43、ベッファの過去③
国王や貴族、神官が集まる室内は重苦しい雰囲気だった。
「宰相、この会議が終わり次第、早急にハンナ……いや、あの女を修道院へ移せ!」
「承知いたしました」
国王の怒りに満ちた声にベッファも、そして出席していた貴族たちの誰も反対の声を上げなかった。
宰相は静かに頭を下げた。
その光景をただ見つめていた神官長が、躊躇いがちに手を挙げた。
「へ、陛下、聖女様を送るにしても一つ問題がございますが……送るだけでは、王太子妃の座はそのままになりますので、その……次の妃が迎えられません」
神官長のその言葉に、ベッファは顔を向けることなく、悔しそうに目をつむり俯いた。
「神官長、そのような話は今はやめてくれ。国のためを考えれば、もちろん早く対応した方が良いだろうが……私の心情的にも、すぐに新しい女性をなどと考えられるわけがないだろう……」
教会はここ数年、聖女ハンナの権威で力を見せていたため、神官長は教会の代表としての焦りで思わず発言していた。
「あ、ああ……失礼いたしました。私はなんという失言を……」
「いや、いい。君たちが国のことを想ってくれていることは知っている。ただし、その時期が今ではないということだけは分かってくれ」
「……承知いたしました」
その場にいる全員が、聖女として大規模な結界を張るハンナのことは認めているのだ。
だが、教会の代表自らが次の王太子妃を迎えるための話を出したことは、迂闊な発言でもあったため、国王以外は黙り込んで成り行きを見守っていた。
しんと静まり返ってしまった空気の中、この場で発言できるのは一人だけであった。
「ベッファには子を作らせることができるという証明はされている。次の妃選びは国民の感情が落ち着いてからで良いのではないか」
「陛下、教会といたしましても次の聖女様を国のためにも、妃に……」
「ふむ、次の聖女をまた王太子妃にさせるつもりか? あの女を王太子妃にして、このような結果だったのだ。ベッファの言う通り、今は時期ではない」
「そうですよ、神官長。今、ベッファ様がすぐに妃を迎えれば、国民はどう感じるでしょう。その辺はいずれ、国民の願いとして感じ取ってゆけばいいのです」
王太子として、妻である聖女ハンナが傲慢になったのは結界を張り続けた疲労のため、王家の管轄する土地で療養させるという物語が作られていく。
妻を支え続けた王太子であるベッファは『もっと寄り添えていれば』と嘆く姿を見せる。
国民の多くは同情するだろう。
何故ならハンナの悪評はすでに広まっているからだ。先日の教会で貧しそうな見た目の少女を罵り、あまつさえ手をあげようとした話だけではない。
王宮でどれだけ我儘に振る舞い、侍女や使用人に暴言や罰を与えたか。その話は全てに尾ひれをつけて流される。
『王太子殿下はその全てに努力してくださり、向き合ってくれたのです。私のような侍女にも。私はハンナ様がフルーツを食べたいと言われたからお持ちしたのです。すると怒り出し、手を上げられて罵られまました』
『王太子殿下の元婚約者様のお話をされたので、私が答えましたら突然お怒りに……。私は元婚約者様と親しい間柄でしたのですが、もちろんハンナ様付きになったからには割り切っております。仕事ですので。ですが、とても恐ろしく私は震えるばかりでした』
真実に少しの嘘を混ぜる。
全てが嘘ではないため、ハンナ自身も否定をすることに躊躇うだろう。そして、魅了魔法が解けた今、ハンナの味方になってくれるものは少ない。
現状、夫であるベッファのみがハンナの味方であり、深く思い合っていたという事実が、重要なのだ。
「神官長様、すでに多くの民がハンナ様の悪事……と言って良いのかは分かりませんが、行いを知っております」
「はい? あの教会だけのことでは……?」
「まあ、私の口からお話してもいいのでしょうか、宰相閣下」
「構わないですよ、教会も真実を知るべきでしょう」
アリアは王宮内で行われていたハンナの暴挙を述べた。教会で祈りに訪れた際のハンナとは違いすぎて、本当のことなのか分からない。
恐る恐るベッファを見ると、ベッファは深刻な表情を浮かべて頷いた。
「……分かりました。教会はいつも民と同じ目線でいることが求められております。今は王太子妃候補よりも、聖女様を王都から遠ざけることが優先です」
国王は首を左右に振り、遠い目をしながら妻である王妃のことを思い浮かべた。王妃はハンナをずっと認めておらず、今でもそうだ。
「しかし、王妃には悪いことをしたな。あれは最初からあの女を認めていなかった」
国王自身はハンナが聖女になる前から、それほど悪感情は持っていなかった。
男爵家の養女、王太子妃教育もまともにできない、大した後ろ盾もない娘であったにもかかわらず、最後には首を縦に振ったのだ。
恐らくそれも魅了魔法のせいだったのだろう、と国王は考える。だが、なぜ王妃には魅了魔法がかかっていなかったのか、またはすぐ解けたのかは今は分からなかった。
事実、王妃はこの場で話されている魅了魔法のことをまだ知らないのだ。
「母上に認められるようにと、ハンナに聖女としての力を強めろと言ったことを私は悔いております。母上はきっと分かっておいでだったのですね……」
ベッファは後悔する素振りを見せながら、薄っすらと笑みを浮かべた。その笑みは可笑しくて笑っているわけではなく、不幸せな息子を演じる笑みであった。




