45、ベッファの過去⑤
王妃の件について語り終えると、アリアは魅了魔法について少しだけ話した。
「私の調べでは女性の方が魅了魔法にかかりにくい、またはかかっても解けやすいということだけは分かっております。これは聖女様が女性が多いので、男性の方に作用する精神魔法に似た力なのだと思われます」
数枚の羊皮紙を配り、そこに魅了魔法にかかっていたと思われる者たちへ確認したことが詳しく記されていた。
『とある事務官は聖女が学園にいる頃からの知り合いであり、その時から聖女に会わなくなった今も魅了魔法にかかっている』
『学園の友人は最初は線引きをしていたが、ある時より聖女を助けなければと頭の中がいっぱいになり、その後卒業は聖女に会うことがなくなり、すぐに効果は切れた』
『聖女に近しい侍女は暴言を常に浴びていたが、聖女の役に立てない自分が悪いと思い込んでいた。しかし、今も常に側にいるが一年もせずに効果は薄れ、周囲の異常さに気付いた』
これはアリアが単独で調べたことであり、ベッファも宰相もどちらも知らない事実であった。二人にも話していなかったのだ。
「こんなことになっていたのか」
「はい、陛下。王妃陛下はハンナ様の行いに対して、虐げられた者たちへの配置換えや、給金の上乗せなどで対応しておりましたが、今回のように民に手を出そうとしたことで、王太子妃としての資格はないと申されておりました」
「アリア殿の言う通りです。ハンナ様には王太子妃としての仕事はほぼ回されておりません。殆どを王妃陛下が受け持っておりましたので、ハンナ様が修道院に行かれても困ることは全くありません」
アリアと宰相が現状を国王やベッファそして参加者に話す。
その言葉は全てが真実であり、嘘一つない。如何に王妃がハンナのことを問題視していたかが分かる言葉であった。
「私も王妃には今も苦労を掛けていると思っている。次の王太子妃を選ぶ際には、必ず王妃の意見を尊重しよう」
「はい、父上。その件に関しましては、私も父上と母上にお任せしたいと思います。今回のようにまさか悪意ある行為がないとも限りませんので……」
ベッファは口元を隠すように手で覆う。
その口端は誰にも見えなかったが、確実に上へと引っ張られていた。ベッファにとって思い通りに事が進んでいるのだ、笑わずにはいられなかった。
次にどのようにしてソフィアを紹介しようかと考えていると、国王が口を開いた。
「そういえば、そのハンナが罵ったという娘はどうしたのだ? 聖女を崇めている者もいよう。今回の件を公にし、ハンナが病であると告げるまでは保護したほうがいいのではないか?」
「父上、娘に関しては私が保護しました」
国王がようやくソフィアの件に触れると、ベッファは待ってましたとばかりに口を開いた。ベッファが保護していることは、すでに多くの者が知ってはいたが、国王の耳にまでは届いてはいなかった。
「ベッファが保護を?」
「はい。ハンナは異常なまでに若い娘……いえ、その娘に執着し、嫉妬していたように見えました。もし王都に戻すと何が起こるか分からないと判断しました。そして父上に報告が遅れたこと、謝罪いたします」
「いや、それはいい。ハンナに知れることを恐れての考えだろう。それで、その先は?」
「陛下。私も殿下が預かっている娘と本日会いましたが、かなり素質のある娘のように思えました」
「私も閣下と一緒に会いましたが、同じように思いましたわ」
宰相とアリアは目配せを交わし、ベッファの後に続くように言葉を紡ぐ。二人はソフィアが如何にできた娘かを説明するかのように、国王へと話す。
「宰相の言いたいことは分かった。アリア、その娘にハンナのような魔力はなかったのか」
「ございませんでした、陛下。娘は恐らくですが、母親からかなりの教育を受けていたように思いますわ。ただの平民とは思えないほど、教養と知識を身に着けておりました」
「ほう。では元貴族の娘……ということか」
国王は顎を指で撫でながら、目を細める。その娘が自分の子であることなど考えもしていない顔であった。
「……恐らくは。陛下、これは宰相としてではなく、娘を持つ父としての考えですが、ソフィア嬢の聡明さは今は町に戻すのは危険です。王宮内でベッファ様の保護下に置いた方が安全かと。母親も死んでいなくなった今、その方がよろしいかと」
「そうか、分かった。では、その判断は宰相に任せよう。ただし、ハンナのような例もあるからな、確認はきちんとしろ」
「父上。アリアと宰相、そして私で間違いのないように確認いたします。今はモニカを付けておりますが、彼女の目も確かでしょう」
「モニカか。王妃の付き人だった者だな。それなら信用できるな」
国王が王妃の元侍女の名を聞き、ようやく得心がいったように一つ頷いた。モニカは元々は王妃の侍女であったが、ハンナの危うさを目にした王妃がモニカをハンナに付けたのだ。今度はそのモニカがソフィアの側にいる。
それが国王には答えのように思えた。
「はい、国王陛下。では、今回の聖女ハンナ様による件以外に話がある者はいるか?」
「いえ、ございません」
「あの、教会は今後どうすれば……私は神官長ではありますが、上にはなんと説明すればよいか……」
「神官長、それは私から説明しよう」
「殿下自らでございますか」
「ああ。そうでもしなければ、聖女を王都から外に出すことを納得しないだろう」
「あ、ありがとうございます」
「私が迷惑をかけたのだ。そのくらいはさせてくれ」
「とんでもございません……!」
ベッファは神官長に対する優しさを示すことで、自身がハンナによって操られていたように見せかける。国王もまた、正義感溢れできた息子のベッファが苦しんでいる姿を憐れに思い、声を出した。
「よし、では皆、ここまでだ。宰相、ハンナの件はベッファに別れの時間を少し取らせた後すぐに修道院へ移せ。場所は知らせるな。卑しい女がいるというだけで、腹が立って仕方ない」
「かしこまりました」
「件の娘は……王妃も知っているのか?」
「はい、父上。モニカに本日伝えさせました。ここ数日間の行動も全て報告させております」
「そうか」
「陛下、王妃様もまだ娘と顔を合わせているわけではございませんが、侍女の話を聞いてからはかなり同情されているようで、目をかけてやれとのことでございましたので、そちらもお任せください」
「ああ……頼んだぞ」
こうしてハンナを修道院へ送ることは、王家と貴族や教会の者たちの間で決定されたのだった。




