41、ベッファの過去
「国王陛下、王太子殿下。まずは、私から提案させていただきます。皆さん、王太子妃であるハンナ様のご様子については知っておりますな?」
会議の冒頭、宰相である公爵が神妙な面持ちで口火を切った。
ソフィアが王宮に来て数日、王宮では会議が開かれていた。出席している者は王族と数名の最高位の貴族たちだった。
「聖女ハンナ様は王太子妃になられ、すでに八年。未だに子を身籠られてはおりません。さらに先日の教会での出来事……我々はハンナ様を聖女としての力は認めております。王国全体に張られている結界がその証拠です。しかし……その聖女様がまさか教会で若い娘を罵るとは、その光景を見た者たちは驚きと恐怖で動けなかった」
宰相はまるで自分がその場にいて、見ていたかのように話す。その宰相が話す雰囲気があまりにも自然で、噂話を話しているわけではないということだけは、国王や貴族たちにも分かる。
「その話、本当だったのですか」
「ええ。私も厳密な調査を行いました。ハンナ様は聖女である前に王太子妃であられますから。教会の者たちからも聞き取りましたが、まるで何かに憑りつかれているようだった、と」
「恐ろしい……」
「ハンナ様の侍女たちにより、この件は王妃様にも報告されております。王妃様は大変心を痛められているご様子でした。『自分が男爵家出身の娘を王太子妃にすることを許したせいで、女神がお怒りなのだ』と」
「母上がそのようなことを……? 全て私の責任であるというのに……」
「いえ、殿下のせいではございませんわ」
女性の柔らかな声が室内に響く。
座っている中に唯一女性が一人いた。それはアリアだった。
「アリア殿の言う通りです。国王陛下と殿下に、筆頭魔術師として正しい説明をしてください」
「はい、宰相閣下。国王陛下、王太子殿下、そして皆様……魔術部門の筆頭魔術師のアリア・ライアーの名に懸けて真実のみをお話いたします」
「筆頭魔術師か……話せ」
「はい、陛下。今回の件には、カラクリがございました。ハンナ様にはこの国随一の神聖力があることは皆様ご存じかと思います。しかし、その強い神聖力は時として、恐ろしい力にもなります。火や水などの魔力であれば戦いに使えますが、神聖力はその中でもかなり恐ろしいものになるのです」
「お、恐ろしいもの……?」
貴族たちがアリアの言葉に唾を飲み込み顔を見合わせる中、ベッファは王太子の顔でアリアへと質問する。
「ハンナの持つ神聖力には結界を作り出す力だけではなく、他に恐ろしい力があるということか」
「ええ、その通りです。国全土を覆う結界を作り出すにはかなりの神聖力を必要とします。ハンナ様は苦にすることなく張れておりますが……今いる聖女様でもここまで力の強い方はいらっしゃいません。そうですよね、神官長様?」
「は、はい。ハンナ様以外にも聖女はいます。ですが、治癒や浄化という限定的な範囲でしか力は使えません。ハンナ様は……ハンナ様の力は桁違いでございます」
「しかし、それほど大きな結界を張り続けてもなお、ハンナ様の力は余っていたのです。その力を押さえることができなかったせいで……そう、今回のように魅了魔法という力になって人々を惑わせたのです」
アリアは神官長から視線を外すと、国王とその横に座っていたベッファに視線を向けた。国王はゆっくりと瞬きをし、ベッファは一瞬だけ顎を上に向けて天を仰いだ。
ガタリ、とイスが動く音でその場の空気が変わる。
その音を出した張本人は、今まで話をしていた神官長の隣に座っていた教会と深い関係にある貴族であった。
「魔術師殿、それはおかしい……! 王族の皆様は生まれた時から教会によって、他の上級貴族とは比べ物にならないほど多くの魔石を使った魔道具を身に着けていらっしゃるではないか!」
「そ、そうです……! 私ども教会の者たちも妥協などしておりません! 教会の力を見せるためでもあるのですから、半端なモノを渡すわけがございません!」
「皆様、誤解のなきようにお伝えしておきますね」
驚きと憤り、そして恐怖の感情が室内を暗い雰囲気にしていく。その状況でもアリアは明るく朗らかな声をあげて説明を続けた。
「私たちは教会の皆様を悪く言いたいわけではございません。魅了魔法というのは女神さまの加護でも、教会の方たちの威信をかけた魔道具でも防ぐことは不可能なのです。実際、ハンナ様に初めてお会いしたことがある皆様にお聞きしますが、理由もなくハンナ様のことを好きになりませんでしたか?」
「そう、いえば……確かに、私も学園でハンナと初めて顔を合わせた時、なぜだか彼女のことが気になって仕方がなかった。私が守ってやらなければ、という義務感……いや、使命感が胸に溢れて抑えきれなかった」
ベッファは今その真実に気付いたかのように、双眸を見開いた。
いつもは冷静沈着なベッファであっても、人間味を感じさせるのだと周囲の貴族も驚愕した表情を浮かべた。それは同情心にも似ていた。
なぜならば、ハンナに出会う前からベッファには、アイリスという公爵家の血を引く婚約者がいたからである。その婚約者を破棄してまで聖女ハンナを王太子妃にしたのだ。
―――そもそも、そのハンナへ対する感情自体が偽物だとしたら……と思い込むがいい。実際その通りではあったが、お前たちが思うほど私は愚かな男ではないのだ。しかし、ここは同情心を持たせておいた方がいいな。
「殿下、それが魅了魔法というものなのです。初めて会った相手を理由もなく、愛おしく想ってしまうのです。婚約者がいようが、結婚していようが、です。これは恐ろしい魔法なのですが……ハンナ様は無意識なのか意図してなのかは分かりませんが、それを使ってしまっていたのです」
「ハンナが……意図してと考えるほうが自然か……」
ベッファはわずかに肩を落とした。
「そうか……あえてベッファを狙っていた可能性もあるな。王太子妃の座を……いや、この国の未来の王妃の座を」
国王は息子であるベッファを横目に見る。少しだけ青白い顔は、王太子として仕事をこなし出してから、一度も見たことがないものだった。どこに出しても恥ずかしくない息子のその顔に国王は怒りが胸を埋め尽くす。
ベッファを見るその目は、国を治める男の目ではなく、愛しい我が子を見る親の目であった。




