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公爵令嬢だけが何も知らない世界~無理やり婚約させられたのに、一方的に婚約破棄ってありですか~  作者: 白根 ぎぃ


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44、ベッファの過去④




 ベッファの母である王妃は、最初からハンナへ良い感情を持っていなかった。


 それはハンナが男爵家の養女だから、という単純な理由だけではない。

 その単純な理由の一つは、ベッファの婚約者だった公爵令嬢アイリス・オルディンの存在だった。


 王妃はアイリスがまだ幼い少女だった頃から知っており、婚約者となった時から娘のように可愛がっていた。


『まだデビュタントも迎えていないけれど、これから妃教育は始まっていくわ。厳しく、辛いものになるでしょう。でも、もし……少しでも泣きたくなったら、私の元へいらっしゃい。同じ辛さを分かち合いましょうね』


『は、はい……王妃陛下』


 アイリスは他の子供たちより、聡明な瞳をしていた。二人の仲は良好で、自分の目は間違えていなかったのだと、王妃は思った。


 王太子妃教育が始まると、アイリスが王宮を訪れる機会も多くなり、礼儀正しく聡明なアイリスと王妃の仲はさらに深くなった。

 実の娘のように可愛がっていたはずのアイリスは、王立学園に入学し妃教育が終わると、王宮へ来ることがなくなってしまった。


『あら、アイリスとの茶会はまたないのね』


『はい。アイリス様のご実家から、学園生活が大変だということで連絡が来ておりました』


『まあ、そうなの。おかしいわね…あの子はそんな性格ではなかったと思うけれど』


 会えないならばと手紙を交わし始めたが、最初の頃こそ頻繁にやり取りしていたが、それもやがて途絶えた。


 実際に会うことができたのは、王家主催のパーティーであったが、挨拶程度に留まるようになっていった。そんな矢先、学園での『聖女を苛めている』というアイリスに関する悪評が王宮にまで広がっており、王妃は耳を疑った。


『何か誤解があるはずよ。本当のことを教えてほしい』と手紙を書いたが、それに返事はなかった。


 だが、実際は王妃が心配してアイリスに書いた手紙は届くことはなく、王妃の元にもアイリスからの返事が届くことはなかったのだ。


『アイリスから何か知らせはないかしら?』


『ございません、王妃様』


『そう……なんて薄情な子なのかしら……』


『はい? 王妃様、申し訳ございません。今なんと……』


『……いえ、気にしないでちょうだい』



 この頃から王妃の心には、僅かではあったが魅了魔法が作用し始めていた。



 王妃は次第に『礼儀を重んじるはずのアイリスが返事を寄越さないのは、疚しいことがあるからに違いない』と、何の疑問も抱かずに思い込むようになった。


『アイリスから学園主催のパーティーでのドレスについて……? ベッファとの合わせの件? こんな時にだけ手紙を寄越してくるなんて、信じられないほど厚かましい子ね……』


『左様でございますね。王妃様からの手紙は返さずにこんな一方的な手紙……』


『放っておきなさい』


『左様でございますね。最近も学園に通っている聖女を陥れようとしているとか。全く、こんな方がベッファ王太子殿下の妃になられるとは考えただけで、ゾッといたしますわ』


 そして、ベッファが卒業の翌日にアイリスとの婚約破棄、ハンナを王太子妃にしたいと伝えに来ると、王妃の頭の中では様々な記憶が書き換えられていた。


『アイリスが私の息子(ベッファ)の足を引っ張っていたのだわ……ベッファと何かあったのなら、私に相談すればよいものを……』


 アイリスが姿を消したと知った時、()()()()()()()()()()と思い、裏切られたという強い怒りを覚えたほどだった。


『なんですって? 逃げ出した……? ベッファも公爵家も何も聞いていなかった? そんな無礼が許されると思っているの!?』


『王妃様、いかがいたしますか……殿下が連れてこられた聖女は男爵家の出身。身分があまりにも……』


『ハンナ嬢はまだ教育中……アイリスができたのですもの。ハンナ嬢だってできるはずよ』


『そうでございますね。ハンナ様は神聖力を宿しているお方ですから……』


 しかし、ハンナの王太子妃教育が思ったように進まなくなった際、ふとした瞬間に王妃の魅了魔法は解けていた。


『なぜあの娘をベッファの妃候補などにしたのかしら……』


 王妃は今までの件を振り返ると不自然なことばかりであることに気づき、不審に思い自ら調査を始めた。だが、王宮の公式記録では王妃の手紙は無事届けられたことになっており、不自然な点は何も見つからなかった。


 ただ、実際はアーティス男爵家に近しい事務官が手紙の仕分けを担当しており、王妃の手紙もアイリスの手紙も、ハンナのために処分していたのだ。


 この事実はベッファすら知らずに行われていたため、一生闇に葬り去られることになった。


『何故かしら……ハンナ嬢を王太子妃にすると約束できないの……陛下、私はあの娘が聖女であったとしても、素直にベッファの妃にすると言えないの。考えるだけで、胸に黒い靄がかかったようになってしまうの……』


『考えすぎだ。お前はアイリス嬢を実の娘のように可愛がっていたからな』


『そうかしら……』


『ああ。とりあえず、妃教育の結果を待とう』


『ええ……』


 魅了魔法が解けていたからこそ、王妃はハンナが王太子妃になることを躊躇い拒否し続けていたが、王国全土を守れるほどの結界を張れる聖女となってしまっては、もはや反対することもできなくなっていた。


『ハンナに王太子妃として公務を任せることはできません。皆、あの者の働きを見たでしょう? あの娘には王太子妃としての素質がないわ……アイリスだったら……いえ、今このことを言っても仕方がないわね。私がハンナの分の公務を受け持つから、ハンナに預けた分は今まで通りこちらに回してちょうだい』


 渋々という様子で首を縦に振ったはいいが、王太子妃となったハンナと同じ場で公務を行うことを、王妃は極力避けるようになっていた。



『ただし、ハンナとは聖女としての仕事以外で、王妃としての私と同じ場に立たせることはやめてちょうだい』



 これ以降、王妃はアイリスの件についても、ハンナの件についても口出しをすることはなくなっていた。

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