その涙がどういう意味を持つのかは、ベッファには分からなかった。
「ハンナ……私にもうお前は不要なんだ。この後お前をどうするか、分かるな?」
「なにが……何が分かるってのよ! 何も分かんないわよ!」
「おいおい、喚くな。うるさい女だ。アイリスですら子を孕めたというのに、跡継ぎを産めないお前が王太子妃として居座られても困るんだ。いいか、邪魔な存在だということは分かってくれるな?」
「邪魔? 邪魔ですって!? あ、私は聖女よ! 王太子妃の前に、聖女なの! 誰がこの国に結界を張ってやってると思ってんのよ!」
ハンナはベッファに掴まれていた顎に添えられた手を、今度は思い切り振り払った。
支えを失ったハンナは力なく床に崩れ落ちる。自慢だった華やかなピンク色の髪が床に散らばり、顔は涙に濡れていた。
「そうだ、お前は聖女だ。この国を守る結界を張ることができるのは、お前だけだ」
「…………ぅうっ、そう、よ……そうよ! よく、その私を馬鹿にしてくれたわね……っ」
ハンナは喉の奥から絞り出すような嗚咽と地を這うような声を発する。
「ああ、ハンナ……そんなに泣かないでくれ。お前はまだまだ私の役に立つのだから」
「いや! 絶対に、嫌っ! 役になんでぇっ……ぅゔっ、立ちだぐなぃっ!」
「泣いて私に乞うほど嬉しいのか。安心しろ、これまで通り役に立てるぞ。明日、お前はこの王宮を出る。行き先は王家が管理する修道院だ。そこにはお前が会いたくてたまらないやつがいるぞ!」
「うぅ……いや、いや……」
「お前がずっと気にしていたアイリスがいるぞ! 嬉しいだろう? きっとアイリスも喜ぶぞ。最後までお前のことを心配していたからな。お前には……こんなにも嫌われていたのにな」
ははは、と笑い声を漏らすベッファに、ハンナは初めて恐怖心を覚えた。
ベッファが言った言葉の全てに反論する力すら残っておらず、ハンナはただ、カタカタと奥歯を鳴らして震えが体を支配していくのに恐怖する。
「なんで? なんでこんなことになるの? だってここはゲームの世界でしょ? 私が主人公、私がヒロイン、私のための……世界なのに……違う、こんなのあたしは望んでない……望んでないのっ!」
「お前の望みは叶えてやったではないか。私を夜……散々独り占めできただろう?」
「ぃぁ……あ、ああ……」
「お前のために、何度ここに出してやったと思っている。無駄なことをさせやがって」
虚空を見つめながら、ハンナはぶつぶつと言葉を呟いた。
その声も、表情も、全ての色を失くしていた。
「お前は死ぬまで国のために力を使い、私の治める国を守り続けるんだ。嬉しいだろう? 愛しい男のために生きることができるのだから。寿命が尽きるまで勝手に死ぬことすら許されず、我が子の顔を見ることもなく、愛する男に抱かれることもなく、ただ生きていくんだ」
「あ、あたしは……私は……主人公で、ヒロイン、ひろ……いん、よ……そんな未来、許されない……」
震えるハンナを頭上から見下ろし、ベッファは歪んだ笑みを浮かべる。
「今まで私を騙し続けたお前には相応しい罰だ」
かつて、ハンナがアイリスを陥れた際に見せた笑みと同じものであった。




